30. 報告
「さ、帰ろうか」
ノアがエボディアを持ってくれたので、アデリンはバスケットを手に持ち、魔道具の灯を灯して元の暗い道へと戻る。
「エボディアってノアは聞いたことある?」
「いや、知らないな。アディは?」
「私も知らないの。明日、調べてみるわ」
「花の蜜を集めるといいって言ってたわよね。ちょうど、今日ジョーと試作品の薬に蜂蜜も使ったの。もしかしたら、エボディアの蜜で作ると効果があるのかしらって思ってしまったわ」
「そうかもしれないね。この洞窟では必要な薬草が生えるということだったから。でも、ラベンダーと違って、さすがにこの木の世話や花の蜜を集めるのはこっそりはできないね」
「そうね、そろそろお父様達にちゃんと言わなきゃいけないわね……。夜中こっそり抜け出したことばれてしまうわね」
──怒られちゃうわね。
「一緒に怒られようか」
まるで心を読んだかのように、ノアが優しく笑いながら言う。
「うん、絶対よ。絶対に一人にしないでね!」
楽しくなってきて、アデリンも笑う。
「ねぇ、ノア、エボディアを見た時、私たちが探していた幻の薬草かと思ったの。女神様のご意向もあるのだろうけれど、やっぱりまだ手に入れられないのね」
つまりはオリビアが望んでいないということだ。
「そういえば、ウィル様はノアに『希望の光を常に心に灯して』って言ってらしたわよね。何か起こるのかしら。」
──闇に落ちないようにするって……どういうことかしら。
考え出すとなんとも言いようのない不安が襲ってくる。何か大きな変化の前のようだ。
「ねぇ、ノア。何かあったら絶対に教えてね。何でも話してね。何があっても味方だからね」
私のそばにいてほしいとは素直には言えない。
『アデリンのそばにいられるよう頑張るから』
あの台詞は、そばにいられないってことなの?
王立学院へ行くまでは一緒にいられると思っていたのに。
けれど、最近のノアは変だ。なんだか……わからないけれど、変だわ。
ノアがここからいなくなったら……寂しいな。
「アディは薬作りを頑張っていてすごいな。なのに魔術まで今まで以上に頑張ろうとしているよな。誰かのために……。俺にはそうできない……俺にはアディが眩しいよ」
ノアが自嘲するように笑う。
「ノア? ノアだって、勉強も魔術も武術も全部すごいじゃない。もちろん才もあるのだろうけど、奢らずに努力し続けているわ。私はノアに追いつきたくて頑張っているのよ。私は、頑張らないとできないから……」
「俺は全部自分のためだ。アディは違う。それが光と闇の差なんだろうかと思うことはあるよ」
「そんな寂しいこと言わないでよ。何?光とか闇とか。ただの属性じゃない。自分のためだろうと努力できることは素晴らしいことよ。私だって、人のためだけじゃないわ。私がそうしたいからよ」
今日は弱音が出てしまう日なのだろうか。自分の不安を口に出してしまうことを止められなかった。
「それに……それに、頑張っていないとだめなのよ。辺境伯の娘だもの。何もせずに暮らすことはできない。自分ができること、というより、思いついたことをやってみるだけ。その方法が正しいかもわからない。でも、立ち止まれない。いつも不安なの。これで正しいのか。他に、やるべきことがあるのではないかって」
ふぅーと大きく息を吐く。
「今日はノアに愚痴ってばっかりね。ごめんなさい」
ノアも前を向いて歩きながら語り出した。
「俺はずっとなんのために生まれてきたのかわからなかったんだ。俺が生まれたせいで母様が病気になり、父母の仲を割いたと思っていた。先祖返りの力も、魔力量の多さも、いらなかった。このせいで父が俺を避けていると思っていたし。力を持っていても、どう使えばいいかわからなかったんだ。
でも、ここへきて、アディと出会って、自分の力を少し認めることができたんだ。アディが笑顔になるなら、喜んでくれるなら先祖返りの力も悪くないなって思った。魔力量が多ければアディを守れると思ったんだ。だからアディは俺にとっての希望の光なんだ。俺はアディの横にいるためにすべきことがあるんだ。俺は自分の力を、自分がすべきことのために使いたいだけなんだ」
「私の横にいるためにすべきこと?」
「でも今のままでは……だめなんだ。やり残したことを片付けなくてはならないんだ」
「やり残したこと?」
「俺ももっと強くならないといけないんだ」
アデリンはノアの強い口調に何も言えなくなった。
ノアはそう遠くないうちに自分の領地に帰るのかな、とぼんやりと思った。
なんとなく気まずい雰囲気のまま二人は城へ戻った。エボディアを鉢に入れて、明日に庭師と相談することにする。
「じゃあ……おやすみ」
部屋に戻ろうとしたノアの服を思わず掴んだ。
