25. コサージュ
アイザックが王都に行ってから既に2週間が経った。レイラへは手紙が何度か来ていると聞き、アデリンは父が無事とわかって少し安心する。まだ事後処理が終わらないようだ。
「隣国が絡んでいるから、どうしても解決に時間がかかってしまうのよね」
レイラはそういうけれど、もうすぐ星祭の日がやってくるので、アデリンは気になって落ち着かない。
ソーラス家では夕食の後、談話室に皆が集まって過ごすのが恒例だ。夜勤の使用人や騎士達が仕事が始まるまでお茶を飲んだり、軽食を取ったり。仕事が終わった使用人や騎士達が休憩したり。皆、自由に過ごしていい場所でもある。
初めてビクターを連れてきた時、ひどく驚かれた。
「貴族が使用人と一緒に過ごしているなんて初めて聞いたよ」
領地は冬が厳しい。長い冬の間、暖をとる薪を節約するために皆が一箇所に集まっていた慣習をお父様達も続けている。
「そうなのかしら。私にはこれが当たり前だから。それに、おかげで皆とも仲良くなれるからいいわよ」
両親が魔獣討伐や王都に遠出の不在時に寂しい思いをしなかったのは、この談話室の時間があったおかげだと思う。
オスカーは新しく仲間入りした子供達と一緒にボードゲームで遊んでいる。
──オスカーも遊び相手ができてよかったわ。
アデリンは談話室でミリーとベスと一緒に星祭のドレスについて相談していた。
「お嬢様、丈はくるぶしより少し短いくらいにしましょうか。動きやすい方が宜しいですよね」
星祭は短い夏を楽しむ、大きなお祭りだ。城の横の野原で開催する。貴族の舞踏会とは違い、領民も参加するお祭りだ。野外での開催なので裾があまり長すぎても動き辛い。
「そうね、そうしましょう」
「ミリーさんが作ってくれたデザイン画を元にして、最終案を描きました。姫様の希望のラベンダー色の生地で黒色のリボンですね。レースやフリルがあまりお好きではないと聞いてはいますが、このリボンをレースにすると軽やかに見えると思うのですが……」
出会った時のベスとはまるで別人かのように、生き生きとドレスについて話をしてくれる。この仕事を楽しんでくれているようで、アデリンは嬉しくてしょうがない。
「ふふふ……」
「お嬢様、どうされました?」
「ベスは本当にドレスを作るのが好きなんだなって思って。とても楽しそうに話してくれるから嬉しいの」
「すみません!色々話すぎました」
「違うのよ、ベス。あなたがこうやって色々と考えてくれるのが嬉しいの。ありがとう」
アデリンが柔らかく微笑むと、ベスの頬が紅潮する。食事をきちんと取れているからか、痩せぎすだったベスの頬もふっくらとして健康的になった。
「ベスの感性を信頼しているわ」
「あ、ありがとうございます! あの姫様、今回ラベンダー色の生地のドレスにレースリボンの黒色が差し色になるんですが……琥珀色は入れなくていいですか?」
小声で聞いてきたベスの言葉の意味を理解すると、アデリンの頬が一気に赤くなった。
「え……琥珀色?って……でも……」
(でも、私は婚約者じゃないし、琥珀色まで入れたらやりすぎにならないかしら)
「もし姫様がよければですが……実は琥珀色の布を使って小さな星のコサージュを作ってみたんです。そのコサージュをドレスにつけたら素敵だなって思って……」
「星のコサージュ……」
ちらっとオスカーとボードゲームをしているノアを見る。
ノアの黒色と琥珀色……嬉しいけれど……私がつけていいのかしら。
ミリーに助けを求めるように視線を向けると、ミリーは頷いた。
「星祭ですからね、星のコサージュは素敵な案ですね」
「やりすぎではないかしら?」
ベスが再度小声で提案をしてくる。
「実は、練習で余っていた端切れ布を使ってたくさん星のコサージュを作ったんです。星のコサージュを奥様やオリビア様、お城の使用人の方に配ってくだされば、コサージュをつけているのは姫様だけではなくなります」
ミリーが顔を輝かせた。
「目立たなくなるってことね、ベス流石だわ。お嬢様、それなら良いのではないでしょうか。奥様とオリビア様にはお嬢様から、使用人達には私たちから配ります。ベス、配れるコサージュはどのくらいあるの?」
「今のところ30個くらいは用意できます。端切れ布もたくさんあるので、もっと作れます」
「それならば、使用人達には端切れ布を渡して自分達で作らせてもいいわね。談話室に端切れ布を用意して置いておけば、休憩した時にここで作れるわね」
ミリーとベスの中でどんどんと話が膨らんでいく。
