17. フローライト
フローライトの淡い光が溢れる中でアデリンはノアの手を繋ぎながら、ソーラス家に来るまでの経緯を聞いた。
ノアとオリビアのオルファー家での生活はなんて孤独だったのだろう。言葉が出ない。
翠色の瞳に涙を浮かべたアデリンの頬をノアの手が包む。
「アデリンが泣くことはないよ。アデリンが俺の先祖返りのことを受け入れてくれるなら、もう何も望むことはないよ」
頬に置かれたノアの手の上に、アデリンの手を重ねる。
「話してくれてありがとう。ノアはもう一人で抱え込まないで。ずっと私はノアの味方だから、絶対に忘れないで」
ノアが優しく蕩けるように微笑む。
「お転婆姫には驚かされることばかりだよ。塔の上から飛ぶなんて無茶しすぎだよ」
空気を変えるかのように戯けた口調でノアが話してきた。
「心臓が止まるかと思った。もうやらないでね」
熱を帯びたような琥珀の瞳が覗き込んでくる。
「魔術を発動して落下速度を調整してたから大丈夫だったのよ。それに、絶対にノアが受け止めてくれるって信じていたもの。ノアこそ、よく私の同調に応えてくれたね。受け止めてくれて、ありがとうね」
「うん。俺は絶対にアディを見失わないって言っただろ。 でも、危ないことはしないで欲しい」
ノアがアディの手をぎゅっと握りしめながら囁く。
最近のノアは、心がきゅっとすることをたくさん言うから、その度に動悸が激しくなって顔が赤くなるのがわかる。
動揺を誤魔化すように、話題を変えた。
「そういえば、ノア、どこに行こうとしていたの? もしかして洞窟に一人で取りに行くつもりだった? 私もいくよ。だめって言われても勝手についていくよ。だから二人で行こうね」
「水竜でなら、あの洞窟に行けると思ったんだ……。水竜の姿をアディに知られるのが怖かったんだ。……ごめんね」
「私も怒ってごめんね」
二人でふふふと顔を合わせて笑う。
不意にノアが真面目な顔をして尋ねる。
「本当に巻き込んでいいのか? 一緒に探してくれるのか?」
「だめって言われたら、勝手についていくつもりだったもの。だから、言って。一緒に探そうって」
「勝手に行かれると心配だな」
ハハっと、笑ったノアは静かに囁いた。
「ありがとう。一緒に探しに行ってくれる?」
アデリンは満足そうに顔を綻ばせて頷いた。
「そろそろ雨も止んだみたいだ。戻ろうか」
もう一度、魔法で光の球を発動させる。
「ねぇ、ノア。フローライトっていろんな色があるのね。見て、この色はノアの瞳の色だわ。持ってかえろうっと」
ノアの色を見つけて嬉しくなった私は、1つ手にとった。
ノアの瞳が瞬いていたが、ゆっくりと口元をあげて微笑んだ。
「それなら、俺はアディの色を持って帰るね。お互いの色をもつなんて、嬉しいな」
お互いの色!! 恋人同士の交換みたい!!
深く考えずにノアの色を持って帰ると言ってしまい、こんな恥ずかしいことになるなんてとアデリンはドキドキする胸をそっと抑えた。
洞穴の外に出るとすっかり雨はやんでいた。星は雲に隠れてしまっていたが、野原一面に蛍が飛んでいて幻想的な風景が広がっている。
「蛍だわ!」
「蛍?初めて見たよ」
「うふふ。またノアの初めてを一緒にできたわ。どう? ノア。蛍の光は綺麗でしょう?」
「うん、綺麗だ。でも、今日、町へ行った時のアディはもっと綺麗だった。綺麗すぎて声が出なくて、すぐに伝えられなかった。伝えるのが遅くなってごめんね」
まさかの返し!!
「……ありがとう」
恥ずかしくなって、俯いてお礼を言うことしかできなかった。
水竜が持つ、本能に忠実な感情的な部分が、人の時も現れるようになったと言っていたけれど……。
最近、ノアの言動にアデリンは翻弄されてばっかりだ。一緒にいると恥ずかしくて顔が赤くなったり、胸がぎゅっとすることが増えた。
俯いたままそんなことを考えていると、頭上から何かが頬擦りをしてきた。
見上げると、水竜の凛々しい顔が近くにある。
「ノア!いつの間に……」
乗ってと言うことかしら。
お互いの魔力を同調で繋げる。
(じゃあ、乗るわね。お願いね、ノア)
水竜の背中に乗り、安定する場所を見つけた。
(ノア、いつでもいいわよ)
水竜の翼が大きく広がり、ゆっくりと羽ばたくと同時にあっという間に高く飛び上がる。
やっぱり、ワイバーンとは全然安定感が違う!
