27. 星空
「お嬢様、そろそろ城へ戻りましょうか」
「そうね、みんな戻りましょう」
ミリーの言葉にレイラも立ち上がったので、星祭の会場を後にして皆で城へ戻る。
オスカーはレイラとずっと楽しそうに話をしている。
──みんな楽しそうで良い夜だわ。
皆の様子を見ているだけで幸せな気分になってニコニコ頬がゆるんでしまう。
隣を歩いていたノアが、どうした?と目で聞いてきた。
「みんな楽しそうで幸せだなって思って嬉しいの。ノアも楽しかった?」
「ああ、すごく楽しかった。でも……」
「でも?」
「でも……アディと二人でゆっくり星を見たかったなとも思ったよ」
「そうね、今夜はせっかく新月で晴れているからよく見える夜だものね。でも、警備も護衛もあって抜け出せるチャンスがなかったわね。残念だわ」
「今夜、水竜で迎えに行っていい? 星を一緒に見よう」
ノアが小声で囁いた。思わずノアを見上げる。
「もし大丈夫なら窓辺にいつものようにフローライトを置いておいて」
驚いて返事を返せないまま、城について皆と別れ部屋へ戻った。
「お嬢様、お疲れ様でした。お茶の準備をしましょうか」
「いいのよ、ミリー。ミリーも疲れたでしょう。今日はもう休むから、ミリーも休んで」
「わかりました。ドレスを脱ぐお手伝いをしたら、部屋に戻りますね」
ミリーが部屋に下がり、一人になる。寝着には着替えず、さっぱりしたワンピースを選んだ。
(本当にノアは水竜の姿になって迎えに来るのかしら。警護の人たちにはばれないのかしら。ビクターには? 大丈夫なのかな)
でも星は見たい。ノアと見たい。
フローライトに魔力を通し、淡い光を放っているのを確認すると窓辺に置いた。
城を抜け出すことにドキドキしながら窓辺の近くに座り、夜空を見上げる。
今夜は楽しかったな。
ノアとのダンスは楽しかった。
長身に、細身だけれど鍛えられた硬い体、端正な顔、そして熱を帯びた琥珀色の瞳。
アデリンのドレスの色とお揃いの腰紐をまとったノアは、パートナーだと高らかに公言しているようでもあり、くすぐったい気持ちになった。
ノアの姿を思い出すだけで胸がぎゅっと締め付けられる。
ソファの上で膝を抱え、うずくまっていたらいつの間にか寝てしまったようだ。
気配を感じて目を開く。窓の外を覗くと、光る琥珀色を見つけた。
ノア!!
慌てて窓を開けてバルコニーに出ると水竜の羽ばたく音だけが聞こえた。
慌てて水竜の魔力と同調して通力を行いノアに呼びかける。
(待った? ごめんね。今から乗ってもいい?)
水竜が体の向きを変えて、アデリンが背に飛び降りやすいようにしてくれる。
(ありがとう。今から飛び降りるわ)
バルコニーの手すりに登り、水竜の背中に飛び乗る。
(ノア、乗ったよ)
水竜は1度大きく羽ばたくと、湖の湖面近くを滑るように飛んだ。
(うわぁ! ノアすごい! 水面を滑っているみたいだわ!)
