28. 得手不得手
星祭が終わり、しばらく穏やかな日々が続いた。
闇ギルドや隣国の奴隷商人に関わるソーラス家への襲撃の予兆もなく、平和な時間が流れていた。
午前はノアと家庭教師と勉強、午後は武術鍛錬や湖で泳いだりの日常に加え、薬師見習いのジョーと一緒に薬草について学ぶ時間が増えた。
「ジョー、この前、風魔術で乾かした煎じ薬だけど、そのあとどう?」
「保管する湿度や温度によって若干質に変動があるので、もう少し乾かし方を工夫した方がいいかもしれません」
「そうなのね……遠征に携帯できるようにしたいから改良すべきね」
「今日も作ってみますか? 材料は用意できています」
「ありがとう、ジョー。今日は乾燥させる時間と魔術の強さを変えてみましょうか」
ジョーと今まで記録を書き留めたノートを覗き込みながら、今日の実験手順を確認する。
「姫様、練薬も作ってみませんか?」
「練薬? どういうものなの?」
「蜂蜜や砂糖と混ぜたものです。お湯に溶かして飲むそうです」
「ジョーは作ったことがあるの?」
「いえ、蜂蜜や砂糖は手に入りにくいので村では作れませんでした。でも村に立ち寄った旅人の方からそういったお薬があると聞いたことがあるのです」
「甘味を使うのなら、飲みやすくなるわよね。弱っている方には、乾燥させて粉薬より飲みやすいかもしれないわね。蜂蜜や砂糖はどちらでもいいのかしら。お城の料理長に後で分けてもらいましょう」
「細かいことまで聞いていなくて申し訳ないです」
「謝ることは何もないわよ。私は蜂蜜や砂糖を使うことすら知らなかったのだから。色々試しましょうよ」
アデリンとジョーは薬師の研究室の片隅を借りて、魔力補充の薬を開発中だ。魔力欠乏症のオリビアの治療に繋がればと研究を始めたのだ。病を治すまでの魔力の量は補充できないが、魔力を使い切った時に一時的に凌ぐ薬が形になりそうで張り切っている。
魔獣討伐に出た際に騎士団の皆に使ってもらえるよう、持ち運びできる粉薬を開発中なのだ。
「アディも何度か魔力切れで倒れているからな。是非完成させてもらいたいな」
アイザックに相談すると、笑いながら了承してくれた。
料理長から砂糖や蜂蜜を分けてもらい、練薬を作っていく。
先輩の薬師達とも相談していくつか試作品のアイディアがでたので、ジョーと3種類を作ってみる。
粉末にした生薬を蜂蜜に溶かしたものと、粉末にした生薬を丸め蜂蜜でコーティングしたもの、煎じたものを風魔術で乾燥させたもの。
詳細をノートへ記録して片付けをした後、ジョーとお茶をする。お茶のお供は、こちらも試作品のラベンダー入りのバウンドケーキだ。
「姫様、今日はたくさん試作が作れましたね」
「ジョーが蜂蜜を使うってアイディアを出してくれたからよ。試作品の結果が楽しみね」
試作した薬は、薬草鑑定魔術が使える薬師に鑑定を依頼をして結果がわかる。
「姫様、私、鑑定魔術の勉強を始めたんです。まだ一人前にはほど遠いのですが、近い将来姫様と作った薬草が自分で鑑定ができるように頑張ります!」
「そうなの? 頑張り屋さんのジョーならきっとできるわ! 楽しみにしているわね!」
「ありがとうございます!」
ジョーがにこにこと笑う。
「姫様、このケーキとても美味しいです。ラベンダー入りですか?」
「ありがとう。ラベンダーを入れてみたの。これも試作品なのよ。口にあったなら嬉しいわ」
「姫様の手作りですか!? 食べるのがもったいないです。このラベンダー、普通のラベンダーですか? なんだか、香りも良くて元気になる感じがしますね」
「あら、ジョーはそう感じるのね。そうなの、ちょっと特別なラベンダーなの」
(いつか、ウィル様や女神様のことジョーにお話できるかしら)
「特別なんですね! なおさら勿体無くて食べられないです!!」
ジョーの嘆き声にアデリンは笑いを抑えられなかった。
「ふふふ、大丈夫よ。いつでも作るし、まだ材料のラベンダーもあるもの。それに、メグ達にもお裾分けしているのよ。たくさん食べてもらえたら嬉しいわ」
