31. 薬草園
「お嬢様、日当たりも日陰もちょうど良い場所がありますので、そちらに薬草園を作る許可を奥様からいただきました。そこにラベンダーもエボディアも植えましょう。どちらとも、増やすことができそうです。儂が増やし育ててもいいですかな?」
「ええ、ハンク!是非増やしてほしいわ。お願いするわ!場所も考えてくれてありがとう。あと、エボディアは養蜂をしたいのだけれど、どうすればいいかしら」
「養蜂業を営んでいる親戚から蜜蜂の巣箱を譲ってもらいました。エボディアの近くに置いて採取しようと考えてますが、いかがですかな?」
「何から何までありがとう」
レイラの人選は正しかった。庭師のハンクのおかげでラベンダーもエボディアも増やせるようだ。増えれば、もっと薬の材料に使いやすくなる。
「ハンクはエボディアのことは知っていたの?」
「話には聞いたことがありましたが、見るのも触るのも初めてですよ。なかなか独特の香りもしますね。増やしていくのが楽しみです。お嬢様のおかげで、この歳になってもまだ新しい植物に出会えて感謝していますよ」
ハンクは嬉しそうに笑った。
薬師の研究室でエボディアのことを調べようと部屋に入った途端、ジョーが笑顔で走り寄ってくる。
「姫様! この前作った薬の鑑定結果が出ましたよ! ちょうどお伺いしようと思っていたんです」
「どうだったの?」
ジョーと作った、粉末にした生薬を蜂蜜に溶かしたものと、粉末にした生薬を丸め蜂蜜でコーティングしたもの、煎じたものを風魔術で乾燥させたもの、3種類の薬の鑑定待ちだった。
「風魔術で乾燥させたものは乾燥方法を変えても、湿度や温度で効果が安定しない可能性が強いそうです。
でも、蜂蜜を使った2種類はどちらも大丈夫でした! 効果も十分で、質も安定してるそうです。しかも、風魔術で乾燥させたものより効果があるそうです! やりましたね! 姫様!!」
キラキラした瞳でジョーが教えてくれる。今までの苦労が全て報われたような、充足感が満ちてくる。
「よかったわ……本当に。ジョーのおかげね。蜂蜜を使うという案がなければ、成功しなかったもの。ありがとう」
ジョーの手をとったアデリンは頬を上気させ感謝の気持ちを伝える。間近で見るアデリンの美しさに見惚れて顔が真っ赤になっているジョーの瞳から、ぽろぽろと涙が落ちてくる。
「ジョー? どうしたの?」
慌てたアデリンがジョーの背中をさする。
「こんなに楽しいこと、今までしたことなかったんです。薬草のことばかり考えられるのが嬉しくて楽しくて。しかも、私のおかげって言ってもらえるなんて……。姫様に会えなければ、こんな幸せを知ることはありませんでした。本当に私をここに置いてくださってありがとうございます」
泣きながらジョーが気持ちを伝えてくれる。
アデリンのことを優秀な司令官だと言ってくれたノアの言葉を思い出していた。
(私はジョーをいるべき場所に届けられたんだな)
「ジョーが今まで薬草や薬作りに真摯に向き合ってきたから、今のこの結果があると思うの。私がお手伝いしたのは、ほんの少しだけの後押し。ジョーが今を楽しい、嬉しいと思ってくれて嬉しいわ」
ジョーは「これからも姫様のおそばで頑張りますね!」と泣き顔で笑ったあと、薬草鑑定魔法の詳しい結果を説明してくれた。
──エボディアの蜂蜜を使えば、もっと効果があるかもしれないわね。
「ね、ジョー。もしかしたら、薬用効果のある蜂蜜が手に入りそうなの。それが手に入ったら、今回試作した薬と比べてみたいの。でも、いつ手に入るかまだわからないから、ひとまずオリビア様にお渡しする分をいくつか作っておきたいわ」
「わかりました。もっとすごい蜂蜜があるんですね!楽しみです。オリビア様用には、粉末にした生薬を蜂蜜に溶かしたものと、粉末にした生薬を丸め蜂蜜でコーティングしたもの、どちらを用意しましょう」
「そうね……両方試してもらいましょうか。面倒をかけるけど両方を用意してもらってもいいかしら」
「面倒だなんてこと全くないです。両方ですね! わかりました。出来上がり次第、姫様にご連絡しますね」
「ありがとう、よろしくね。あ、あと、ジョーはエボディアって薬木は知っている?」
「エボディア……ですか。すみません、聞いたことがないです」
「そうなのね。私も詳しいことがわからなくて……調べたいと思ってここにきたの」
「今ちょうど、所長のところに町の薬草屋のジルさんがきてますよ。お会いになられますか?」
「ジルさんが? ぜひ、会いたいわ」
