22. サシェ
部屋に戻った時は疲れてくたくただった。
睡眠不足に加えて町での騒動で疲れ果てていたけれど、どうしても今日中にやりたいことがアデリンにはあった。
「ミリー、今朝作ったラベンダーのオイルと乾燥させた花びらでサシェを作りたいの」
今朝、女神様からいただいたラベンダーの花びらを風魔術で乾燥させ、火魔術で花びらの周りの空気を圧縮させてエッセンシャルオイルを作ったのだ。
女神様から頂いたものだから、早くオリビア様にお渡ししたい。
あまり眠れないというノアにも渡したい。
ミリーが綿の小袋を持ってきてくれた。以前、刺繍の練習で作った、水竜の刺繍が入った小袋だ。見栄えがいいものを2つ選び、中に乾燥させたラベンダーの花びらとエッセンシャルオイルを混ぜ合わせたものを入れる。
部屋中にラベンダーのいい香りが漂う。
(うん、この香りならきっとオリビア様も喜んでくれるはず)
「今から、オリビア様とノアにサシェを届けてくるわ。ミリーも疲れたでしょう。もう今日は大丈夫だからゆっくり休んでね」
「ありがとうございます。またお夕食の時に参りますね」
ミリーに声をかけてから、オリビアの部屋へ向かった。
「オリビア様、アデリンです」
部屋の扉をノックすると、オリビア様の侍女が扉を開けてくれる。
「アディちゃん、どうしたの?」
血色の良いオリビアが窓際のソファで読書をしていた。
「読書のお時間をお邪魔して申し訳ありません。実は、ラベンダーでサシェを作ったのです。オリビア様にお渡ししたくて」
そう言ってオリビアにサシェを渡すと、袋に刺繍した水竜に気づいてくれた。
「まぁ、水竜の刺繍ね。とても上手ね。ラベンダーのいい香り。ありがとう。もしかしたら、このラベンダーは女神様からいただいたものなのかしら」
──ノアがお話したのね!薬の話はどうだったんだろう。
「そうなんです! ノアと一緒に精霊がいる洞窟へ行った時に、女神様から頂いたものなのです。きっとオリビア様の体調にいいものだと思います。今日はサシェを作ってみましたが、今度はクッキーを作ってみたいと思っているんです。もし美味しくできたら、召し上がってくださいね」
「まぁ、ラベンダーのクッキー? 是非食べてみたいわ。アディちゃん、私のために色々考えてくれてありがとう」
「いただいたラベンダーはお城のお庭に植えました。よろしければ、今度ご案内しますね。本当にいい香りなんですよ」
「まぁ、それは本当に楽しみだわ。サシェも大切にするわね」
オリビアは柔らかく微笑んだ後、居住まいを正して言葉を続ける。
「アディちゃん、ノアのことを受け入れてくれたと聞いたわ。ノアにとって何よりも心強いことよ。本当にありがとう。これからも……ノアのことをよろしくお願いしますね」
少し泣きそうな表情のオリビアをみて、ノアがオリビアとちゃんと話し合えていたらいいなとぼんやりと思っていた。
ノアにもサシェを渡そうと部屋を訪ねたけれどいなかったので、探しにいく。もう日も暮れ始めたから、鍛錬はしていないだろうなと思い、図書室を覗いてみた。
ノアの瞳の色に染まった空を見上げるように、いつもの場所、湖を見渡せるウィンドウベンチに座っていた。夕陽が差し込んでいて、端正な横顔が険しい表情していることがわかる。アディは思わず声をかけるのを躊躇した。
──何かあったのかしら?