メグには、町の孤児院の子供達へラベンダーのクッキーとケーキを持っていってもらうようにも頼んでいる。
闇ギルドが人身売買に関わっていた一件から、アデリンはなかなか城の外へ出られなくなってしまった。子供達に危険があってもいけないので、孤児院訪問は自粛しているのだ。久しぶりに子供達の顔を見て、声を聞きたかったから残念でしょうがない。
──早く落ち着いて欲しいわね。
「それなら、遠慮なくいただきます!」
美味しそうに頬張るジョーの姿をアデリンは嬉しそうに眺めた。
部屋に戻り、孤児院を訪問したメグから話を聞く。
「子供達は皆元気でしたよ。神父様もマギーさんも。クッキーもケーキも美味しいって食べてましたよ。みんな、姫様がいらっしゃらなくて寂しがってました」
「メグ、子供達へ届けてくれてありがとうね。そうね、私も皆と会えなくて寂しいわ」
「それと、女神様の像の足元にクッキーとケーキ備えてきました」
「ありがとうね。助かったわ」
ケーキを新しく作ったので、女神様に奉納したかったのだ。
メグに頼んで代わりに奉納してきてもらえてよかった。
「奥様とオリビア様もケーキを楽しまれたそうですよ。美味しかったと言付けを頂いております」
ミリーからも報告があった。
皆に喜んでもらえてよかったわ。
「まだ残っていたわよね。包んでいくつかをお父様やノアに配ってくるわ」
ミリーに包んでもらったケーキを持って、お父様の執務室を訪ねる。
「どうしたアディ?」
「お邪魔して申し訳ありません。差し入れでラベンダーのケーキを持って参りました。休憩時間にどうぞお召し上がりください」
執務室にいた家令のテオや側近の方達の分も合わせて置いていく。
「アディが作ったものか。嬉しいな。ありがとう。そういえば、アディ。最近、不穏な人の流れが城下町でみられるようになった。ビクターには伝えてある。すぐに脅威になるものではないが、気を緩めずにいてくれ」
「わかりました。お父様。お父様もくれぐれもお気をつけくださいね」
不穏な動き……なんだろう。不安になるな。
ノアを探しに訓練場を覗いた。多分この時間は鍛錬しているはずだ。思った通り、ノアは訓練場にいた。今日は剣術ではなく、魔術攻撃の鍛錬をしているようだ。
──相手はビクターだわ。
鍛錬の様子を見学することにした。
(二人ともまとっている魔力量が多い。強い!)
魔法を次々と繰り出している二人の巧妙な攻防戦術を、目で追うのがやっとなアデリンは呆然と眺めていた。
──本当に二人とも強い。私は全く敵わない。
しばらくすると手を止めた二人が、アデリンの元へやってきた。
「アディどうした?」
さっきまで厳しい顔つきからは想像できないほどの、優しい笑顔でノアが話しかけてきた。
「あ、うん、ラベンダーを使ってケーキを焼いたの。二人に差し入れを持ってきたわ」
「姫様が作ったのか?」
「ええ、試しに作ってみたら評判が良かったから、皆に食べてもらっているの」
「腹減ってたんだ。ありがたい。じゃあいただいていくな。ノア、姫様送っていけるよな。俺はここで、またな」
バスケットの中から包みを一つ、ビクターは言いたいことを言って、いつも通りあっという間にいなくなった。
「相変わらずいなくなるのが早いわね。ノアもよかったら1つどう?」
ノアへも包みを渡す。
ノアは「ありがとう」といって受け取り、「今、ここで食べてもいい?」と木陰に腰をおろした。
アデリンもノアの横に腰かける。
「凄く美味しいよ。ありがとう」
「よかった。メグに頼んで、教会の女神様にクッキーとこのケーキをお供えしてもらったの。孤児院の皆へも持っていってもらったのよ」
「そうか……女神様といえば、ウィル様のところへは今夜行くかい? 今夜は満月だ」
「ええ、それをお願いしたくてきたの。ケーキもクッキーも用意があるから、ウィル様へお渡しできるなと思って。忘れずにサシェも持っていかなくてはね」