ジルは、町の薬草を取り扱うお店の店主だ。王宮図書館や王立学院の図書室で文献を読んでいた過去から只の店主ではないことは想像つくけれど、詳しいことはわからない。ジルは城内の薬師たちとも交流があり、薬草の仕入れ等でよく行き来があるのだ。
「お嬢ちゃん?久しぶり〜」と所長とジルさんが現れた。相変わらず精悍な顔つきで剣士のような体つきの見た目によらない間延びした口調の話し方だ。
「ご無沙汰しております。ジルさん。お元気でしたか?」
「お嬢ちゃんに頼まれていた薬草の情報、なかなか集まってないんだ。ごめんね」
「いえ、難しいのはわかっています。色々ありがとうございます。実はジルさんと所長にお伺いしたいのですが、エボディアという薬木はご存じですか?」
二人が興味深そうにアデリンを見る。
「エボディアって……カスラーン王国内では自生していないと聞きます。文献では知っておりますが、本物はみたことがないです」
所長が応える。
「俺もないな〜。名前を聞いたことがあるだけだな。それがどうしたの?」
「実は……手に入れる機会がありまして……実が薬になると聞いたものですから……」
最後まで言い終わらないうちに、二人はアデリンに飛び付かんばかりに質問をぶつけてきた。
「それ、どこにあるの? 本物?」
「ちょっと拝見させていただけませんでしょうか!」
二人の勢いに押され、アデリンはハンクが新しく作ってくれた薬草園へ連れていった。ジョーからも好奇心に溢れた視線が注がれ、一緒に連れてきた。
お父様は精霊様からもらったことを黙っているよう仰っていらしたから、見る分には大丈夫よね。
薬草園ではちょうどハンクが作業をしていた。
「ハンク、ご苦労様」
「お嬢様、このエボディアの花は、すごいですな。本来であれば蜜蜂が10日で貯める量の蜜をわずか半日で貯めています。蜜蜂が疲れ知らずで働くことにも驚きましたが、これだけ貯めても花が枯れることがありません」
それなら、薬の試作品に使う蜂蜜が早く手に入りそうね。ありがたいわ。
「姫様、もしかしたら、次に試してみたい蜂蜜はエボディアのですか?」
「ええ、ジョー、そうなのよ。まさかこんなに早く蜂蜜ができるとは思いもよらなかったわ」
「お嬢ちゃん、これがエボディア?すごいな。独特な匂いだな。所長さん見てよ、ここ、もう実があるぞ」
ジルと所長が木を観察して盛り上がっている。
「お嬢様、この木を研究させていただけませんでしょうか!実は滋養の薬になると文献で読んだのですが……この花も葉も樹皮も調べてみたいのです!」
所長の研究欲に火がついたようだ。
「ええ、是非お願いします。この蜂蜜を薬用で使えないかと養蜂をしています。ハンクさんの元で管理していますので、木から何か採取するときはハンクさんにも声をかけてくださいね。ただ、所長さん、ジルさん、ジョー、この木のことは外部へはどうか内密にお願いします」
「もちろんです。すごい発見ができそうですよ。お嬢様、ジルも一緒に研究しても構いませんか?彼の知識量は半端ないのです。そのほうが早く結果も出るかと思われます」
「ああ、お嬢ちゃん、是非に頼みたい」
「私は構いませんが、念の為お父様の承諾を貰ってください」
城内の薬師の部屋にかなり自由に出入りしている時点で、お父様からの信用はあるのだろうけど、念の為確認してもらうようにお願いをする。
「はい、かしこまりました。ジル、旦那様のところへ向かうぞ。それではお嬢様失礼します」
所長が慌ただしくジルを引っ張って城内へ消えていった。アイザックの執務室を訪ねるのだろう。
呆然と二人を見送った後、ジョーとゆっくりとエボディアを観察する。
「姫様、本当に独特の香りがしますね。なんだろう。オレンジのような、でももっと苦そうな匂い……」
「うふふ、そうね。本当苦そうな匂いだわ」
「このお花の蜂蜜はどんな香りがするのでしょうね。楽しみですね」
「ハンク、小瓶に貯まるくらいの蜂蜜ができたら、一度貰ってもいいかしら?薬を作るときに使いたいのよ」
「わかりました。この調子で行けば、2、3日で貯まりそうですな。出来上がり次第お持ちしますね」
「ありがとう、ハンク」
ビクターとの早朝鍛錬は順調に進んでいた。ビクターが土魔術で次々と的を地面から不規則に出す。それをアデリンが複数本の矢を一度に放ち、その的にあてる練習が続けられていた。
弓が得意なのもあり、複数の矢を一度に射って複数の的に当たる確率がだいぶ高くなってきた。
「姫様、だいぶ上手くなってきたな。次は矢に光属性の魔力を乗せる練習をしようか」
