26. 星祭
星祭当日がやってきた。アデリンは城から星祭の会場を見下ろす。屋台が並び、町から領民たちが続々と野原へ続く坂を登って来ているがわかる。準備が滞りなく進んでいるようで、安心する。
軽い昼食をとったあと、ミリーと侍女見習いのメグ、そして針子見習いのジルがアデリンの用意を手伝ってくれる。
「王都の舞踏会ではないとはいえ、辺境伯令嬢として人の前に出るのですから、しっかり磨き上げますよ!
メグにもいい勉強になりますから!」
張り切っているミリーが次々と指示を出していく。
湯浴みをして身を清めたあと、アデリンの銀糸ような髪を香油を使って艶を出すまで梳かす。ミリーが前髪を編み込み、後ろ髪はそのまま流した。
「この髪型であればお嬢様の美しいお顔がはっきり見えますし、美しい銀髪がダンスの時に綺麗に広がります」
ミリーは出来上がりを満足そうに眺め、メグに説明している。
メグは「姫様がさらにお姫様に……」と、うっとりしてアデリンを眺めている。
「姫様、ドレスも最後の仕上げをさせてください!」
ジルも張り切っている。アデリンは皆の熱気に押され、されるがままだった。
ラベンダー色の生地で作ったドレスは、腰が細く、裾にかけてゆったりと広がっている。肘までの袖丈で袖にはレースが縫い付けられている。裾にはラベンダーの花の刺繍が散らばり、ガラスのビーズが胸元から全体に縫い付けられている。
「まぁ、ベスが刺繍をしてくれたの?とても素敵。ありがとう」
「ガラスのビーズがまるで星のようにキラキラして見えますね!」
「まぁ本当ね、このアイディアもベスなの?とても綺麗だわ」
「ありがとうございます。時間があったので、ミリーさんと相談して刺繍とビーズをつけさせてもらいました」
「ミリーも考えてくれたのね、ありがとう」
「さ、ベス。最後の仕上げをして」
ミリーに促されたベスは、黒のレースのリボンを取り出した。腰に巻き、体の前側に大きなリボン結びを作る。結び目の真ん中に琥珀色の布で作った星のコサージュをつけた。
──ノアの色が二つ揃ったわ。
「姫様、本当に美しくて素敵です」
瞳を潤ませているメグとジルがほぅとため息を漏らす。
「本当に、みんなありがとう。みんなも星祭のためにおめかししなくていいの? 時間がないわよ」
「私たちはいいのです。これがありますから」
ミリーたちはお仕着せの胸元に、星のコサージュをつけた。ミリーは銀色、メグとジルは翠色だ。
「まぁ」
「ふふふ、姫様の色で作ったんです。身につけられて、すごく嬉しいです。翠色のコサージュはジョーとエイミーにも作ってあげたんですよ。みんなで姫様の色を身につけるんです」
ジルが胸を張って言うものだからおかしくなって、皆で笑っていると扉をノックする音が聞こえた。
ミリーが確認して扉を開けると、ノアとビクターが入ってくる。
ノアはアデリンを見ると、瞳を瞬かせ魅入られたように動かなくなった。
今日は男性陣も軽装だ。ノアは黒色の首元がゆったりとした襟付きのシャツに黒色のズボン。ラベンダー色の腰布をしている。陶器のような白い肌のノアによく映えている。髪の毛は後ろに流して、端正な顔立ちがはっきりと現れている。
ノアが固まっているのを見て、アデリンは不安になってきた。
「ノア?」
「ああ……アディ、とても綺麗だ」
耳まで真っ赤になったノアはまるで魔法が溶けたように動き出した。
「今日はエスコートさせてくれてありがとう」
蕩けるように微笑みながら、手を差し出す。
「ありがとう。ノアもとても格好良いわ」
アデリンも花が咲き誇ったような満面の笑みで応え、ノアへ手を伸ばした。
「姫様、今から俺とミリー、騎士2人の4人が護衛につくね。かなり人が多いからな。目が届く場所にいるよう気をつけてくれ」
ビクターが護衛について説明してくれた後、「姫様、本当綺麗だな」と目を細めた。
「ありがとう。今日はよろしくお願いしますね」
アデリンはビクターと騎士2人に微笑んだ。
城の横の会場にノアのエスコートで向かう。
