18. 洞窟の精霊
満月の今夜、ノアと断崖の洞窟へ薬草を探しにいくことにする。満月の夜は精霊の力が最も強いと言われている。洞窟にいる気まぐれな妖精について何もわからないけれど、まずは満月の夜に行ってみようということになった。
夜が更けてからこっそりと城を抜け出す。満月で明るい夜なので、人に見られないよう湖畔の森近くで集合した。
アデリンは、水竜の背に乗るため裾が広がっている青色の麻のワンピースを着て、その上にマントを被ってきた。
森の手前の大きな木で、ノアが待っていた。冴え冴えと輝く満月のせいか、琥珀の瞳も輝いている。
「ノア!」小さな声で呼びかける。
「抜け出す時、大丈夫だった?」
「うふふ、これでもお転婆姫よ。誰にも見つかっていないわ」
ノアはアデリンの手をとって歩き始める。
「もう少し森の奥で竜化するよ」
「なんだか、秘密の冒険みたいでどきどきするわね。洞窟の精霊ってどんなかしらね。薬草はあるかしら……」
不安と期待で黙っていられずアデリンは話し続ける。
ノアは繋いでいる手をぎゅっと握ってくれた。
森の中で竜化したノアに乗って、断崖の洞窟を目指す。下から見て想像していたよりも、かなり高いところにあるのがわかった。
ノアが洞窟の入口あたりの様子を見るように、羽ばたきながら中空に留まる。外から観察してみると、入り口には蔦や根がぎっしりと生え、まるで外部からの侵入を塞いでいるかのようだった。
(ノア、私が今から魔法を発動して、あの蔦を切るわね)
──あんまり蔦を切りすぎると精霊の怒りをかうかしら。
アデリンは風魔術を発動させ《風刃》で蔦を切り、人が入れるだけの隙間を作った。
(ノア、先に私が洞窟に行くわね)
水竜の背中から大きくジャンプして飛び降りると、風魔術で調整して蔦を切った場所から洞窟の中へ飛び込む。洞窟の奥から冷たい空気を感じる。持ってきた魔道具で灯をつけると、辺りを照らした。
すぐにノアも洞窟の中に入ってきた。辺りを見渡している。
「洞窟が奥につづいているね。行ってみよう」
ノアが手を差し出す。アデリンはノアの手をとり、灯と共に洞窟の奥に向かって一歩踏み出した。
奥はくねくねとした道が続き、上がったり下がったりして20分ほど歩くと明るい光が見えてきた。その明るい光に向かって歩き続けると、開けた場所にでた。広々とした空間になっていて、天井は高い。岩肌に囲まれていて、地面に植物が生えているようには見えなかった。
「ここに精霊がいるのかしら」
きょろきょろとあたりを眺めていると、青白い光の球がふらふらと現れた。
あれ? 魔術の光?
