16. ノア
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「お前の目、蛇みたいで気持ちが悪いんだよ」
どんと突き倒された。
尻餅をついて上を見上げると、真っ赤な顔をしてダドリーが見下ろしていた。
またか……。
突き倒された時に手から落ちてしまった一輪のダリアの花。庭師のジョンから母へとさっきもらったばかりの花だ。
ダドリーは花を何度も足で踏み潰す。
「妾の子の癖にいい気になるな」
いつも通りの捨て台詞を吐いて、ダドリーは荒っぽい足音を立てて戻っていく。理不尽なことをされるのはいつものこと。
ノアは何も感じないように、考えないようにするだけ。
他人の感情の嵐がじっと過ぎ去るのをただ待つ。
自分を守るために編み出した日常の過ごし方。
3ヶ月しか誕生月が違わない、異母兄のダドリーが去ったのを確認すると、起き上がって洋服の汚れを魔術で綺麗にした。駄目になってしまった花はもう捨てておくことにした。
ノアと母のオリビアはオルフェー侯爵領の屋敷の横にある別館で暮らしている。別館とは名ばかりで、小さな建物だ。
扉を開ける前に一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。
母に心配をかける訳にはいかない。
「ただいま」
いつも通りの声が出せた。
母の姿が見えなかったので、寝室を覗く。
母がベットの上で優しく微笑んで迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「お母様、具合はどう?」
「お昼をいただいた後、少し疲れて眠ってしまったの。今は大丈夫よ」
たおやかに微笑む顔は青白い。本当はベットから起き上がることができないほど辛いのだと想像がついた。
ノアはベット脇に置いてある小さな椅子を引き寄せ、腰掛ける。日課となっている1日の報告を始める。
「授業の後に庭師のジョンにあったんだよ。ダリアの花が綺麗に咲いているから、お母様にも見てほしいって言っていたよ。今度、体調が良い時にお散歩に行こう」
ダドリーから鬱憤の捌け口にされていることは決して母に気取られてはいけない。
ノアは母に知られたくないことは全て心の奥に閉じ込める。
──母様は俺のことは何も心配しなくていい。
ノアにはオルフェー侯爵家の次男だ。正妻のジャニス、息子ダドリーと娘クレアがいる。
父のマーシャル・オルフェー侯爵は、祖父の命令でジャニスと政略結婚をするが、学生時代からの恋心を捨てきれず、王宮魔術師だった同級生の母を攫うように領地へ連れてきたと使用人の噂でノアは聞いていた。。母は裕福ではない子爵家の長女。流行病で領地経営が傾いた実家の経済支援を人質に取られたようなものだとも。
ノアを産んだ後しばらくしてから、オリビアは魔力欠乏症を発症した。魔力欠乏症は体内の魔力が減り、体調が悪くなって意識が保ちにくくなり衰弱し、やがて死にいたる病だ。現在、完全な治癒法はない。
元々の魔力量が豊富なこともあり、オリビアは発症したことをずっと周囲に隠していた。正妻ジャニスの陰湿ないじめから身を守るためもあったからかもしれない。
──俺のせいで母様は屋敷を追い出されたんだ。
ノアはずっと自分のせいでオリビアが冷遇されていると自分を責めてきた。
オルフェー家を遡ると、旧イングルス帝国の王族の血筋になる。イングルス帝国の始祖王は水竜と言われていて、稀に先祖返りで水竜に変化できる子供が生まれる。特徴は黒い髪、琥珀の目、そして闇の属性と強い魔力。
ノアはが生まれてすぐに、マーシャルはノアの髪、目の色、そして闇の属性を確認して……オリビア達から遠ざかった。オリビアは別館に追いやられ、それから母子二人の別館での生活がはじまった。
家庭教師による学びや子息教育はダドニーと同じ機会をもらえたが、それ以外でオリビアとノアが本館にいる正妻や異母兄妹と接することはほとんどない。マーシャルも家族から逃げるように、一年のほとんどを王都で暮らしている。
夏は社交界シーズンで正妻達が王都に滞在していて平穏だが、戻ってくるとノアに対して異母兄弟からの陰湿な嫌がらせが増えた。
ノアは闇の属性のせいか、先祖返りの血のせいか、幼い頃から魔力量が大人を超えるほどあった。そのためか、情緒が不安定になると水竜に変化しやすかった。そういう意味では別館に閉じ込められた生活は、ノアにとっては幸運だったと言える。
優秀な元王宮魔術師であるオリビアの元で、竜化をコントロールする訓練を続けてきた。魔力の加減ができるようになり、感情に流されて闇雲に竜化することはなくなったが、瞳だけは感情で変化をしてしまうことがある。ノアは瞳を隠すため、前髪を伸ばし始めた。