「お嬢様、それではこの案で進めさせていただいてもいいですか?」
──ちょっと、いえ、だいぶ嬉しいかも……。
頬の熱がなかなか取れなくて、頬に手を当てたままコクコクと頷く。そのまま、ちらっとノアを見ると、ちょうどノアもこちらを見ていた。二人の視線が絡み合うと、ノアは琥珀色の瞳を細めてとろけるような笑みを浮かべた。
──星祭のドレス、ノアが喜んでくれるといいな。
星祭が3日後に迫った夜に、アイザックが帰城した。
「「お父様!!」」
オスカーと一緒にアイザックに抱きつく。
「お帰りなさいませ!ご無事にお戻りになられてよかったです」
「ただいま。オスカーはいい子にしていたかい。アディも星祭の準備をレイラと一緒にしてくれたみたいだね。ありがとう」
星祭の準備は、予想以上に打ち合わせが多岐に渡っていて驚いた。
「あんなに大変だとは思いませんでした。お母様のご苦労がよくわかりました」
「陛下もルイ王子も二人に会いたがっていたよ」
陛下はお父様のお兄様になり、ルイ王子はアデリンの1つ上の従兄弟だ。
「お二人ともお元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ、お元気だった。ルイ王子はこの秋から王立学院に通われるそうだ。来年、アディが入学することを楽しみにしているとおっしゃていらしたぞ」
「そうでしたね、王立学院でお会いできるのが楽しみです」
「アディ、後で執務室にビクターときてくれるか?」
──ビクターと? 護衛の話かしら。
「はい、わかりました」
「ビクター、私の護衛をしていない間は何をしていたの?」
最近は星祭の準備でずっと城内にいたため、ミリーが護衛をしてくれていたのだ。
「あれ? 姫様、ノアから聞いていないの? 俺とノアは竜騎士団と一緒に魔獣討伐へ行っていたよ」
──ノアから何も聞いていないわ。
「……星祭の準備でノアに暫く会っていないの。魔獣討伐に行っていたのね。魔獣討伐はどうだった? ビクターの故郷には魔獣は出るのかしら?」
「火竜がいるおかげか、強い魔獣はあまり出ないなぁ。討伐は……面白いな。ソーラス家の竜騎士団はみんないい奴らだし」
「ビクターは火竜に会ったことあるの?」
「会ったことはないな。でも存在は感じる。ここ数十年、誰も姿を見ていないんだ。今は火山の奥深くで眠りについていらっしゃるんじゃないかと言われてるぞ」
「そうなのね……」
「いつか姫様に故郷を見せたいよ。火竜がいる火山は畏れ多いけれど、神々しく美しいんだ。噴火でできた湖に、姫様の好きな水竜が遊びに来たことがあるかもな」
「あら! 私が水竜が好きなこと知っているのね」
「城にいる皆が知ってるんじゃないか? 騎士団の奴らからも聞いたし」
「うふふ、そうなのね」
話しているとアイザックの執務室に着いた。アデリンは扉をノックする。許可を貰い中へ入ると、レイラや騎士団長、竜騎士団長が揃っていた。
「アディ、ビクター、よく来てくれたな。王都に行った報告をしたかったんだ」
アイザックは、王国軍に闇ギルドの幹部達を引き渡したこと、人身売買に関わっていた貴族を王国軍が摘発したことを教えてくれた。隣国の奴隷商人に関しては、今後政治の場で交渉の切り札として使うことになるだろうと。
「完全に問題が解決したわけではない。ビクターには、もうしばらくアディの護衛を頼まれて欲しい」
「承知いたしました」
「星祭は領民も参加できるものだ。警備は厳重にはするが、闇ギルドの関係者が紛れ込むことは可能だ。アディ、星祭に参加するなとは言わないが、くれぐれもビクターのそばから離れるなよ。他にも数人つけるからな」
「はい、わかりました、お父様」
「ビクター、竜騎士団と共に魔獣討伐をしてくれたと聞いている。ご苦労だった。星祭の前後は城内への人の出入りが普段より多くなる。業者の出入りに関しては入念にするつもりだが、くれぐれもよろしく頼む」
ビクターは一礼をし、アデリンも皆へ挨拶をして執務室を退出した。
「ってことで、もうしばらく姫様のそばにいるな」
「ビクター、あなた旅が途中だけどいいの?」
「いいよ、別にすぐに旅に出るつもりはなかったしな。ここで見つかるかもしれないしな」
「そうなの?」
「ま、どちらにしても俺もここにもう少しいたいから、よろしくね」
ビクターと別れた後にアデリンは談話室へ向かった。談話室の窓際のソファに座り、外を眺めているノアを見つけた。
ノアの姿を見ただけでアデリンは心が踊る。
「ノア!」
ゆっくりとこちらを振り向いたノアは、アデリンの姿を捉えると嬉しそうに微笑んだ。
