29. 誰のため
様子がおかしいアデリンにミリーは気がついていた。
アデリンは窓辺のソファで膝を抱え、ぼんやりと外をみている。
「お嬢様、いかがされました? 少し目を冷やしましょうか。さ、こちらに横になって目を閉じてください」
ミリーは目を冷やすための濡れタオルを用意して、ソファのクッションを整え、アデリンを横たわらせる。魔術で濡れタオルを冷やし、アデリンの目の上に置いた。
「ありがとう、ミリー」
「何かありましたか?」
柔らかなミリーの声にほっとして、アデリンは縋りつきたくなる。
「ジョーとの薬作りはいかがでしたか?」
「うん、3種類の新しい方法を試してみたの。まだ完成はしていないけれど、斬新な方法をジョーが提案してくれて。うまく行くといいな」
「そうでしたか。それはよかったですね」
「ジョーは薬草鑑定士を目指して勉強中なんですって。意欲的に何かを学ぼうとするジョーがきらきらしていて嬉しかったわ」
「ジョーは薬草を扱うことが本当に好きですものね。お嬢様が薬師になりたいジョーの気持ちをちゃんと汲み取れたから、今のジョーがいるのですよ」
「……そんなようなこと、ノアからも言われたわ。ミリーは、ノアとビクターの魔術鍛錬を見たことある? すごかったの。私は敵わないくらい二人とも魔力も魔術も……あんな闘い方を私はできない……。その話をしたら、私は司令官になればいいから守って貰えばいいって言うの。でも、私も誰かを守りたいのに。ノアもビクターもいつまでもここにいるわけじゃないのに、二人をあてにしてはいけないのに」
目の上にタオルを乗せていて目を閉じているからか、独白のように言葉を紡ぎ続ける。
「ね、ミリー。私も強くならなきゃいけないのよ。でも、二人を見て敵わないってどこか諦めちゃったの。
そんな自分が情けなくて……少し気持ちが落ち込んでしまったのよ」
ミリーはずっと頭を撫でてくれている。
「ずっと前、私がお嬢様の侍女になる決意をした時の会話を覚えていますか? 私はお嬢様に『私がお嬢様を守る』と宣言しましたよね。その気持ちは今も変わっていませんよ。私ができる方法であなたを守ります。お嬢様もお嬢様の方法で誰かを“守って”ください。ノア様やビクターと同じ方法でなくても良いのですよ。お嬢様の存在や言葉一つで守ってもらっていると感じている人を私はたくさん知ってますよ。だから嘆かないでください」
ミリーの言葉が心に染み込んでいく。
「でもね、やっぱり力も必要だわ。天賦の才がないのであれば……努力するのみね」
魔獣討伐の仕事が少なくない辺境伯の娘としては、戦える力はやはりほしい。
「ありがとう、ミリー。いつも話を聞いてくれて。気持ちがすっきりしたわ。迷ったら、行動あるのみだわ。今まで以上に魔術を頑張ってみる。早朝なら時間も取れるわね。あとは誰に教えてもらうかね」
「お嬢様……私の言っていること伝わりました? これ以上頑張らなくて良いんですよ」
ミリーが思わずぼやいてしまった言葉は、アデリンに届かなかった。
アデリンはビクターに教えてもらえるよう頼んでみようと心の中で決意した。
夕食時、アデリンはなんとなく気恥ずかしくて、ノアを見れなかった。談話室での食後のお茶の時間に、アイザックとレイラへ、薬草の研究報告を伝えていたら時間を忘れて話し込んでいまい、気がついたらノアはもう部屋へ戻ったあとだった。
(今夜、ウィル様のところへいく……のよね。その時ノアにちゃんと謝ろう)
ミリーにお願いして、ビクターを談話室に呼んできてもらう。
──お父様にも先に気持ちを伝えておかなくてはいけなかったわ。
「お父様、私、辺境伯の娘として、もっと強くなりたいの。誰かを守れるくらい強くなりたいの。だから、ビクターから魔術を教わりたいのだけれど、許可してもらえませんか」
アイザックは目を見張って聞いていたが、話が終わると笑いながら横のレイラへ「どうする?」と尋ねた。
レイラも笑いながら「やっぱり私の娘、ですね」と応えている。
アデリンが首を傾げて二人をみると、二人とも笑っていた。
──笑っていらっしゃると言うことは許可してくださるってことかしらね。
「私も昔、お父様、あなたのお祖父様へ同じように頼んだんです。『強くなりたいから』と」
「そうなのですか? お母様は習うことができましたか?」
初めて聞く、お母様の少女時代の話だ。お祖父様は前辺境伯。今は王都に住んでいるのでなかなかお会いできない。
「ええ、習うことができましたよ。だから私はあなたの希望を叶えたいわ」
レイラは笑いながら「ね」とお父様を見た。
「私が好きになる女性は向上心が強いな」
苦笑しながらアイザックは許可をする。
「お父様ありがとう」
アデリンは思わず、アイザックにぎゅっと抱きついた。
「お母様、また小さい頃のお話を聞かせてくださいね」
「今日は甘えん坊さんね。それもいいわね」