ノアが気配を感じたのか、ゆっくりとアデリンに目を向けた。アデリンへ向ける視線は柔らかく、ほっとしながらアデリンは「ノア」と声をかける。
「ここにいたのね」
ノアの横にアデリンも腰を降ろした。
「どうしたの?」
「あのね、女神様からもらったラベンダーでサシェを作ったの。オリビア様にはさっき渡してきたよ。ノアにも渡したくて。夜良く寝れるといいなと思って」
水竜の刺繍が入ったサシェを渡す。
ノアは瞳を瞬かせて受け取る。水竜の刺繍に気付いてそっと指でなぞり、嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ありがとう。いい香りだね」
「ノア、オリビア様とお話しできた?薬草を欲しがっていらっしゃらない理由は聞けたかしら?」
ノアの顔が一気に強張った。
──何かあったんだ
「何かあったの?」
ノアが息を吸い、言葉を吐こうとする気配を感じたけれど、また口を閉ざしてしまう。
(何も言わなくていいよ)
「教会で神官様に闇と光の子の絆について聞いてきたよ。女神様と男神様のお話をノアは知っている?お二人の関係に女神様は闇と光の子を重ねていらっしゃるのかもしれないわ」
神官から聞いた話をノアへ伝える。考え込んで黙ったままのノアに、さらにアデリンは報告を続ける。
「あのね、今日孤児院のクッキーの屋台を手伝ったのよ。子供達が作ったクッキーの中に、ハーブ入りのクッキーがあったの。だから、今度、女神様のラベンダーでクッキーを作ってみようかしらって思ったの。あとね、さっきホールで会った二人は、ウィルとビクターよ。二人ともここで暮らすことになったわ。ウィルは7才で学びの園に通うそうよ。オスカーと年齢が違いから仲良くなれるといいわね。ビクターは……あれ、いくつだったかしら。聞いていなかったわ。私達より年上に見えるわね。イブー国から来たのですって。旅の途中みたい。ソーラス家の竜騎士団に興味があるみたいで……。……ノア?」
ノアが鋭い視線を宙に向けている。
不安そうに首を傾げるアデリンを見て、ノアは片手で顔を覆う。
「あーごめん。そのビクターって奴がちょっと気になってしまって」
浅薄な印象だが、ウィルを助け出す情に厚い一面もあり、良くわからない人だ。
「そうなのよね。私も気になるわ」
ノアは息を呑み、瞠目してアデリンを見る。
「アディはビクターが……気になるのか?」
「ええ、そうね。気になることを言われたのよ。ビクターにあった時に、私に竜の気配がするって言われたの。どういうことだと思う? そうそう、彼はイブー国のカトラ山の火竜の守り手の一族ですって」
ノアは瞳を瞬いていたが、ふっと小さく笑った。
「ノア?」
「ああ、うん。アディが彼を気になっていた理由がわかって、ちょっとね」
アデリンは柔らかな表情に戻ったノアに安心する。
「ええと……竜の気配については、俺のことだろうな。アディは俺が術を込めた魔石をつけてくれている?きっと魔石から俺の魔力を感じたんだと思う」
アデリンは首紐をひっぱり、胸元から魔石を取り出した。
「ここからノアの魔力を感じるなんて……」
「火竜の守り手の一族の話は聞いたことがある。きっと、彼も魔力が強いんだろうな」
確かに、お父様も武術と魔術に優れた一族だと話していたわね。
「ノアのことを知られちゃってもいいの?」
「うん、いいよ。牽制になるから」
──牽制? なんの?