「アディ、どうしたの?」
「最近、ノアと全然会っていないし、話していないから……」
アデリンはノアの横に座りながら、少し拗ねたように笑った。
「会えなくて、寂しかった? 俺は魔獣討伐に行っていたし、アディは星祭の準備で忙しかったもんな」
嬉しそうなノアの蕩けるような笑顔が返ってきた。返答の言葉に思わず詰まる。
「俺は寂しかったよ。今日会えて嬉しいよ」
さらっとノアに言われて、胸がぎゅっとなる。瞳を瞬いているアデリンに、ノアは口元を緩めた。
「あ、魔獣討伐はどうだったのかしら? ワイバーンに乗って討伐したの?」
「ああ、結構面白かった」
「ビクターと同じこと言うんだね。仲良くなったみたいで、よかったよ」
ノアが瞳を鋭く光らせる。
「は? 仲良くなんかないよ。ビクターともう会ったの?」
「え? そうなの? 仲良さそうに見えるわよ。さっき、お父様が王都からお戻りになられて、ビクターと呼ばれたの。まだ隣国の奴隷商人まで一掃されたわけではないから、星祭の時は気をつけるようにって。ビクターに護衛を引き続きお願いすることになったの」
「……そうか。そうだ、星祭の準備はどう?」
ノアが厳しい雰囲気を醸し出していたから、話題を変えてくれてほっとする。
「お母様のお手伝いをしていたのだけど、こんなに大変だなんて知らなかったわ。でも、すごく楽しみよ。ノアも楽しみにしていてね。お城の横の野原に星祭の会場を作るんだけど、食べ物の屋台も出るのよ。ダンスパーティもあるし。オリビア様がゆっくり楽しんでもらえるよう、席は作ってあるからね」
「母様の席を作ってくれてありがとう。すごく楽しみにしていたよ。母様も俺もお祭りにいったことがなくて」
「そうなのね。星祭の最後に魔術を夜空に打ち上げて皆に観賞してもらうの。お父様とお母様がいつもやってくださるんだけど、今回は私がやっていいって。どんなものがいいか迷っているのよ。ノアが良ければ、私と一緒にやらない? オリビア様に見ていただきましょうよ」
「一緒に? いいね、楽しそう。アディはどんなのを打ち上げようと考えていたの?」
「う〜ん、それがまだ……決めきれていないのよ。お花か鳥を夜空に飛ばすのもいいなと思っていたのだけれど」
「そっか……それなら、両方やってみる? 二人いたらできるよ」
「本当ね! 嬉しいわ。お花はね……藤の花が空から垂れるようにしたら美しいかなって」
(藤の花の花言葉は「決して離れない」ってノアは知っているのかしら)
「きっと綺麗だろうね。鳥は?」
「鳥はまだ決めきれていないの」
「そうか……垂れた藤の花の間を飛ぶ燕なんかどう?」
「素敵! うん、すごく素敵だわ! それなら、私が藤の花、ノアが燕を打ち上げる、ってことでいいかしら」
ノアがにっこりと微笑んで頷く。
「ノアありがとう! これで、もう心配事がなくなったわ!」
「もう遅いだろ、部屋まで送っていくよ」
ノアがソファから立ち上がり、こぼれるような笑顔を見せたアデリンに手を差し出した。
「久しぶりにノアとお話しできてよかったわ。星祭の屋台はたくさん美味しいものが出るのよ。一緒に食べましょうね。送ってくれてありがとう。それではおやすみなさい」
ノアに声をかけて部屋に入ろうとしたアデリンをノアが引き止めた。
「アデリン、星祭の日は俺にエスコートさせてくれるかい?」
予想もしていなかった言葉に、アデリンは呆然と立ちすくみ言葉が出ない。そんなアデリンをほほましげに見つめていたノアがさらに言葉を紡ぐ。
「きちんと申し入れしていなかったから。アディとファーストダンスを踊りたいんだ。いいかな?」
端正な顔に覗き込まれて、我にかえったアデリンは顔に熱が集まっていくのを感じていた。
「ええ、いいわよ」
それだけを言うのが精一杯だった。こくこくと頷くアデリンの銀色の髪を一房すくい、口元に寄せてノアが唇を落とす。
「ありがとう、楽しみにしているね」
穏やかに微笑むとノアは「おやすみ」と言って戻っていった。
部屋に戻ったアデリンは思わずベットに倒れ込む。
──ノア、どうしちゃったの?
ノアがどんどん先に行ってしまう感覚に襲われる。
頭の中で、何度もノアがアデリンの髪に唇を寄せる光景が繰り返される。
なんだか恥ずかしくてくすぐったい。
こういう時は、早く寝るに限るわ。
窓辺に魔力を込めて光ったフローライトを置いて「ノア、おやすみ」とつぶやいた。
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