21. エルディ族
「なんで、お前が竜の気配を持っているんだ?」
ビクターの言葉に驚きすぎて声が出なかった。
思わず一歩下がる。
ミリーが屋根の上に上がってきた。
「ご無事ですか?」
「あ、ミリー! あのね、この人はビクター。お父様に話してもらいたいことがあるから、一緒にきてもらうことにしたの。あの男の子も一緒に城へ連れて行くわ。詳しいことは今は話せないけど、よろしくね」
「かしこまりました。さ、いきましょう。孤児院の皆様が待っていますよ」
ミリーは、きっとビクターに鋭い視線を送り、アデリンを促した。
シスターのマギーと子供達が、男の子を囲むようにして広場で待っている。
「遅くなってごめんなさい。片付けを手伝えなかったわ」
「大丈夫ですよ。あの男の子はウィルという名前だそうです。服の上からしか確認していませんが、大きな怪我や傷はありませんでした」
「マギーさん、ありがとう。あの男の子と一緒にいた人を見つけたの。話を聞きたいから、二人に城にきてもらうことにするわ」
マギーがウィルを呼ぶと、おどおどしたした様子でやってきた。
「ウィル、私はアデリンといいます。怪我がないとマギーさんから聞いたのだけれど、痛むところはない?
あなたといたビクターと一緒に、今夜は私のおうちにきて欲しいのだけれどいいかしら?」
ウィルはアデリンの横にいるビクターを見上げる。
ビクターが笑って頷く。
「わかりました」
小さな声でウィルが答えてくれた。
広場で孤児院の皆と別れ、馬車に乗って城へ向かう。馬車に乗るのが初めてというウィルは興奮が隠しきれないように、窓の外を覗いたり座り心地を確かめたりしている。
お腹が減っているだろうと、孤児院のクッキーを一袋あげたら一瞬で食べてしまい、残念そうな顔が可愛らしくて「うふふ」とアデリンとミリーは思わず笑ってしまう。
クッキーで緊張が少し取れたのか、車内でポツポツと自分自身のことを話してくれた。
ウィルは7歳。両親に売られたことは理解していて、悲観もしていなかった。ただ事実として淡々と受け入れていたことに、アデリンの胸が痛んだ。
ウィルはソーラス家領地ではないところからきたようだ。各地から子供達が連れてこられ、イブー国との国境であるソーラス家の領地の城下町、オウルタウンに集められるそうだ。見張りが手薄になった時に、ビクターがウィルを連れ出したと話した。
「ビクターとウィルはどういう関係なの?」
「旅の途中に、俺が腹を減らしていた時にウィルが持っていた食べ物をくれたんだ。自分の分が何もなくなってしまうのに。それから、ちょいちょい話すようになったわけ」
「1回ご飯を分けただけで、助けに来てくれるなんて……」
ウィルが俯く。
「恩に大小はないからな。話しているうちに、お前のこと気に入ったしな」
ウィルの頭をガシガシと撫でて、ビクターは人懐っこい笑顔を向けた。
(ビクターって掴みどころがないイメージだけど、情に厚いのね)
「お二人とも、辺境伯様にお会いする前に湯浴みしてくださいね。さっぱりしますよ。着古しにはなりますが、お洋服も用意しますね」
城に着いて馬車を降りるとミリーが二人に説明する。家令のテオも気づき、侍女達に指示をしてくれた。
「アディおかえり」
アデリンはホールに降りてきたノアに声をかけられた。柔らかい顔で微笑んでくれる。ちょっと会ってないだけなのに、安心する。
「ノア、ただいま」
ノアの視線がビクターを捉え、眉がわずかに動いた。
「ノア、こちらはビクター。町で会ったの。お父様にお話したいことがあって、ここまで来てもらったのよ」
ビクターがにやにやした顔でノアをみているから、何か気がついたのではないかと冷や汗が出る。
「それでは、私も一度着替えてくるわね。ビクター、ウィル、どうぞごゆっくりね。ノア、また後でお話しましょう」
ミリーを伴い、部屋へ下がることにした。ビクターがいたずらっ子みたいな笑顔で「姫様、またね」と手を振っている。
ノアが、待って、と声をかけてきた。
「部屋まで送るよ」
手を差し出してくる。今までになかったことで、戸惑ってしまう。ノアの瞳を思わず覗き込むと柔らかな輝きがあった。
──ノアも寂しかったのかしら。
いや、それはないか……と思いながらも、手を重ねた。
「ノア、何かあったの? オリビア様と話せた?」
「うん、話せたよ。またアディにも今度話すね」
「アディはどうだった? 教会と孤児院に行ったのではなかったの?」
あ、それが聞きたかったのね。
