19. 赤い瞳
町へ向かう馬車の中でアデリンはうとうとしていた。昨夜のノアとの外出で明け方に部屋に戻ったこともあり、睡眠が足りていない。
いつも通り朝食を皆で取り、女神様から頂いたラベンダーの株を庭師と相談して日当たりと風通しがよい場所に植えた。枯れたりしていないかと不安だったけれど、洞窟の時と変わらず花は美しく、良い香りがして安心した。
朝食後の授業はアデリンには眠気との戦いだった。ノアは竜化の影響か普段からあまり寝ないから平気だと、隈もないいつもの飄々とした顔だった。
とはいえ、睡眠不足は体にはよくないわよね。オリビア様に差し上げるサシェを作る時ノアにもあげよう。
馬車の中で微睡みながら、ラベンダーの使い道をとめどなく考えていた。
アデリンは町の教会へミリーと一緒に向かっている。ノアも行きたがっていたが、体調のいいオリビアと話すことになったので、今日はアデリンだけが行くことになったのだ。
アデリンは月に何度か、教会に併設されている孤児院へよく行くので神官やシスター達とは顔馴染みだ。いつの間にか眠りに落ちていたようで、教会に着いたとミリーに起こされた。
「お嬢様、教会につきましたよ。大丈夫ですか?」
「う〜ん……ありがとう。昨夜はちょっと寝つきが悪くて。大丈夫よ、さ、行きましょう」
ミリーの手を借りて馬車を降りた。
「アデリン様、よくいらっしゃいました」
「ごきげんよう 神官様。今日は突然申し訳ありません」
神官が出迎えてくれた。
40代後半だろうか、髪には白いものが混じっているお年だ。温和なお顔立ちをして穏やかにお話をしてくださるので、アデリンは神官とお話するのが好きだった。
「いつでも大歓迎ですよ。子供達も待ちかねていますよ」
アデリンは孤児院の子供達のことを想い、思わず口が緩んでしまった。神官たちのおかげか、ここの子供達は伸び伸びと素直に育っている。
「ありがとうございます。まずは女神様にお祈りを捧げたいのです」
神官は礼拝堂に案内してくれた。
(女神様、昨夜はラベンダーを下さりありがとうございました。大事に育て、使わせていただきます。オリビア様の体調がよくなるよう、お力をお貸しください。どうぞこれからも私どもを導き、お見守りください)
アデリンが祈っている間待っていてくれた神官に、アデリンは昨日から気になっていたことを尋ねてみた。
「神官様、女神様は光と闇の子が絆を持っていると喜ばれると聞いたことがあるのですが、何か逸話がありますでしょうか」
神官はアデリンをみて微笑んだ。
「アデリン様は女神様がいらっしゃるのが天の国、それでは地の国にいらっしゃるのはどなたかご存知ですか?」
「男神様ですね」
「はい、その通りです。天の国はこの世を離れた者が魂となり、次の生を待っている場所です。地の国はこの世を離れた時、邪気があった場合や罪を犯し償いが終わっていない魂が行く場所です。地の国で魂を浄化できたものは、天の国に行くことができます。
はるか昔、女神様と男神様は一緒に暮らしていらっしゃいました。ある時仲違いをして、天と地に別れてしまったと言われています。
女神様は光属性を、男神様は闇属性を司っていらっしゃいます。きっと、女神様はご自分と男神様の属性を持った子供達に絆があるのは、ご自分達に重ねられて嬉しく思っていらっしゃるのかもしれないですね」
(女神様、男神様と離れて寂しく思っていらっしゃるのかしら)
──女神様、私はノアとの絆を大事にしますね!