レイラが、アイザックに抱きついている私の頭を撫でてくれた。
甘えているとビクターが談話室に来たので、明日から魔術を教えてほしいとお願いする。
「え? 俺が? 俺でいいんですか?」
ビクターはアイザックの方を見て尋ねる。アイザックが頷いたのを見て、アデリンへもう一度聞いてくる。
「本当に俺でいいの?」
「ええ、ビクターにお願いしたいの。辺境伯の娘として戦力になれるよう教えてほしい。毎朝、朝食前にお願いをしたいのだけれど、時間を作ってくれるかしら?」
「ははは、やっぱりお転婆姫だな。いいよ、教えてやるよ。実践に近いのを教わりたいんだろ? じゃあ明日の朝からだな。そのあと、1日動けなくなるかもしれないけどね。覚悟しておけよ」
「望む所よ」
挑戦的に見上げると、ビクターは片方の口元を上げてニヤリと笑った。
寝支度が終わり、ミリーが部屋に戻ったあと、アデリンはこっそりと夜着からワンピースへと着替えた。
いつも通り、魔力を流した淡い光を放つフローライトを窓辺に置く。
今夜、ノアは来てくれるかな?今夜は迎えにきてくれないかも。
不安に思いながら精霊のウィルのため、バスケットにラベンダーのクッキーとケーキ、サシェを詰める。しばらく待っていると、こちらを探るような気配を感じた。
バルコニーに出ると、水竜の輝く琥珀色を湖上に見つける。
(ノア! 今日はごめんなさい。ウィル様のとこいく準備できているよ)
急いで魔力を同調させて通力で呼びかけると、中空に浮かんでいた水流がアデリンの方へ滑るように飛んできた。
──よかった、来てくれた。
バルコニーの手すりの上にたち、水竜を待つ。バスケットをしっかりと抱きかかえ、水竜の背に飛び降りた。
(ノア、背中に乗ったよ。ウィル様のところまでお願いね)
水面に差し込む月の光が、光の道を作っている。水竜は月の光の道の水面近くを滑るように飛んでくれる。
(うわぁ 綺麗だわ。お月様の光の道を飛んでるみたい)
湖を超え、絶壁の洞窟を目指す。上を見上げれば輝く大きな満月があたりを煌々と照らしている。
──この美しい光景を絶対に忘れない。
思わず、ぎゅっと水竜の首にしがみついた。水竜が顔を後ろに向けてくる。まるで「どうした?」と聞かれているみたいだ。
(お月様が綺麗なの。ノアの背中から見る世界が美しいの。絶対にこの光景は忘れないわ)
水竜は景色を楽しめるようにか、ゆっくりと旋回するように飛び、洞窟の入口近くの中空に留まった。
以前アデリンが切った蔦や根はまた元に戻り、入口を隠し塞いでいる。アデリンは風魔術《風刃》を発動させ蔦や根を切り、人が通れるくらいの隙間を作った。
(ノア、先に行くね)
アデリンはバスケットを抱え、洞窟の入口を目掛けて飛び降りる。持ってきた魔道具で灯をつけると、ノアも蔦や根の間から洞窟内に入ってきた。
「ノア! ありがとう。月が綺麗だったね。湖面も……」
アデリンが言い終わらないうちに、ノアに抱きしめられる。
「ノア?」
アデリンより頭ひとつ分以上背が高いノアに抱きしめられると、すっぽりと包み込まれてしまう。
「今夜はここに来れないかと思っていた。もう、一緒に来てくれないかと……」
掠れた声が頭の上から聞こえる。
ノアの鼓動なのか、自分の鼓動なのか……早い響きを感じる。
「ごめんね。私が弱音吐いちゃって……。もう言わないわ。ちょっと二人を見て、焦っちゃった。でも、自分がやれることをやろうと決めたの。だから、明日からビクターに魔術を習うことにしたよ」
「は?」
ノアが体を離し、アデリンを見つめる。
「どういうこと? なんでビクターなの?」
低い声でノアが聞いてくる。
「ビクターなら、実践で戦える方法を教えてくれるかなと思って。ノアとの鍛錬見ていると彼が強いのはわかるしね」
「…………」
「守られるだけじゃ嫌なの。私も誰かを守る強さがほしいの。ノアも守れるようになりたいの。それなら強くなるための努力を惜しんじゃいけないと思って。だから、見てて。頑張るから」
「…………わかった。くれぐれも気をつけてね」
「うん」
ノアの悲しそうな瞳を覗き込んで、アデリンは笑顔を作る。
「ノアには笑っていてほしいのよ。一人にしないって言ったでしょ。ノアが安心して私に背中を預けられるくらいになるのが目標なのよ」
「……わかった」
「じゃあ、ウィル様のところへ行きましょう」
バスケットを持ち直し、魔道具で洞窟の先を照らし歩を進める。ノアが手を伸ばしバスケットを持ってくれたので預けた。ノアのもう片方の手はアデリンの手を握っている。
くねくねとした道を上がったり下がったりと、20分程歩いたところで明るい光が見えてきた。そして、開けた場所にでた。天井が高く、広々とした岩肌に囲まれた空間だ。
前回と違うのは、黄緑色の花をつけた低木が1本、植わっている。
──あの木は何かしら?