「ええ、教会で女神様に感謝を伝えたわ。孤児院の子供達が広場でクッキーの屋台を出したの。その時に出会ったのがあの二人よ。お父様に相談しなきゃいけないことがあって……」
ノアへまだ詳しいことを話せなくて、口籠もってしまう。
「赤毛の方は何者なの? すごくアディに親しげだったけど」
ノアが少し固い声で聞いてきた。
「親しげに見えた? 今日初めてあったのよ。赤い髪の毛の人はビクター、ね。ビクターと話す前に少し令嬢らしからぬ行動をしちゃって……だからかしら、きっとそこら辺の女の子だと思われたから気安い感じなのかもね」
戸惑いながら答えると、ノアが立ち止まってアデリンを見つめる。
ノアの琥珀色の瞳が光っている? え? どうしたのかしら。
「……ノア? どうしたの?」
恐る恐る下から覗き込んだ。
「えっと……聞きたいことがたくさんあるんだけど……令嬢らしからぬって何? そもそもアディをみて、そこら辺の女の子なんて思う人はいないよ」
ノアのいつもと違う様子に驚き、思わず横のミリーに助けを求めるとミリーも頷いていた。
「お嬢様、ノア様の言う通りです。お嬢様はそこら辺にはいない女の子ですよ。もう少し自覚を持ってくださいね。さ、お嬢様、令嬢らしからぬことをしたので、さっぱりと綺麗にしましょう。はい、ノア様失礼しますよ」
さすが、ミリー。唖然としたノアを置いて、私を部屋へ押し込んでくれた。
「ノア様はお嬢様が、自分の知らないところで色んな経験をされて心配されているんですよ。後でゆっくりお話してされたらどうでしょうか」
「そうなの……かしら。ミリーのおかげで助かったわ。人身売買の話はまだ話せないから」
ビクターが口に出した言葉も……
埃や汗を流し、さっぱりとしたドレスに着替える。家令のテオから、ビクターとウィルも用意ができてサロンへ向かっていると聞く。ミリーを伴い、アデリンも向かった。
サロンに入ると、ソファにゆったりと座って寛いでいるビクターとこちこちに緊張しているウィルがいた。
ビクターの様子をこっそり伺う。赤色の短髪、赤色の瞳、小麦色の肌。体を清め、こざっぱりした服のせいか、整った顔立ちに教養が見え隠れする。
やはりただの旅人には見えない。所作もどことなく品がある。そして、隙が全くない。
何者なんだろう。
「二人ともさっぱりできたかしら。お洋服の大きさが合うものがあってよかったわ。改めて、挨拶するわね。ソーラス辺境伯が娘のアデリンです。よろしくね」
にっこりと挨拶をすると、ウィルが真っ赤になって目を見張っている。
「今から私の父、ソーラス辺境伯と話をしてもらうわね。ウィル、大丈夫?」
「はい!!」と返事はするが、緊張のためか涙目になっている。
怖がらなくて大丈夫、と励ましていると、お父様が家令のテオとサロンへ入ってきた。
家令のテオから、ある程度の話は伝わっているはず。
ビクターとウィルが立ち上がって挨拶をした。お父様は優しい笑みを浮かべ二人に座るよう促す。
「アイザック・ソーラスだ。二人とも良くきてくれたな。緊張せずに寛いでくれ。さ、アディ、話を聞かせてくれるかい」
ウィルが実の親の借金のかたに売られたこと。ソーラス家の領地ではない場所からきていること。各地から同じように魔力をもつ子供達が連れてこられていること。この町の闇ギルドが取りまとめていること。
闇ギルドがイブー国の奴隷商人と繋がりがあること。ビクターがウィルを連れ出して逃げたこと。
そして、アデリンとミリーが二人を追ってきた闇ギルドの人間を捉え、警備隊に引き渡したことを伝えた。
アルザックは黙ってアデリンの話を聞いていたが、アデリンが追手とやり合った話を伝えると呆気にとられたようだった。
「まぁ、アデリンとミリーの捕物に関しては、ちょっと置いておくが、話はわかった。人身売買はカスラーン国では違法だ。そして、我が領地内で人道に反する行いを見過ごすことはできない」
アイザックはビクターとウィルをみて、優しく話しかけた。
「二人は安全のためにもここに滞在した方がいいと思う。滞在中、何かやりたいことの希望はあるかい?ウィル君は7歳だったな。城内に騎士の子供達が通う学びの園がある。よかったらそこで読み書きを学ぶといい。興味があれば、武術も学べるぞ。
ビクター君は……もしやイブー国のカトラ地方の出身ではないか?」
アデリンは息を呑む。
確かにこの領地は国境にあるため、イブー国との行き来も盛んではある。イブー国の人がいても不思議はないが……故郷まで限定してわかるものなの?