「ノアが光の球を発動させたの?」
「いや、俺は何もしていない」
鋭い視線を光の球に据えたまま、ノアは答えた。
「それでは……あれは……精霊? ……ウィルオウィスプ?」
青白い光を放ち浮遊する球体の精霊がいることは本で読んだことがある。
すると、その光の球体から声が聞こえてきた。
「僕のこと知ってるのぉ? 嬉しいなぁ。ここに人が来るのは、どれくらいぶりだろう。あれ、君は人じゃないね。違うかな、竜の匂いがするねぇ」
幼い男の子のような声、でも感情があまり感じられない無機質にも聞こえる声。
「私はノア・オルフェンです。先祖返りで水竜の姿になってここまで来ました」
ノアは光る球体に向かって一礼して自己紹介をした。
「アデリン・ソーラスです」
アデリンもカーテシーをして挨拶をする。
「僕はウィルだよ。ふぅ〜ん、先祖返りねぇ。光と闇の子たちか。だからここに入れたんだねぇ」
「属性が関係するのですか?」
思わずアデリンは声に出して質問してしまった。光の精霊は気を悪くした様子もなく、答えてくれる。
「僕、光の精霊だからねぇ。ここには光属性の子は入れるよ。闇の子はねぇ……光の子と絆があると入れるんだ」
「絆ですか?」
ノアが目を瞬かせて尋ねる。
「あ〜、うん。多分ね、闇の子が光の子と一緒にいると、闇堕ちしないからさ」
「「闇堕ち?」」
「そう、人間の醜悪な部分が行動の基本となっちゃうの。君はそこまで行っていないね〜」
ノアは考えるように目を瞑っていた。
「確かに、アデリンのおかげですね。彼女のおかげで絶望の淵から戻ることができました」
「色々あったんだねぇ。………………で、二人は何をしにここへ来たの?」
精霊の纏う雰囲気が一気に鋭くなる。
アデリンとノアの間にも緊張が走る。
ノアが口を開く。
「私の母が魔力欠乏症を発症しています。魔力欠乏症に対して有効な薬草を探しにやってまいりました」
「残念だねぇ。ここにはないよ」
「そうでしたか……セイショウソウとロウドクという薬草を探しています。ご存じでいらっしゃいますか? 魔力を体内に取り入れる薬を作ることができる薬草と聞いております」
ノアは一瞬目を伏せたが、もう一度精霊を見据えて尋ねた。
「そんな名前の薬草を聞いたことがあるかもなぁ。どちらにしても、ここにはないよ」
「それでは、こちらで育てていらっしゃる薬草の名前をお教え頂くことはできますでしょうか?」
「なぜ教えなくてはならないのかなぁ? お前たちが探している薬草がここにないことはわかったでしょ」
「少しでも母の病に有効な薬草がないか、どんな可能性でも試したいからです」
青白い光の球はふわふわと浮いたままだ。
アデリンは勇気を振り絞って声をかけた。
「ウィル様。貴方様がここで育てる薬草は決まっていないとも聞いております。育てる薬草はどうやってお決めになるのですか?」
青白い光の球がちかちかと瞬いた。何か考えているのだろうか。
「僕が決めるのではないよ。訪れた者に必要な薬草が勝手に生えてくるの。」
「必要な薬草……。それでは、私たちに必要な薬草もこれから生えてくるのですか?」
「いや、ここに訪れた時点で生えていなければないねぇ。」
「それでは……なぜ今回は……生えていないのでしょうか」
「お前たちが望んでいる薬草が、本当に必要なものではないからだねぇ」
「でも!! 私たちは心の底から探し求めています!」
悲痛な声がノアから漏れる。
「言い方を変えようかぁ。その薬草が必要な者が本当に必要としているのか、ということだね。」
「母が必要だと思っていない……母が治したいと思っていないということですか?」
ノアが唖然とした様子で呟く。
「そんなことは僕は知らないよ。ただ、君たちがここに来たのに、生えていないのであればそういうことだねぇ」
「そんな……」
ノアの顔色は真っ青だ。ノアの手を握り、もう一度アデリンは精霊に向き合う。
「ウィル様。私達はまたこちらにまいります。薬草が必要な者と話し合って、また薬草を探しにまいります。また訪ねにくることをお許しいただけますか?」
「えーまた来るの? 別にいいけど。ただ、その時、またここに入れるかはわからないよぉ。でも、光と闇の子たちが一緒なら面白そうだね。ねぇ、僕の時間を使ったんだよ。何か見返りが欲しいんだけど」
見返り?