「アディが花の妖精かと思った。本当に綺麗だよ、ドレスが似合っているね。それに……俺の色を入れてくれた?」
ノアが後ろにいるビクター達に聞こえないくらいの小さな声で聞いてきた。
耳が真っ赤になったノアを見て、アデリンも真っ赤になりながら「うん」と呟くだけで精一杯だった。
「嬉しい」とつぶやいたノアの嬉しそうな顔を見て、アデリンも胸が温かくなる。
会場に着くと、すでにお父様、お母様、オリビア様がいらっしゃった。
「お父様、お母様!」
みんながいる席に向かい、挨拶をする。
「まぁアディ、素敵なドレスね。よく似合っているわ。ノアもとても素敵だわ」
お母様がにっこりと笑いながらいう。お母様とお父様もお揃いのデザインのドレスとシャツをきている。仲睦まじい様子はアデリンの憧れの夫婦像でもあるのだ。
「ありがとうございます。お母様もとても素敵です。このドレスは、この前、救出した女の子が案を出してくれたんです。お母様とオリビア様にお渡ししたコサージュもその子が作ってくれたんですよ」
二人も胸元のコサージュに手をやり、微笑んだ。
「とっても素敵なアイディアよね。城で働いている女性がほとんどしているの。来年からは定番になりそうだわ」
──それはすごいわ!! 後でジルに伝えよう。
「是非、作ってくださった方にお礼を伝えておいてね。こんな素敵なコサージュ、初めてつけたわ。アディちゃん、本当に綺麗で妖精みたいね。こんなに美しい女性をエスコートできるノアは幸せ者ね。二人のダンスを楽しみにしているわね」
オリビア様もにっこりと微笑んだ。最近は頬がふっくらされて、血色も良いので嬉しい。
「今日は厳重な警備をしてはいるが、くれぐれも人の目が届くところにいてくれ。ノアも頼んだぞ」
お父様からの言葉に、ノアが「はい」と気を引き締めるように答えていた。
陽が傾き始め、琥珀色の空が段々と暗くなってきた。
「さ、そろそろダンスの時間が始まるわよ。みんな行ってきて。私はここから眺めているわ」
楽団の音楽がダンスパーティの始まりを告げる曲を奏でている。
お父様がお母様を誘ってダンス会場へ向かう。
「俺と踊っていただけますか?」
アデリンの前に立ったノアが軽くお辞儀をしてダンスに誘う。アデリンは笑顔で「ええ、喜んで」と応えた。ノアも微笑みながら腕を差し出してきたので、アデリンはその腕をとりノアのエスコートでダンス会場へ向かう。
ファーストダンスだわ。ノアとは何度も練習で踊っていたけれど、なぜだか緊張するわ……
ノアと向き合いステップを踏み始める。
「アディ、緊張している?」
頭一つ分、背の高いノアの声が、頭上から聞こえる。
「うん、少し」
「練習だと思って。ほら、俺の顔見てよ」
ノアを見上げる。琥珀色の澄んだ瞳が優しくきらきらと輝いて見える。
「ははは、落ち着いた?」
「うん、落ち着いた。ありがとう。やっぱりノアの瞳は綺麗ね。キラキラして星が輝いているみたい」
「ありがとう。そういってくれるのはアディだけだよ」
はにかみながらノアは続ける。
「アディは妖精みたいだ。手を離したらどこかに飛んでいってしまいそうだ」
そういって、ノアはアデリンの腰をさらに引き寄せる。
「ノア?」
二人の体がさらに近づいて、アデリンの動悸が激しくなる。
「ねぇアディ、お願いがあるんだ。王立学院へ入学したら試験では女子の中で1位を取って。俺も男子の1位をとるから。そうしたらずっと……アディとペアでいられる」
囁くような懇願するような声音だ。
「お父様達みたいね。わかったわ。男子のノアの1位は確定だろうから、私も女子の1位を目指すわね。男女総合の順位は負けないわよ!」
微笑みながら挑戦的に見上げる。
「言ったな。よし、負けないからな」
ノアは笑いながら、アデリンをくるりと回す。くるりと回る度に、美しい銀髪がベールのように翻る。ドレスに散りばめられたビーズが会場の灯りを反射し、まるで星の光のように輝く。
琥珀の瞳に見つめられるたび、アデリンの胸が高鳴っていく。音楽とノアとアデリンだけの世界に酔いしれる。