「次の段階ね。わかったわ。矢が一本ならできるけど、複数になると難しいのよ」
「そうか。姫様は光の剣を作ることはできるか?」
「光の剣?できると思うわ。やったことはないけれど」
「それなら、まず光の剣を作れるようにしよう。剣を作るには、矢よりも魔力が多く必要になるんだ。ちょうど、複数本の矢の分と同じくらいかな。それに、矢は接近戦ではあまり使えない。接近戦の時に剣が使えるようにもしておいた方が実践的だろ?」
「さすがね、確かに接近戦のことを考えると剣がいるわね。わかったわ、まず剣を作れるようにするわね」
「今までの訓練よりもかなり魔力を消費すると思う。魔力切れには気をつけろよ」
「あら!それなら、ジョーと作った薬が役に立つかも。魔力が切れた時に一時的に補充する薬なの。魔力切れぎりぎり迄やっても安心だわ!」
「おい!姫様。それだけはやめてくれ。旦那様に怒られる……」
唖然としながらつぶやいたビクターにアデリンは微笑んだ。
「うふふ、もし魔力切れで倒れたらお父様には内緒にしなくちゃね」
「本当にお転婆姫だな……とりあえず、今から剣を作ってみようか。一度やれば姫様ならこつをつかめるだろう。俺が火属性で剣を作るとこうなる」
気を取り直したビクターが火属性の剣を作り出した。柄まで炎で覆われている大降りな剣だ。
「確かに魔力量がすごいわね」
「まずは剣をイメージしてくれ。見た目というより“剣”の構造を意識してくれ」
「柄があって、刃が長い……ってことかしら」
「そう、それでいい。魔術で作り出す剣はその魔力に比例するから、どれだけ姿をイメージしてもその通りにはならないからさ」
アデリンは魔力を自分の手に集中させる。柄と長い刃をイメージして《光剣》と心で唱えた。
ぼわっと光る長細い剣が手に現れる。
「一応できたのかしら」
「できたな。ちょっと魔力がまだ安定していないな。姫様の魔力量ならもう少し大きいのができそうだけどな。練習していくうちに剣の形が変わっていくと思うぞ」
ちょっと振ってみる。重みがないからか、本物の剣より振りやすかった。
「安定したら、お互いの魔術の剣同士で打ち合おうか」
「ええ、それも楽しみね」
「では、今日はここまでだな。ほら、ノアが迎えにきてるぞ」
言われて訓練場の外をみると、ノアがこちらを見て佇んでいる。
「じゃあ、ビクター、今日もありがとう。また明日もよろしくお願いするわね」
「おう、姫様、くれぐれも無茶するなよ」
ビクターの言葉に「はい」と笑って返事をすると、アデリンはノアのところへ駆け寄った。
「ノア、どうしたの?」
琥珀色の瞳がまじまじとアデリンを見ているので、居心地が悪くなってくる。
「いや、楽しそうだなと思って」
「うん、そうなの。今、新しい術を練習中で、楽しいの」
「……そうなんだ」
「鍛錬を見にきてくれたの?」
「ああ、母様がアデリンがくれた新しいお薬がすごく良く効くって言ってたから、それを伝えようと思って。母様のために色々ありがとう」
「良く効くって言ってらしたの? 嬉しいわ。ジョーにも教えてあげなくちゃ」
「あの薬に使われている蜂蜜はエボディアの花の蜜なんだろ? 貴重なものだって母様が驚いていたよ」
「そう、エボディアの花の蜜なの。精霊様のおかげか、たくさん蜂蜜が取れるのよ。ウィル様のところへお礼をお持ちしなくてはね」
エボディアを調べてくれた所長とジルがいうには、実も蜜にもそれぞれ効能があるそうだ。これで新しい薬がたくさん作れると喜んでいた。
ジルと試作していた“魔力を一時的に戻す薬”にエボディアの蜂蜜を使用すると、効能が倍増するという驚きの結果が出た。
オリビアには良い話だが、病にかかっていない人が一時的に魔力を補充するだけには効き目が強すぎる。そのため、騎士の遠征に持っていく薬は生薬の量を減らして作ることにしたくらいだ。
「もしよかったら、今夜ウィル様のところへ花の蜜を持っていかないかい?」
「もちろん、いいわよ。お父様にお伝えしなくてはいけないわね。後でお父様へ話しておくわ」
「ありがとう、お願いするよ」
ノアの瞳の柔らかな光の中に、翳りが見える。何かあったんだろうか。
アデリンを部屋まで送り届けたノアは、いつも通りの優しい笑みでアデリンを見つめる。
「俺はこれから鍛錬して朝食にいくよ。また後でな」
アデリンは釈然としないまま、ノアを見送った。
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