独特な香りが漂っている。
──セイショウソウかロウドク?
見つけられていない、幻の薬草だろうか。
いつの間にか青白い光る球が、二人のそば迄来ていた。
「ウィル様!」
気がついたアデリンが思わず呼びかける。
「ウィル様、ご無沙汰しておりました。またお邪魔しております」
ノアが続ける。
「光と闇の子かぁ。今日はどうしたの?」
「女神様から頂いたラベンダーで作ったものをウィル様へお持ちしました」
バスケットの中身を見せる。
「サシェやクッキー、ケーキを持って参りました。失礼ですが、ウィル様は召し上がることができますか?」
「人の食べ物食べたことないやぁ。でもいい香りだね」
「そうなのですね。もしよかったら近くでご覧になりますか?」
地面に大きなハンカチを敷き、クッキーやケーキを包みから出して並べる。
「こちらがラベンダーの花を入れたクッキーとケーキになります。そして、こちらの袋は乾燥させたラベンダーの花びらと花から抽出したオイルが入っているサシェになります。サシェは香りも良くて気持ちを落ち着かせるものとして、夜、寝具の近くに置いたりしているんですよ」
「へぇ〜」
ウィルは並べられた物の上を見定めるようにふわふわと漂っていた。
突然、ふわふわとクッキーの方に近寄ったかと思うと、チカチカと瞬いた。
──クッキーがなくなってる! 食べたのかしら?
「食べられた〜。そっちも食べてみる〜」
ケーキの方にもふわふわと近寄り、チカチカと瞬く。
──ケーキもなくなったわ!
「ウィル様、召し上がることができたのですね。お口に会いましたか?」
「うん、女神様のだからかな、物を食べるの初めてだけど、面白い感覚だね」
精霊も食べることができるなんて。
「そうそう、君たちが入ってきた時に、1本の木が生えたよ。持って帰っていいよ。君たちのだから」
気になっていた木のことを教えてくれた。
「あれは何の木でしょうか」
ノアが尋ねる。
「なんだろね〜」
ウィルはふわふわと木の周りを飛んだ。
「エボディアだって」
「「エボディア……」」
ノアはセイショウソウかロウドクではなくてがっかりしているだろうかと様子を伺ってみるが、特にそんな様子はない。少しほっとした。
「この花の蜜を集めるといいよって。あと、実も薬になるみたいだよ」
「まぁ、薬木だったのですね。花の蜜も実も大事に使わせていただきます。ありがとうございます」
「ありがとうございます。また、ここを掘って根からもらってもいいでしょうか」
「うん、いいよ。あ、闇の子。また闇の子の話聞いてもいい?」
「私のでよろしければ」
ノアが答えると、あっという間にノアを青白い炎が包み込む。
「うん。今日も面白かった。君いろいろあるね。光の子に免じて一つだけ教えてあげる。闇に落ちないようにするには、希望の光を常に心に灯してね」
「希望の光を灯す……」
「ウィル様は何を見たのですか?」
アデリンは思わず尋ねてしまう。
「先読み、かな〜」
黙り込んだ二人を追い立てるように、青白い球体が瞬く。
「光の子、食べ物面白かったよ。あの香りがする袋は置いておいて〜」
「は、はい! ありがとうございます!」
アデリンが言葉を言い終えないうちに、青白い光は消えてしまった。
顔を見合わせ、呆然としていた二人だったが、やるべきことに気がついた。
「まずはこの木を持ち帰れるようにしようか」
「そうね、根ごと掘らないと」
魔法で根を痛めないよう、土をほってエボディアを取り出す。独特の香りが辺りを包み込んだ。
立ち寄ってくださってありがとうございます。
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