神父様と暫くお話をしてから、横の孤児院へ向かう。子供達の楽しそうな歓声が聞こえてくると、顔が緩んでしまう。
「あ! アディお姉ちゃん!」
「来てくれたんだ!」
子供達に見つかってあっという間にアデリンは囲まれてしまった。
「みんな元気だった?会いたかったわ。今日は何をしていたの?」
アデリンが子供達の頭を撫でながら優しく問いかける。
「今日はこれから町へクッキーの販売に行くのです。さ、みんなアディさんが動けないので少し離れてあげて。出発する準備の時間ですよ」
シスターのマギーがやってきて、教えてくれた。
マギーは20代の明朗快活な女性だ。一緒に過ごしていると笑いが絶えない。子供たちにもいい影響を与えているのがわかる。安心感も併せ持つ女性でアデリンも大好きだ。
「マギーさん、私もクッキーを売るお手伝いしてもいいかしら」
ここの孤児院は辺境伯家からの寄付で成り立っているが、自分達でもお金を作るためクッキー販売を定期的にしている。子供達には、孤児院を出た後に市井で生きていく勉強になる。
「もちろんだよ! ね、お姉ちゃん、今日のクッキーはくるみ入りなんだよ。私とルーシーが作ったんだ」
代わりに答えてくれたタシャは10才のしっかりした女の子。同い年のルーシーと大の仲良しで、二人がマギーを助け小さい子供達の面倒をよくみてくれている。
「くるみ入りなのね!美味しそうだわ。他にはどんなクッキーを用意してあるの?」
「僕とお兄ちゃんでローズマリーのクッキーを作ったよ!」
6歳のトロイがアデリンのスカートを引っ張って、教えてくれた。テリーは11才のトロイのお兄ちゃん。弟想いだけど、ちょっぴり口が悪い。でも、将来はソーラス家の騎士団に入りたいと、訪問時にはアデリンの護衛騎士に剣術の稽古をしてもらっているのを知っている。
──ハーブのクッキーっていいわね。ラベンダーのクッキーを料理長に相談してみましょう。
「実はお城にあるハーブで何か作れないかしらと思っていたの。トロイとテリーから良いアイディアをもらえたわ。ありがとう」
「おい、トロイ。アディのスカートを引っ張るな。孤児院で育てているハーブがたくさんあったものだから、さ」
テリーが頬を赤くして、そっぽを向きながら答える。そんなテリーを、孤児院へ戻る途中のタシャとルーシーが笑いながら小突いて行った。
「一度作ってみて上手にできたら、みんなのところに持ってくるわね」
アデリンは子供たちの戯れ合いをくすりと笑いながら言った。
町の中心の広場に、孤児院のクッキー販売の屋台が出る。アデリンとミリーは、屋台の手伝いをすることにした。
広場を行き交っている人たちを眺めていたアデリンは、広場に走ってきた幾つかの人影に気が付いた。すばしっこい赤い髪が先頭で走っている。小さな子供の手を引いている。その後を体格のいい数人の男達が追いかけている。
人波を縫うように走ってきた赤い髪と小さな子供が、孤児院のクッキーの屋台の前を通った。ちょうどその時、石畳の溝に躓いたのだろうか、小さな子供が転んだ。
その姿を見た瞬間、アデリンとミリーが小さな男の子を庇うように飛び出した。
追いかけていた数人の男達が追いつく。
「おい、お嬢ちゃん達、その子をこっちに返してくれないかな」
粗野な振る舞いから、アデリン達の警戒が高まる。
アデリンは男達から目を離さないようにしながら、転んだ子供を抱き起こした。
着ているものはボロボロ。体は細くて、十分な栄養を得られていないのが一目瞭然な子供だった。
「あのおじさん達は、君の知り合いなのかしら?」
優しい声音で少年に聞く。
少年は涙をポロポロ流しながら、首を横に何度も振る。体が震えているのがわかる。
「あなた方の知り合いではなさそうよ。何かあったの? こちらで警備隊に連絡するわ」
「なんだと! 小娘が口を出すな! その子は俺らの連れなんだよ。早く渡せ!」
「こんなに怯えている子を渡す人はいないわ。警備隊にきてもらった上で話をつけましょうか」
「おい、黙って聞いていれば……痛い目にあうけどいいんだな」
下卑た笑いを漏らしながら、男達はアデリンに近づいてくる。アデリンはマギーに目配せをし、男の子に「あのお姉さんのところで待っていてね」と優しく伝えた。マギーがさっと近づいて男の子を優しく孤児院の子供たちの方に誘導したのを見届け、4人の男達に向き合う。
ミリーと「お嬢様、ここは私が」、「え、一人でやれるわよ」と軽口を叩いていたら、一人の男がアデリン達へ向かってきた。
ミリーが魔術を発動させ、男の足元の土を盛り上げ転ばす。アデリンが魔術で出した蔓が男を縛り上げる。
残ってた男達が一斉にアデリンとミリーに飛びかかってきた。今度はアデリンが魔術で男達を風で押さえ込み地面へ叩きつける。ミリーが魔法で出した縄が、3人をぐるぐる巻きにした。
ちょうどその時に、誰かが呼んできたのだろう、警備隊員が広場へ到着する。
アデリンの顔を知っていたのだろう、こちらを見た二人の警備隊員が慌てて礼をしてきた。
「お勤めご苦労様です。先ほど、男の子を追いかけていた男性たちは、あそこにいます」
縛り上げた男性たちを指差した。
地面に横たわり、蔓で縛り上げられた男性1人、縄でまとめてぐるぐる巻きにされている3人を見て、警備隊員たちは呆気にとられた様子だったが、アデリンに一礼すると詰所に連行して行った。
男の子は怖がって震えている。警備隊員たちと話して、男の子を一旦孤児院で預かってもらうことにする。
「マギーさん、ごめんなさい。迷惑をかけてしまったわ。残っているクッキーは私が家へお土産として買い取りたいのだけど」
「アディさん、大丈夫ですよ。もう帰る時間でしたし、クッキーも数袋残っているだけです。でも買ってくださるのであれば子供たちも喜びます。今から片付けをして、孤児院へ戻りましょう。あの男の子の様子が気になりますし」
二人で男の子を見ると、タシャやルーシーが周りを囲んで世話を焼いている様子がわかる。
──孤児院のみんなに任せておけばいいわね。
騒ぎが起きてから見かけなくなった赤毛を探す。広場が見渡せる屋根の上から騒ぎを見ていたのはわかっている。私たちが立ち去るまで様子を伺っているはず。
周りを見てくることをこっそりミリーに伝える。
──こちらを見ていた方向の路地に行ってみましょう。
そっと路地の方へ向かって歩く。ミリーも少し間をおいて続く。
アデリンは目の端に赤色を捉えた。
──屋根の上ね、今はこちらに興味があるみたいね。
広場周りの路地の地図を思い出しながら、歩き続ける。人通りがなくなったことを確認し、アデリンも屋根の上へ魔術で飛び乗った。
──いた!