ビクターは不敵ににやりと笑った後、愛嬌のある笑みで「さすがですね」と返答した。
「おっしゃる通り、私はイブー国エルディ族長の三男、ビクター・エルディです。今は放浪中の身で、エルディ族とは関係なく動いておりますので、ビクターとお呼びください」
「エルディ族というと……カトラ山の火竜の守り手か」
「そこまでご存じでしたか。その通りです」
アデリンはアイザックとビクターの話についていけない。
「今は放浪中と言うことは……まだ見つかっていなのかな?」
「その通りです」
またにやりとビクターが笑った。
「お父様、説明をお願いしても良いかしら。火竜の守り手とはなんですか?」
アデリンは、アイザックとビクターの話が途切れたところで、声をかけた。
「ああ、アディはイブー国の、火竜が住むと言われるカトラ火山の名は聞いたことがあるだろう。その麓で代々、火竜とカトラ山を守っている一族がいる。それがビクターの一族だ。そして、一族の長子のみが火竜とカトラ山を守る為に里に残り、長子以外は自分の主を探す旅に出ると言われている。そして、魔術と武術に長けた一族とも聞くぞ」
──だからなの?「竜」の言葉が出てきたのは……
「辺境伯の慧眼は噂通りですね。名君のお噂はイブー国まで届いております」
「世辞はいいよ。実際今回君たちに迷惑をかけていたからね。
早速本題だ。半年前に領地内で行われているイブー国への子供の人身売買について調査をしているところだった。闇ギルドの下っ端は捕まえていたんだが、子供達が集められている場所やイブー国の奴隷商人へ引き渡す時期の情報がわからなかった。半年に一度あると聞いていたので、町中の警邏の数は増やしていたんだが……今回どこで救出したか情報をもらえないだろうか。他の子供達も助けたい」
「教えてもいいですが、その後どうするのか聞いてもいいですか?」
「子供達の解放。闇ギルドの解体。ここまでは私の仕事。イブー国の奴隷商人については、国と相談してやらないといけないが、カスラーン国内で動いていなければ摘発は難しいだろうな」
トカゲの尻尾切りにはなるが、奴隷商人には打撃になる。あとは国際問題として王国の外交のカードとして使ってもらうんだろうな。
「助け出した子供達はほとんどが親に売られた子たちです。帰る場所がない」
「本人に確認の上、希望であればこの領地内で生活できるように取りはかろう」
「……わかりました。子供達の場所をお伝えします。ただ一点お願いがあります。ソーラス家の竜騎士団の噂も聞いております。そちらで私がお世話になることはできますか?」
「もちろんだ。エルディ族の者であれば武術はもちろん、ワイバーンの扱いも慣れたものだろう。明日竜騎士団長に引き合わせよう」
「ありがとうございます。子供達が集められている場所ですが、町の貧民街の一角です。地図を用意していただければ詳細をお伝えします」
家令のテオが地図を持ってくる。
「このあたりです。見張りは闇ギルドの人間が常時4名いました。今日俺が忍び込んだので、見張りの人数は増えているかと。盗み聞きした話では、子供はまだ揃っていないようです。明後日イブー国へ連れて行くと行っていました」
「わかった。後で作戦を立てる。その時、また話を聞かせてもらいたい」
アデリンは無事アイザックへ引き継ぎができて、ほっとした。すでにアイザックが人身売買について調査をしているとは知らなかった。
「後で二人には滞在する部屋を案内しよう。家令のテオに任せてあるので、説明を聞くように。疲れただろう。食堂で夕食をとってくれ」
ウィルは相変わらず緊張した面持ちでぎこちない礼をした。
ビクターは見事な一礼をアイザックへしたあと、アデリンの方をみてウィンクをしてから、テオについて部屋をでた。
「さて……アディ、今回人身売買摘発のきっかけを作ってくれたことはありがたいが、捕物は気をつけてくれよ」
「はい、お父様。いつも心配かけてごめんなさい。一つ聞いてもいいですか?ビクターが放浪中だと、何が見つかっていないとなるのですか?」
「ああ、エルディ族は火竜を守る一族だが、基本、長子のみがその責を負うと聞いている。長子以外は自分で仕える主を見つける、とも。その主は本人が決めた者であれば誰でもよく、エルディ族の者はその一生を誠心誠意仕えると言われている。彼はまだ主を探し中と言うことだろうな」
──なるほど。
彼もまた、唯一を探しているのね。
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