水竜は岩山の山頂にゆっくりと着陸する。アデリンが水竜の背から降りたことを確認すると、ノアの姿に戻った。
「ノア! ありがとう! 水面すれすれに飛んでたわね。まるで、凍った湖の上を滑っているみたいだったわ。すごく楽しかった!」
どれだけ素晴らしい体験だったか、興奮のあまり思わず熱心に話してしまう。
「ノアが、自分の背に乗って素晴らしさを感じられないことが残念に思うくらいよ」
ノアは目を見開いて固まっていたが、しばらくするとお腹を抱えて笑い出した。
「ちょっと!! ノア?」
「あーアディはよく突拍子もないことを言うけれど、俺が俺の背のに乗る良さを知らないのが残念って……」
笑いながら涙を拭っている。
「よく突拍子もないこと……言ってる?!」
「うん、言ってるよ」
笑いが収まったノアは、顔に笑顔を残しながらアディを蕩けるような瞳で見つめる。
「アディが突拍子もないことを言ってくれるから、俺は自分の先祖返りを受け入れられたんだ」
アディが瞳を瞬いていると、ノアは岩の上に座って寝そべる。
「よく星が見えるよ、アディもおいでよ」
アディもノアの横に腰をおろし寝そべってみた。
「本当ね! こんなにたくさんの星があるのね」
寝そべって見上げると、無数の光り輝く星々がまるで降り落ちてくるような感覚に襲われる。
「寝転んで、こんなにたくさんの星をみていると星座がわからなくなってしまうわ。ねぇ、私たちで星座を作ってみない?」
「え? 作るって?」
「あのね、例えば……あの頭上に一番明るく輝いている星、琥珀色よね。あれを水竜の瞳にするの。あとは、星と星を繋いでみたら……」
魔術で星と星を繋いだ線を夜空に描いてみる。星空がキャンパスのお絵描きだ。
「…………水竜に見える?」
「ん??」
「ほら、翼を広げている水竜に見えてこない?」
「…………魚に見える…………」
「魚……確かに私は絵が苦手だけど……。そういえば、ノアは絵が上手だってオリビア様が言ってらしたわよね。さ、ノアの番よ。星座を作って。まずは水竜からよ」
「え? 俺? しょうがないな……水竜か……あの明るい星を瞳にすればいいんだな」
しょうがないと言っていた割には、すいすいと星を繋げて水竜を描いていく。
「ノア!! すごいじゃない! とっても上手なのね」
まるで、今にも羽ばたきそうな水竜が夜空に現れた。
「気に入ってくれた? よかった」
「ちょっと待って、まだ消さないで」
ノアが夜空に描いた水竜を消そうとしたので、慌てて止めた。
「目に焼き付けたいの。あまりに素晴らしいんだもの」
暫く目を凝らして心に焼き付けたあと、ノアに他にも描いてとねだってみた。
「しょうがないな」と苦笑しながら、ノアは次々に星と星を魔術の線で繋げて星座を作ってくれる。
「あれは、狐ね。そっちは鳥? 鷹だわ! あ、馬! それは何? ちょっと待って……わかった、鹿ね。ワイバーンもいるわ。本当にノアは描くのが上手ね。お花は描ける?……ヒマワリだわ。これは……うふふカメリアね。薔薇も描けるの? 凄すぎて言葉が出ないわ……」
「夜空に絵を描くなんて、初めてだよ。こんな大きなキャンパスに描くのは楽しいね」
「ノアは本当に絵が上手なのね。いつも描いたりしているの?」
「レイラ様から譲っていただいた画材があるから、たまに描いたりしているよ」
「見てみたいわ、ノアの絵。どんなものを描いているの?」
「……色々かな」
「いつか見せてくれる?」
「……ああ」
「楽しみね」
寝転んだまま無数の星を二人で言葉もなく眺める。
はしゃいだ気持ちがずっと続いていて、心の中がほわんと温かかった。
「アディ、ありがとう」と囁く声が聞こえる。
「どうしたの?」
「アディに会えてよかったなと思って」
「私もだよ。ノアに会えてよかった。こんな楽しいことがたくさんあるなんて。星祭楽しかったね。ノアとのダンスも楽しかったわ。来年の星祭も楽しみだわ」
「……」
「ノア?」
「アディ、ここでもう一度俺と踊ってくれる?」
ノアが体を起こして、アディを見下ろす。
「ここで? 星の下でって素敵。それこそ、星祭だわ」
アディも体を起こす。ノアが伸ばした手を取り、立ち上がった。
二人は見つめ合い、手を取り合う。ノアが優しくリードを始め、二人でステップを踏む。
無数の星空の下、二人だけのダンスは夢をみているような、うっとりするような時間だった。
何度目かのターンをした後に、ノアは優しくアディを抱きとめる。
「ありがとう。最高の星祭の夜になったよ」
頭上から聞こえてくるノアの声は、嬉しそうでもあり、悲しそうでもあり……。
少しアディは不安になった。
「ノア、何かあったの?」
アディはノアの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
ノアの鼓動が聞こえる。自分の鼓動のリズムとノアの鼓動のリズムが段々と重なっていく……。
「なんにもないよ。さ、帰ろうか。帰りはバルコニーまで届けるね」
「ありがとう。ね、帰りもまた、湖面ぎりぎりを飛んでくれる?」
輝く翠色の瞳でノアを見上げてお願いしたアデリンに、ノアは優しく頷いた。
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