いきなり目の前にアデリンが現れると思っていなかったようで、驚いた顔をしていた。赤色の短髪、赤色の瞳、小麦色の肌。整った顔立ちにすらりとした体躯だ。
先手を打って、アデリンから話しかける。
「こんにちは。男の子と一緒にいた方よね」
一瞬呆気にとられた顔をしていたが、にやりと笑った。
「お嬢様に見えたのに、あんた結構やるね」
──男たちを倒したことだろうか、それとも、赤毛の彼を追いかけたこと?
「あの男の子の知り合いなの? あの子は今、孤児院の方が預かっているんだけど……。どういう事情があったのか教えてもらえるかしら」
「ふ〜ん、俺に聞くの? 俺、悪いやつだと思わないの?」
「ええ、だって、あの男の子が転んだ時、咄嗟に助けに戻りかけたでしょう? 私たちが出てきて、あなたは隠れたけれど。それにあの子はあなたを怖がっていないわ。少なくともあの男の子に害がある人とは思えないの」
「そういう判断ね。ちなみに、あんた達はあの子をどうするの?」
「まだ話を聞いていないから、結論は出ていないけれど……。親御さんがいらっしゃればおうちに帰すし、帰るところがなければ孤児院で暫く過ごしてもらうことになるかしら」
「あの子は帰るところがないよ。親に売られたんだ」
赤色の瞳に怒りの感情が見える。
「情報伝えるよ。あの男たちは奴隷商人に引き渡そうとしていた闇ギルドの下っ端」
「あなたは?」
「俺は……」
「あなたはあの子を助けようとしたのではなくて?」
「まぁ、そんなもんかな」
片方の口の端をあげ、ニヤリと笑った。
「闇ギルドや奴隷商人のことをもっと教えてくれる?」
「なぜ?お嬢さんに教えても何もできないだろ」
「確かにそうね。でも、あの子を安全な場所に保護することはできる。そして、この地で違法な人身売買を見逃すことはできないわ」
「……お嬢さんがどうやって?」
「紹介が遅れたわね、私はアデリン・ソーラス。辺境伯家の長女なの。ある程度、動くことはできるわ」
赤毛の少年は、赤い瞳を瞬いていたがすぐにお腹を抱えて笑い出した。
「な、何?」
「あーすまん。あんたが噂のお転婆姫か。確かにただの貴族令嬢じゃないな。俺はビクターだ」
──私についてどんな噂が流れているのかしら……
「ビクター、話を戻すわよ。あの子は孤児院で預かって良いかしら。追手がきたりしない?」
「そうだな……奴隷商人に斡旋している闇ギルドはこの街のだ。騒動が耳に入れば孤児院も安全ではないかもな」
「どこに売られようとしていたの?」
「その奴隷商人はイブー国の人間だ。魔力をもつ子供達をカスラーン国で集めてるんだよ」
「イブー国が!!」
イブー国はここ、カスラーン国と魔の森を挟んでの隣国だ。ソーラス家には国境を守る責務がある。他国が関係してくるとなると、王都にも伝えなければいけない話だろう。
魔力をもつ子供達を集めているというのも引っかかる。
帰ったらすぐにお父様とお話しようと思った。
「そう……それならば、あの子が見つかったら危ないわね。辺境伯家で預かりましょう。あなたは? あなたの家はどこ? あなたは安全なの?」
「俺? 俺はふらふらしている旅人だ。たまたまこの街に滞在しているだけだ。あの子とは3ヶ月前に出会ったんだ。あの子は借金の片に親に売られたんだよ」
「どこに泊まっているの? 何かあった時に連絡を取りたいから、宿屋を教えて」
「ははっ。宿屋に泊まるなんて贅沢しねえよ。そこらへんで寝ている」
「そう……それなら、あなたも城に来ない? あの子もあなたがいた方が初めてのところでも安心できると思うの」
食い入るようにビクターが見つめてくる。
「え? 本気で言ってんの?」
「ええ、その代わり、持っている人身売買の情報をお父様へ話してくれるかしら?」
「……ふん、いいぞ。その代わり……お前も教えてくれよ。なんで、お転婆姫が竜の気配を持っているんだ?」
立ち寄ってくださってありがとうございます。
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