オリビアの病が悪化してどうにも隠せなくなり、ノアは父に頭を下げて助けを求めたが、領内の田舎の薬師がたまに顔を出す程度でオリビアの病状は一向に良くならなかった。
学生時代の親友、ソーラス辺境伯夫人レイラとの手紙のやりとりだけがオリビアには楽しみだった。レイラから来た手紙を大切にしまい、幸せそうに何度も手紙を読み返している姿をノアは知っている。
ノアはオリビアから、学生時代の母の話、辺境伯令嬢のレイラと王弟アイザックの話をたくさん聞いた。同級生である父、マーシャルの話も聞いたが、母の話の中の父は、ノアが知っている父とは別人のように生き生きとしている。
ある日、マーシャルが王都から突然知らせもなく領地へ戻ってきた。苦い顔をしたマーシャルと、短髪の精悍な顔立ちの偉丈夫、見目麗しい女性がノア達を屋敷のサロンで待ち構えていた。
オリビアは二人の姿を見た瞬間立ちすくみ、眦には涙を浮かべている。
偉丈夫が口を開いた。
「久しいな、オリビア」
「会いたかったわ、オリビア」
見目麗しい女性も潤んだ瞳でオリビアを見ている。
「ノア君だね、アイザック・ソーラスだ。こちらは妻のレイラだ」
名前を聞いて、すぐにノアはオリビアの大事な友人だとわかる。
「ノア・オルフェーです。母からいつもお二人のお名前を聞いておりました。お会いできて光栄です」
「オリビアからのお手紙で私達もあなたのことを聞いていましたよ。こちらこそお会いできて嬉しいわ」
「レイラ、アイザック……どうして……」
オリビアは驚きのあまり言葉が出ない。
「オリビア、驚かせてごめんなさいね」
レイラがオリビアをソファへ座らせ、手を握りながら話を続けた。
「あなたの体調が心配でアイザックと飛んできちゃったの」
オリビアはハラハラと涙を流している。
今まで一言も言葉を発しなかったマーシャルが、ようやく口を開いた。
「ソーラス辺境伯領で静養しないかと申し出があった」
「ソーラス辺境伯領で?! ……でも……マーシャル様、よろしいのでしょうか?」
「……お前の好きなようにすれば良い」
マーシャルは苦しそうな声で低くつぶやいた。
いいのか? ここを母様は出られるのか?
「……アイザック、レイラ、ありがとう。申し出は嬉しいわ。でもどうして?」
「ソーラス家の人間が持っている、光属性での治癒魔術が君の病に有効だと薬師から聞いたんだ。マーシャルにもその話をして今回君を迎えにきたんだ。ただ……治癒魔法で完治はできない。体の不調の苦しみや痛みを取り除いてあげられるだけだ」
「嬉しいお話だけれど……あなた達に負担をかけることを考えると申し訳ないわ」
「オリビア、私たちは負担だなんて思っていなくてよ。それに、あなただってノア君の成長を見ていたいでしょう。穏やかな日々の中でノア君を見守って育ててほしいと、友人としても同じ母の立場からも思うわ」
「レイラ……そうね、ノアの成長はみたいわ。ノアも連れて行っていいのかしら」
「もちろんそのつもりだ。マーシャルにも了解を得ている」
ソーラス辺境伯がマーシャルに視線を送りながら行った。
──ここから俺も出れる!
「ノア君もソーラス領に一緒にきてもらって良いかな?」
慈悲深い輝きの翠色の瞳がノアを安堵させた。
母が一番信頼している人達だと知っている。
その人達がここまで迎えにきてくれた。それだけで答えはとっくに出ている。
「はい、お世話になります。どうぞ、ノアとお呼びください。母のこと、よろしくお願いいたします」
心を込めてノアは一礼をした。
ようやく、母とこの憎い家から出ていける。
どんなに足掻いてもここから逃げられないと絶望していたノアは、ただただ嬉しかった。
翌日、マーシャルに言われたのだろう、正妻ジャニス、長男ダドリー、長女クレアに見送られた。マーシャルは憎々しげな視線を辺境伯へ送るも、辺境伯は意にも介さず飄々とした態度を取っている。
「お前がいなくなってせいせいする」
ダドリーがマーシャル達に聞こえないようにいってきた。
──そうだね、お互いにね。
心の中で返答した。
馬車では、辺境伯夫妻が並び、オリビアやノアと向かい合った。
ソーラス領地までは馬車で3日かかる。
「ワイバーンでならもっと早く到着できるんだが、オリビアの体調を考えて馬車で休憩を多めに取りながら行くよ。オリビア、辛くなったらいつでもいうんだよ」
今朝、レイラに治癒魔術をかけてもらったようで、いつもより血色の良い母が嬉しそうに微笑んだ。
「本当に何から何までありがとう」
「時間はたっぷりある、馬車でこれからのことを話そう。君たちの今までのことも教えてくれ。私たちには娘と息子がいて、娘はノアと同い年だよ。あと、魔獣対策が必要な領地なんだ。ノア君、よかったら騎士団と一緒に魔術や武術の鍛錬をしないかい?」
ありがたい話だ。
母の治療だけでなく、俺のことも考えてくれている。
ただ、ソーラス家の子供達には全く興味が湧かなかった。どうせダドリーやクレアと同じだろう、と。