「ああ、サシェは本当にいいね。母様も夜、心が落ちついてよく眠れると言っていたよ」
「ノアは? ノアはちゃんと眠れてる?」
「あまり眠る時間は変わらないけれど、深く眠れるようになった。ありがとう」
「効果があるのなら、嬉しいわ」
ノアが優しく微笑む。その微笑みがアデリンの胸を温かくする。
「そういえば、この前の夜中に抜け出したことは何も言われてない?」
星祭の夜のことを聞いてみた。
「ああ、ビクターは知っていたよ」
なんでもないことのように言うので驚いた。
「そうなの? いいの? ノアが水竜ってことも知ってるの?」
焦ってしまった私を宥めるように、優しく笑いながら「大丈夫だよ」といった。
「ビクターには知ってもらっていいんだ。俺がアディを連れ出すためには」
「協力してくれてるのね。本当に仲良くなったのね、ビクターと。よかったわ」
「え? 仲良くはないよ」
拗ねたような口調に代わり、ノアが否定した。
「でも、さっきの鍛錬も息がぴったりだったわ。と、言うより、すごく……」
「すごく?」
ノアが言葉に詰まったアディを促す。
「すごく怖かった。二人とも魔力が強くて、魔術も凄くて、展開が早くて……。私は敵わないと思ったわ」
「そっか、アディは俺を強いって思ってくれたんだね。嬉しいな」
嬉しそうにノアがひっそりと笑う。
「俺たちはいつも……賭けるものがあるから。だからちょっと……真剣なんだ。それに俺は、アディを守るためにもっと強くなりたいんだ。だからアディより強くないと駄目なんだ」
「何を賭けてるの?」
「はは、内緒」
楽しそうに笑いながらノアは答えた。
「私も誰かを守れるよう強くならなきゃって思っているの。だけど、ノアやビクターみたいな戦い方はできないの。それが歯痒くて悲しくて悔しいわ」
もやもやしていた気持ちをつい言葉にしてしまった。情けなくて、思わず立てた膝の中に顔を埋める。
「アディ?」ノアが頭を撫でてくれる。
「いいんだよ、アディが俺たちみたいな戦い方はしなくて。アディは司令官だから。それぞれに得意なことをやらせればいいんだ」
「司令官?」
「そう。人を指揮する人」
「私、そんなのできないよ」
「アディは人を見る目や思いやりがあるから大丈夫だ」
え?と顔をあげて、ノアを見上げるとノアは柔らかく微笑みながら言った。
「闇ギルドから助けた子供達の意向をちゃんと確認して、それぞれが一番力を発揮できる場所見つけてあげられただろ。それはアディだからできたんだよ。優秀な司令官だよ」
「……そう言ってくれるのは嬉しい」
「だから、戦いの時は俺とビクターを使えばいいんだよ。アディは俺たちに守られてくれ」
「……でも、いつか二人ともここからいなくなってしまう。ずっといるわけではないわ。二人がいなくなっても大丈夫って思える強さが欲しいわ……」
アディの頭を撫でていた手が止まる。
(しまった。言うつもりがなかったのに。弱音吐いちゃったわ)
ますます落ち込む。
人と比べて勝手に落ち込んで、しかも、弱音や不安を言ってしまうなんて……ありえないわ。
バスケットの持ち手をぎゅっと握りしめる。
「ごめん、ノア。私どうかしてたの。気にしないでね。ケーキを気に入ってもらえてよかった。私、用があったのだったわ。またね」
ノアを見ずに一気に言葉を出すと、アデリンは立ち上がる。足を踏み出そうとした瞬間、手が掴まれた。アデリンが見下ろすと、悲しそうな瞳のノアと目が合う。
「ノア……離して……」
掠れた声しか出ない。視界がぼやける。
(涙が溢れる前に早く手を離して)
「アディのそばにいられるように、俺は頑張るから」
ノアがアデリンの瞳を真っ直ぐに見つめ、力強く言った。
──どういう意味?
瞳を見開いた瞬間に、溜まっていた涙が一粒落ちた。
アデリンは慌ててノアの手を振り解き、走って部屋へ戻った。
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