ダンスの練習はノアとずっとしてきたから、息もぴったりだ。身を委ねられるリードが心地よい。くるりとターンをするのも楽しい。
「こんなにダンスって楽しかったのね。知らなかったわ」
「ああ、楽しいな。この時間が終わってほしくないと思うのは俺だけかな」
熱を持って輝く琥珀色の瞳に胸がどきんとする。
音楽が終わり、お互いの体が離れるのが名残惜しく感じた。
ノアとのダンスが終わってオリビアのところへ行くと、オスカーがアデリンを待ち構えていた。
「お姉様、僕と踊ってください!」
「オスカー、もちろん喜んで。こんな素敵な紳士と踊れるなんて光栄だわ」
手を繋いでダンス会場へ戻る。
「お姉様、ドレスがお似合いです。すごくお美しいです」
「あなたも今日は素敵な装いだわ。あっという間に身長も高くなって近いうちに抜かされそうね」
「今、ノアとビクターから武術鍛錬を受けているんです。早くお姉様を守れるよう強くなりますね」
「まぁ、守ってくれるの。ありがとう。心強いわ」
嬉しそうなオリビア様と踊っているノアを見つけた。
──二人にいい思い出を作って欲しいわ。
オスカーと楽しくダンスした後、お父様とも踊った。
「アディ、今日は楽しんでいるか?」
「はい、とても楽しいです。ダンスがこんなに楽しいなんて知りませんでした」
「社交界のデビューは15歳だからまだ先だな。それまでたくさん楽しいダンスをするといい。ノアと楽しく踊っていたのを見たぞ。息がピッタリだったな」
「うふふ。いつも一緒に練習してるので、踊りやすかったですよ」
「星祭の最後の魔術の打ち上げは、アディがやるんだって?」
「はい、ノアと一緒にやるんです。オリビア様に見ていただきたくて」
「そうか、楽しみにしているな」
にこりとお父様は笑ってくれた。
腰掛けて一息ついていると、ビクターがそばにやってきた。
「姫様、お疲れ様。ミリーに毒見してもらった飲み物だ」
果実水が入ったグラスを渡してくれる。
「ありがとう。いただくわ。でも、毒見をしなきゃいけないほど……なの?」
「ああ、ちょっと鼠がちらほら入り込んでいたようだからな。でも、もう捕まえたから大丈夫だぞ」
一瞬顔が強張ったアデリンに驚き、慌ててビクターは言った。
「姫様に言わない方がよかったか。ごめんな、怖がらせて」
「ううん、教えてくれてよかった。本当に……何かあるかもしれないんだってびっくりしただけ」
「姫様は今夜は楽しんでくれ。そのために俺らがいるんだから」
「ありがとう。でも、ビクター達も楽しんで欲しいよ」
「この雰囲気で十分だ。それに、姫様のそばを離れるわけには行かないからな」
「ビクターはダンスは踊れるの?」
「ああ、一応族長の息子だからな。貴族教育はしっかりと受けさせられたよ」
「私と踊らない?そうしたら、護衛もできるし、星祭も楽しめるよ」
ビクターは目を見開いた。
「姫様……本当、無自覚な姫様だな。それでは、私と踊っていただけますか? 姫様」
赤い目が輝き、口元が悪戯っぽい笑みを浮かべる。ビクターが差し出した手に、アデリンも手を重ねる。
「喜んで」
ビクターのエスコートでダンス会場へ向かう。ちょうどノアはレイラと踊り終えたところだった。目を見張っているノアと目があったアデリンは微笑んだ。
「姫様、あんまり竜の少年を煽らない方がいいぞ。俺、すっごい睨まれてる」
「煽るって?」
音楽がはじまったので、ビクターのリードに合わせて体を動かす。運動神経がいいのだろう。軽やかなリードで踊りやすい。
「ビクターはこれからも旅を続けるの?」
「いや、迷い始めてる。ここが居心地がよくてさ」
「そうなのね。ご家族の方はビクターが隣国で暮らすことを心配されていないの?」
「心配するとしたら、ちゃんと俺が見つけられるかどうか、かな」
「何を見つけるの?」
「俺が忠誠を誓える相手」
「……見つけられるといいね」
「そうだな。ま、ふらふらしているのも楽しいけどな。姫様、もし、いつかどこかへ逃げたくなったら、ちゃんと攫ってやるから言えよ」