アデリンを気遣ってか、ゆっくりと飛んでくれる。
(ノア、すっごく楽しい! 乗せてくれてありがとう! ノアと一緒に空を飛ベて嬉しいよ!!)
通力でノアも喜んでいる気持ちを持っていることが伝わってきて嬉しかった。
翌日の夕方、アデリンはノアを誘って図書室へ行く。お父様からもらった魔石をノアに渡すためだ。
大好きな場所、湖が見渡せる窓辺のウインドウチェアに座り、ノアにもらった魔石を見せる。
「ね、私たちの瞳の色の魔石なのよ。綺麗だね」
この前一緒に街で買った首紐と一緒に、ノアの瞳の色の魔石を渡す。ノアは魔石を受け取って、しげしげと眺めていた。
「これが俺の色か。アディの魔石は? 見せてよ」
翠色の魔石をノアに手渡す。
ノアは「本当だ、アディの色だ」と微笑み、アディににっこりと笑って提案する。
「魔石もお互いの色を持とうよ。俺はアディの色が欲しい」
フローライトもお互いの瞳の色を交換したわ。
魔石も交換?
びっくりしておろおろしていたら、ノアが俯いて悲しそうに「やっぱり嫌かな」と呟く。
そんな表情をされたら、駄目なんて言えないじゃない。
それに私も「交換」にちょっと憧れていたから嬉しいかも……
「いいよ」
頬が熱を持っていくのを感じる。
「じゃあさ、もう一つお願いしてもいい? お互いの魔石に術をかけて渡そうよ」
「術?」
「うん、術。簡単なのでいいからさ」
私の動揺を気にも留めずに、ノアから案がどんどん出てくる。
「わ、わかった。本当に簡単なものでもいいのね。複雑なのはまだ上手く込められないの」
えっと……すごい展開だわ。
どんな術にしようか、考え込む。
──これしかないわ。
翠色の魔石を両手で包み込むように持ち、目を閉じて魔力を込める。
(ノアの寂しさ、悲しみをやわらげて。ノアが幸せな気持ちになるように)
光魔術を発動させると魔力が魔石に入って淡く光った。
──よかった、ちゃんと術を込められたみたい。
「はい」と渡すと、「ありがとう」と満足げにノアは微笑んだ。
「ちゃんと術が入ったと思う……幸せな気分になれるように術を込めたよ」
「大事にするね。嬉しいよ」
蕩けるような琥珀色に、アデリンは胸の鼓動がさらに早くなる。
「じゃあ、俺も」とノアは琥珀色の魔石を両手に包み、術を入れた。ふわぁと淡い色が両手から漏れ出す。ノアは、一緒に買ったお揃いの首紐を手に取り、魔石を取り付けた。
立ち上がったノアは「つけてあげるよ」と片膝をついてアデリンに向かい合う。
首紐を正面から掛けようとノアの端正な顔が近づいてくる。動悸が痛いほど激しくなったアデリンは思わず目を伏せてしまう。
ノアは首紐をアデリンにかけた後、アデリンのうなじの髪の毛が紐に巻き込まれないように、そっと触って直してくれた。
アデリンの顔に熱が集まってくる。
「アディも俺につけてくれる?」
正面で片膝をついたままのノアがお願いしてきた。
顔を上げると、熱のこもった琥珀色の瞳が真っ直ぐにアデリンを見ている。
「……うん」
心臓がバクバクして、声が震えてしまう。
首紐に翠色の魔石を取り付け、ノアの首へ手を回した。手まで少し震えながら、ノアに首紐をかける。
「はい、できたよ」
ノアは満足そうな笑顔をして、自分の胸元に揺れる魔石をそっと撫でた。
「これでお互いの色を身につけたね。嬉しいな。アディ、絶対に肌身離さずつけていてね。絶対だよ」
「うん、もちろんだよ。ちょうど首紐の長さもドレスの中に隠せるくらいだし」
お揃いの首紐、お互いの瞳の色の魔石を身につけるのは、くすぐったいけれど嬉しいなと思ったアデリンだった。
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