こてんと首を傾げたアデリンに、ノアは「わからなくても今はいいよ」と微笑んだ。
「それよりも、今日はどんなお転婆姫だったの? 教えてよ」
──しまったわ。どこまでノアに話していいかわからないわ。
「えっと……ウィルを追ってた闇ギルドの人達をミリーと捕まえちゃったのよ」
「……え……なにそれ。危ないじゃないか。怪我はない?」
「怪我はないわよ。特に危ない思いもしなかったわ」
「……なんか拾ってくるし……本当に目が離せないな」
「拾うって……猫じゃあるまいし……」
反論しようとしたけれど、ノアの不安そうな瞳をみたら何も言えなくなってしまった。
「ごめんね?」
一応謝ってみる。「なんで疑問形なんだ?!」とは呟いていたけれど、少し機嫌は良くなったかしら。
安心したら、大きなあくびがでた。
今日はいろんなことがあって疲れたわ。
アデリンの様子に気づいたノアが、「夕食まで少しここで寝ていく?」と言ってくれたので、迷わずノアの肩によりかかって目を閉じる。
「ノア、今日はノアと一緒に町へ行きたかったよ。今度は一緒に行こうね」
瞳を閉じたままノアに伝える。ノアの体温が温かくて心地が良い。
「ノアがいなくて寂しかった」
「ああ」
ノアの嬉しそうな声が頭上から聞こえてきたのを最後に微睡の中に落ちていった。
目を開くと、見慣れた天井が見えた。窓の外をみると、薄暗い光が見える。夜が明ける頃だろうか。アデリンは一気に思い出して、覚醒した。
(私、図書室でノアにもたれかかって寝てしまったんだった)
慌てて自分をみると、夜着に着替えている。きっとミリーが替えてくれたのね。
もうすっかり目が覚めてしまったわ。女神様のラベンダーを見に行こうかしら。
ベットから降りると、簡単なドレスに着替えて静かに廊下へでた。
夜明け前の霧が煙る中、ラベンダーが朝露に濡れ芳香を放っている。満開のまま凛と佇んでいる様子は神々しくもあった。心の中で女神様に感謝の祈りを捧げる。
ついでにワイバーンの様子を見にいこうと厩舎へ向かう途中、ビクターを見かけた。
一瞬声をかけようか迷った。迷っている間に、ビクターがアデリンに気づき、声をかけてきた。
「姫様、おはよう」
「おはよう、ビクター。こんな早くにどうしたの?」
「ワイバーンの様子を見てきたんだ。みんな良く調教されているな。環境もいいし、さすがソーラス辺境伯だわ」
ワイバーンを褒められて嬉しくなった。
「本当にそう思う? 嬉しいわ。ワイバーンたち、みんないい子なのよ」
「姫様の竜の気配は、あの少年か?」
いきなり言われて、言葉に詰まって固まる。狼狽えて目が泳いでしまった。
「はは、まぁ何も言わなくていいよ。別に彼をどうこうするつもりはないからな。ただ、姫様に興味は出たぞ」
「私に?」
翠色の瞳を瞬いたアデリンに、ビクターは「面白そうだから、もう少しここにいるわ」と告げて、笑いながら立ち去った。
すっかり、気が削がれてしまったアデリンは城内に戻った。
騎士達がバタバタとしているのがわかる。
──何かしら。
ちょうどホールに出てきたお父様の姿を見て、アデリンは駆け寄った。
「お父様!」
「アディか、早いな。おはよう」
「おはようございます。お父様、どこかにお出かけですか?」
アイザックは軍服を着ている。精悍さが増し思わず見惚れてしまった。
どこかへ討伐へでもいくのだろうか。
「ああ、昨夜闇ギルドに間諜を送り、様子を見ていたんだ。ビクターが教えてくれた子供達の場所も特定できたから、今からちょっといってくるよ」
さもなんともないような話し方をしているが、今から闇ギルドに奇襲をかけるということだろう。
「お父様! 私も行きます!」
「アディがいく必要はない。私や騎士団に任せておけ」
「でも、私も……」
さらに言い募ろうとしたアデリンにアイザックは優しくいう。
「気持ちで十分だ。それにアディがいると騎士達が敵に集中できない。その意味はわかるだろう?」
「自分で守れますし、攻撃もできます」
「アディ」
静かに嗜められ、口を閉じた。
「それでは、救出した子供達の対応をあとで頼む。無骨な騎士達よりもアディの方が安心するだろう」
「はい!わかりました。お父様、どうぞお気をつけて。ご武運をお祈りします」
アイザックはにっこりと微笑みアディの頭を撫でた。それから、奥にいたレイラに「それではいってくる」とキスをして出ていった。
「お母様」
お母様もお見送りにいらっしゃったのね。
「アディ、朝早かったのね。昨日は図書室で寝てしまったあなたをノアが運んでくれたのよ。夕食を食べていないでしょう。お腹減っていない? 朝食にしましょう。お父様はきっと大丈夫よ」
ノアが運んだんだ!ちょっと恥ずかしい……。
お母様が大丈夫というなら、きっとお父様は無事に帰ってくるだろう。
少し安心したアデリンはレイラの腕をとり、「ではダイニングルームまでご一緒してくださいませ」とお願いすると、「甘えん坊さんね」と笑いながら付き合ってくれた。
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