「見返りとは……どう言ったものですか?」
ノアが瞳を瞬かせて問う。
「そうだね、今日は闇の子の話かなぁ」
揶揄うような口調で精霊は答えた。
「俺の話が見返りになりますか……? どんなことを話せばいいのでしょうか」
「あ、話さなくていいよぉ。勝手に覗くから」
ノアとアデリンが精霊の話が理解できずに固まっていると、ノアの顔近くに青白い光る球がふわふわと近づいた。そして、あっという間にノアの全身を青白い炎が包み込む。
呆気に取られたアデリンとノアは瞳を瞬いて見つめ合う。
そのうち、ノアを包んでいた炎が消えて青白い光る球はノアからふわふわ離れていった。
「なかなか面白かったよ。うん、十分な見返りになった」
満足そうな精霊の声が聞こえる。
「あ、よかったねぇ。何かがそこに生えてるよ」
我に返ったアデリンとノアが慌てて周りを見渡せば、いつの間にか現れた満開の紫色の花が目に飛び込んでくる。
「ラベンダー!!」
芳香がアデリンのところまで香ってきた。
「ラベンダーが私たちに必要な薬草なのですか?」
ノアが精霊に問いかける。
「う〜ん、女神の仕業だよ。多分、光と闇の子が来たからかな。ここは一応女神が統べる聖地だからさ。光と闇の子が一緒にきたのが、女神にはうれしかったんじゃないの?」
「女神様が私たちにくださったのですね。女神様ありがとうございます!」
どこにいらっしゃるかはわからなかったので、少し上を向いてお礼を伝える。
街の教会へもお礼に行こうと思った。
「ウィル様もありがとうございます。ラベンダーを頂いたてもいいですか?」
「いいよぉ。君達のものだから。根から全部持っていっていいよ」
「いいんですか? ありがとうございます。城に植えてもいいでしょうか」
「うん、好きにしたらいいんじゃない?」
魔法でラベンダーの根を傷めないように土ごと掘って持ち帰らせてもらうことにした。
「ウィル様、また参ります。今日はありがとうございました」
ノアと挨拶をする。
「闇の子、君の話は興味深いね。もし、ここに来ることがあればまた聞かせてねぇ。」
その言葉を最後に、青白く光る球は消えた。
魔法で灯りを発動させ、真っ暗な道を二人で戻る。
ノアがラベンダーの株を抱えて歩く。
「とってもいい香りね。明日、城の庭に植えましょう。女神様にお礼を伝えに町の教会へも行かなくてはね」
「うん……結局、母様の病を治す薬草はなかった。母様は治したくないってことなのか? なんでだよ……」
ノアは眉間に皺を寄せてくるしげに言葉を出す。
「何か理由があるのかもしれないわ。オリビア様とゆっくりお話してみてね」
「うん……そうだな……」
「ウィル様がノアに近づいた時、ノアの体が青白い光に包まれたようだったわ。何があったの?」
「わからないんだ。ただ、自分が青白く光ったことしか。俺の記憶を読んだのか……興味を持ってもらえた俺の話が何かもわからないんだ……」
「そうなのね……」
「……俺一人じゃここには入れなかったんだな。アディが一緒じゃないと……アディがいたから女神様もラベンダーをくださったし。俺、結構不安だったんだ。洞窟の話だって言い伝えだから、駄目で元々のはずなのに、期待してしまう自分もいて。アディ、一緒にきてくれてありがとう」
ノアがひっそりとアデリンに微笑んだ。
「ノアがいなかったらここまで来れなかったわ。女神さまは何かお考えがあって、私たち二人にこのラベンダーを下さったのよ。きっとこのラベンダーもオリビア様に何かいい作用があるはずよ。明日、早速サシェを作るわね。他にも何かできないかしら。クッキーに入れるのもいいかも」
女神様からいただいたラベンダー、大事に使わせてもらおう。
きっとオリビア様に何か効果あるはずだわ。
考えながら歩いていたら、いつの間にか洞窟の入り口にたどり着いていた。蔦を通り抜けて外へ出る。すでに山の稜線がうっすらと明るくなっている。
夜が開けるわ、早く帰らなきゃ!
アデリンが周りに気を取られている間にノアが竜化して、宙で羽ばたきながら待っていた。口にはラベンダーの株を器用に咥えている。
すぐに魔力を繋げて、水竜の背に飛び乗った。
城に着くと、まずはラベンダーの株を庭にあった鉢に仮置きして、お水をたっぷりあげてから二人は慌ててそれぞれの部屋に戻った。
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