アデリンは予想外の話になって瞳を瞬く。
「攫う?」
「ま、頑張りすぎず人に甘えることを覚えろって話だ」
ビクターは喉からクックッと音を鳴らしながら笑っている。
「よくわからないけれど、あなたがここにいてくれたら嬉しいわ」
「その言葉はありがたいな。ま、当分は姫様の護衛だからな。ここにしばらく居させてもらうな」
「ええ、よろしくね」
音楽が終わってビクターと礼をしていると、横にノアがやってきた。
「アディ、そろそろ席に戻ろうか」
「そうね、屋台料理も楽しまないと」
ノアに手を引かれて、オリビア達がいる席へ戻る。
「オリビア様、今夜はいかがでしたか? 楽しめましたか?」
「ええ、本当に楽しい夜だわ。ノアとアディちゃんのダンスも見れたし、ノアとも踊れたの。こんな楽しい夜はいつぶりかしら」
「よかったです! これから私とノアで魔術の打ち上げをするんです。オリビア様に見てもらいたくて考えたんです。楽しみにしていてくださいね」
「嬉しいわ。こんなに幸せな夜は怖いくらいよ。アディちゃん、何から何までありがとう」
潤んだ瞳でオリビアはいうと、そっとアデリンを両手を包み込む。
「お願いがあるの。身勝手なお願い。忘れないでいて欲しいの。私たちがソーラス家の皆さんと一緒に過ごすことができてどんなに幸せか。これから私とノアがどんな決断をするとしても、あなたのことが大好きだから」
「……オリビア様?」
何かこれから起こるのかしら。心が落ち込み手先が冷たくなっていく。何か大きな変化がきそうで怖くなる。
「ふふふ。ごめんなさい。驚かせてしまって。二人の魔術の打ち上げを楽しみにしているわ」
私の冷たくなった手をさすりながら、オリビア様は微笑んだ。
ミリーがとってきてくれた屋台の料理にみんなで舌鼓をうつ。
香辛料がピリッときいた串焼きのお肉。
揚げた野菜。
さっぱりしたスープ。
みずみずしい果実のデザート。
城では出されない味付けや見た目だからか、オスカーがもりもりと食べていた。
男の子って本当によく食べるのね……お母様と笑いながらオスカーの食べっぷりを観察したり、ノアとビクターのじゃれ合いを面白がったり、笑ってばかりの楽しい一時だった。
ミリーが「そろそろですよ」と呼びにきてくれた。
魔術を打ち上げるために、会場の隅へ向かう。
ちょっとドキドキしてきた。
みんな喜んでくれるかな? うまくできるかな?
「アディ、君なら上手くできるよ。心配しないで。俺がついている」
ノアが夜空を見上げている私の手を優しく握ってくれる。手からノアの温もりが伝わってきて安心する。
「ノアはいつも私の心を落ち着かせてくれるね。ありがとう」
にこりと微笑むと、アデリンは瞳を閉じ体中に魔力を満たす。満開の藤の花をイメージして、夜空に向けて魔力を放出した。
うわぁと歓声が聞こえて、瞳を開けると夜空から紫色の藤の花が咲き溢れている。その間を白色の燕が花を縫うように軽やかに飛んでいる。
「上手にできたわ。綺麗ね」
「うん、すごく綺麗だ」
ノアは、魔術の光に照らされて髪も顔も輝いて見えるアデリンの横顔に魅入られながら呟いた。
最後に藤の花が黄金色の花弁へ変化し、星が降るかのように地上へと魔法の光が降り注ぐ。
席にノアと戻ると、レイラがぎゅっと抱きしめてきた。
「素晴らしかったわ。とても綺麗で、終わり方も切なくて……素敵な魔術を使ったわね。皆の記憶にずっと残る夜になるわね」
「藤の花も燕も素晴らしかったわ。二人で共同して作った世界は美しかった。本当に忘れられない夜になったわ。ありがとう」
オリビアもノアの手を握りながら、嬉しそうに微笑んでいる。ノアを見ると、ノアも頬が緩んでいた。
──よかった。
ノアもオリビア様にもいい思い出が作れたようでよかった。
二人の笑顔にアデリンの胸の奥が温かくなる。
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