「どうした?アディ?」
「あ……私……」
自分でも無意識に掴んでしまっていた。この気持ちのままで今日を終わりたくない
「今日も背に乗せてくれてありがとう。楽しかった」
「ああ、喜んでもらえてよかったよ」
「あ、あのね……」
本当は、領地に帰るの?って聞きたい。どこにも行かずにずっと一緒にいようって言いたい。でも伝えてしまったら、困ったノアの顔が想像つくから言えない。
「…………」
どうしよう、言葉が出てこない。
「アディ、どうした?」
俯いて顔が上げられないアデリンに、ノアが優しい声で尋ねる。
「部屋まで送っていくよ。おいで」
差し出された手を握る。温かいノアの手がアデリンを優しく引っ張って行ってくれる。
ノアがいなくなったらどうしよう。考えるだけで寂しさで心細くなる。
俯いているだけの自分が思い出に残るのも嫌だ。
笑っていなきゃ。心も強く鍛えなきゃ。
私はノアの考えをちゃんと尊重できる味方でいなきゃ。
笑え、笑え。一番いい顔だけ見せるんだ。
ノアの手をぎゅっと握り返した。
「ごめんね、部屋までついてきてくれる? 明日、お父様にどうやって怒られるかの相談もしないとね」
にっこりと笑顔を作れた気がした。
早朝、アデリンは訓練場へ向かう。体をほぐしていると、あくびをしながらビクターがやってきた。
「ビクター、おはよう。今日からよろしくお願いします」
「本当、早いな。朝起きた時、この話を受けたのを一瞬後悔したよ」
笑いながらビクターがいう。
「でも、ちゃんときてくれて嬉しいわ」
「で、実践で戦う必要があるのか? 姫様は」
「ええ、あるわ。無いかもしれないけど、あるかもしれない。やるべき時にやらない後悔をしたくないの。強くなりたいの。守られる立場じゃなく、守る立場になりたいの。だから、お願い、ビクター。私を鍛えて」
「姫様なんだから黙って守られればいいのに」
「ここは魔の森がそばにあるのよ。いつ何時、魔獣と遭遇するかわからないわ。私は辺境伯の娘として領民を守る必要があるの」
「お転婆姫なりの理想像があるわけだな。わかった」
「ふふふ、そうね。勿論、ビクターのことも守るわよ」
「俺も?」
目を瞬かせながらアデリンを見つめていたが、ククッと笑った後「姫様に守られるのもいいな」と呟いた。
「じゃ、姫様の魔力や魔術を確認しよっか。姫様の属性は?」
「風と光よ」
「おー2個持ちかぁ。さすが姫様だな。魔力もそこそこありそうだしな」
まずは的に向かって攻撃してほしいと言われ、《風刀》を出す。
「いいんじゃない? 他に何ができる?」
「風属性なら上級までは大抵できるわ。他の属性なら中級までなら習っているの」
「さすがだな、で、俺に何を教えてほしいの?」
「実践で使うものを厳選して威力を高めたいの」
「なるほど」
「あと、風属性で作る矢に光属性の魔力を乗せたいの。複合型の攻撃ができるよう手伝ってほしい」
「は? 複合型?」
「ビクターも属性は二つよね?」
この前ノアとビクターの魔術鍛錬を見て、気がついた。ノアは水と闇。ビクターは火と土。
「見抜いたんだ。さすがだな。でも、俺は複合では使ってないぞ。なんで姫様は複合なんだ?」
風属性の矢の魔術は初級で殺傷威力もあまり強くない。そこに光属性の魔力をのせた矢であれば、魔獣に対して殺傷能力が上がるのではないか。そして、複数の矢を一斉に放てられるようになればもっと威力は増すはずだ。
以前出会ったテウメッソスの群れを一斉に討伐できる方法を考えていたら思いついたものだ。練習してみたが、なかなかうまく行かない。今回ビクターに学ぶことで何か掴めるかとも思ったのだ。
ビクターに考えを伝えたら、しばらく考え込んでいた。
「確かにな、姫様がいうことも一理あるな。矢がいいのか?」
「ええ、武器では矢が一番得意なの」
「光属性での矢となると、対人より対魔獣の魔術となるが、それでいいのか?」
「ええ、魔獣へ使うことの方が多いもの。それに、私の光属性は浄化や治癒にしか使えないの。得意な風魔術に掛け合わせた方がいいかと思って」
「なるほど。複合型は俺も初挑戦だから手探りにはなるが、姫様の論理でいくとできそうだな。まずは、風属性で複数の矢を出して的に命中する精度を上げる練習をしよう」
「ありがとう! お願いします」
「じゃあ、俺が土魔術で的を不規則に出していくから、それを複数の矢で射る練習から始めるぞ」
ビクターと小1時間ばかり鍛錬をした。
「ここまでにしようか。 最初よりは精度があがったな」
「でも、まだまだ納得はいかないわ」
「毎日やるんだろ?明日も同じように的あて練習だな」
「ビクター、付き合ってくれてありがとう」
「いや、結構面白かった。俺の鍛錬にもなるしな」
「そう言ってもらえると、少し心が軽くなるわ」
「本当、ここにいると飽きないなって本当に思うな」
「うふふ。ビクターがここにいてくれて嬉しいわ」
翠色の瞳を輝かせたアデリンを、ビクターは目を細めて見つめていた。
朝食後、ノアと一緒にアイザックの執務室へ行く。レイラもアイザックと一緒に待っていた。
「実は……お父様とお母様に黙っていたことがあります」
ノアと夜に抜け出して精霊のいる洞窟へ行ったこと。オリビアの病のために探しに行った薬草はなく、代わりに女神様からラベンダーをもらったこと。そのラベンダーでサシェやクッキー、ケーキを作っていたこと。昨夜はエボディアを精霊からもらったこと。その実は薬になり、花の蜜を集めるといいと言われたことをアデリンは話した。
目を白黒させながら聞いていた二人だったが、アデリンの話が終わると大きく息をついた。
「何から言えばいいのか……」
アイザックとレイラが顔を見合わせる。
「アデリン、ノア、まずは夜、黙って城を抜け出したことは咎めなくてはならないな」
アイザックが威厳のある声を発する。
「はい、申し訳ございません」
「ごめんなさい、お父様、お母様」
ノアと二人で謝罪する。
「ましてや、今は闇のギルドからの刺客を注意せねばならない時だというのに……。二人には無断夜間外出の罰として2週間外出禁止とする」
あれ?今すでに、安全のためにってことで外出していないわ。
罰のような罰じゃないような……見逃してくれたのね。ありがとう、お父様。
「「わかりました」」
「しかし、あのラベンダーが女神様からだったとはな……」
「ラベンダーは花壇の片隅に植えられていますが、ちゃんとした場所に植え替えた方がよろしいのでは?」
「お母様、それもご相談したかったのです。今回頂いたエボディアもあるので、どこか場所を作っていただきたくて」
「そうね……庭師のハンクに頼んで、ちゃんといい場所に植えかえてもらいましょう。女神様、精霊様から頂いたものですもの。ハンクには……ある程度私から話しておくわ。世話と管理もしてもらわないといけないしね」
ハンクは長くソーラス家で働いている庭師だ。初老だが、体格がよく寡黙で植物のことを何よりも愛している、信頼できる人だ。
「ありがとうございます。あと、もう一つ、エボディアの花の蜜を集めるために養蜂もしたいのです」
「そうね……それもハンクに話をしておきましょう。領内の養蜂家が親戚にいたはずだわ」
「お母様、ありがとうございます!エボディアの実も薬になるようなので、しっかりと調べてみますね!」
「女神様、精霊様から頂いたものだ。大切に育てるんだぞ。あと、このことはハンク以外には内密にな。大騒ぎになってしまう」
「はい、わかりました」
「ノア、アディのわがままに付き合ってくれてありがとう。ただ、これから精霊様のところへいく時は事前に言いなさい」
「いえ、俺のわがままにアディを巻き込んだのです。……また、精霊様のところへ行くことをお許しいただけるのですか?」
「花の蜜が集まったら、ご挨拶に行くべきだろう。精霊様の厚意を蔑ろにするわけにはいかないからな」
「何から何までありがとうございます!」
これからもノアと断崖の洞窟へ行けると思うと嬉しくなって、アイザックにぎゅっと抱きついた。
「私たちとオリビア達の子供達は、女神様と精霊様に愛されているんだな。父として誇りに思うぞ。領主としても、貴重な薬草を持ち帰ってきてくれたことを感謝する」
頭を撫でながら、言ってくれた言葉が嬉しい。
「さ、あなた達は午前の授業に戻りなさい。ハンクには話を通しておくわ。ノア、アディを守ってくれてありがとう。二人が無事に帰ってこれて嬉しいわ。これからも頼みますね」
「はい、レイラ様。そう言っていただけて光栄です。アディは俺が守ります」
ノアはレイラを真っ直ぐに見つめて力強く答えた。
執務室を出ると、息を吐く。
「あーもっと怒られるかと思ったね。これで、よかった……のかな」
ノアも笑いながら言う。
「また、ウィル様に会いに行ける了承がもらえてよかったね」
「本当ね、今は町に出ていないからほとんど罰ではない罰だけだったし」
そのままノアと家庭教師が待っている部屋へ移動する。
「今朝はビクターと鍛錬してきたの?」
「ええ、してきたわ。魔術について自分が何を頑張ればいいのか少しわかってきたわ」
「無理はするなよ」
「ノアが頑張っているから、私も頑張れるのよ」
少し寂しそうな顔をするノアに、精一杯の笑顔を向ける。
「さ、勉強も負けないわよ」と笑いながら家庭教師が待つ部屋の扉を開けた。
立ち寄ってくださってありがとうございます。
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