ソーラス家に到着後、自由に動いていいと言われたノアは城の横の湖まで散歩した。
すでに辺境伯夫妻には、ノアの先祖返りの話がオリビアから伝わっている。ずっと相談をしていたのだ。まだ魔力コントロールが完全ではないため、情緒が乱れると竜化することも承知してくれていた。
「水竜になって動き回りたい時は、夜、湖にいくといいよ」
気持ち悪いとか怖いとか……そんな感情は全くなく、アイザックの声音はただ優しかった。
「俺が気味悪くないんですか?」
「え? なんで?」
なんで?と反対に聞かれるとは思っていなかったので、ノアは少し狼狽えてる。
「だって……水竜なんて……それに人が水竜に変化するなんて気味が悪いじゃないですか」
「う〜ん、そうかなぁ……少なくともソーラス家の人間で、気味が悪いと思うものはいないよ。そのうちわかるよ」
アイザックはレイラと目を合わせ笑っていた。
ノアは湖近くの木陰でアイザックとの会話を思い出す。
水竜である自分を受け入れてくれた。
話題が出た時はどう反応されるか怖くて、思わず体を強張らせてしまった。
いくら母が先に相談していたとはいえ、あっさりと先祖帰りを受け入れた上に、嫌悪感がないなんて……
湖の方が騒がしくなった。視線を向けた先に、一人の美しい少女が笑いながら湖から上がってくるのが見えた。銀糸の濡れた髪が日差しを浴びて、まるで水面のようにキラキラと輝いている。
魔術で自分の髪と服を乾かした後、タオルを羽織った少女がノアに気づく……花が咲いたようにノアに微笑んだ。
少女の微笑みを見てノアの身体に雷に打たれて痺れたような衝撃が走る。初めても感覚に驚き、慌てて踵を返して城へ戻った。
ソーラス家の子供だろうか。
遠目からでもわかる、見目美しい少女だった。
やっぱりあの子だ。
アデリンと名乗った。陶器のように滑らかな白い肌、大きな翠色の瞳、少し勝気にも見える切長のまなじり。そして、流れるように輝く銀色の髪。着ているのはシンプルなドレスなのに、とても華やかに見える。
華奢でか弱そうな貴族令嬢然としているのに、アイザックとその少女の間に出てくる話題があまりにも予想外で、ノアは唖然とした。横でオリビアも目を丸くしている。
ワイバーンに乗る?
魔の森へ薬草を取りに行く?
ノアも一緒に、とアイザックから言われたが、ノアは唖然としてただ頷くしかできなかった。
異母妹とは違う。
少しアデリンに興味が湧いた。
その後、アデリンが図書室へ案内をしてくれた。ソーラス家の蔵書の量に驚く。聞けば、魔法学や薬草学の本から、市井でも読まれる小説まで多様な種類を取り揃えているようだ。
オルフェー家では領主がほぼ王都にいて領地には不在。正妻も異母兄妹も余り本に興味がなかったから、蔵書数はたいしてなかったし新しくも増えなかった。
たくさんの本に嬉しくなって、棚に並んでいる蔵書の背表紙を目で追ってしまう。
思わず夢中になって眺めていたら、顔に視線を感じてアデリンの存在を思い出した。
どうせ目のことを言われるんだろうな。
気持ちが悪いとダドリーに言われ続けていた目だ。
アデリンに顔を向けた。
「なに?」
こちらを見ている瞳は輝いていて、そこに嫌悪の色がなくて拍子抜けする。
頬を赤く染めた少女は慌てたように、自分の好きな物語のことを語り出した。
冒険譚や異国の本が好きだなんて…本当に見た目とは違う令嬢だな。
旧イングルス帝国の話が好きと聞いて、思わずノアは聞きかえした。
「竜が出てくるお話が多いから……」
アデリンの返答に思わず息を呑む。
──は?
聞き間違いかと思った。
「水竜は世界で一番格好良くて、素敵な生き物だと思いませんか? 一番大好きな竜のお話は『水竜と翠色の少女』という物語なんです」
水龍と翡翠の少女の話が好きだなんて……
その話はイングルス帝国の始祖王の話だ。母から先祖が描かれた話があると聞いたことはあったが、ちゃんと話を聞いたことも本で読んだこともない。自分の先祖返りに誇りも持っていないのに、聞いても意味がないと敢えて避けていた。
水竜が一番格好良い?
まるで自分への想いを告げられているような気もして、居心地が悪くなる。彼女が絶賛する水竜の姿がどのように描かれているのか知りたくて、彼女の手元の本を覗き込んだ。
うーん、似てるようで似てない気がする。
俺も自分の竜化した姿は、水面に写った姿しかみたことはないけれど……
なんてぼんやりと思って挿絵を見ていると、耳元でアデリンが呟いた。
「ノア様がお持ちの色は、水竜と同じですね」
思わず後退り距離を取ってしまう。体が強張る。
知っているのか? アイザック達は子供たちには伝えないと言っていたのに。
「ノア様の琥珀色の瞳も漆黒の髪色も水竜の色です! 素敵です。羨ましいです!! なんて綺麗な瞳なんでしょう……」
アデリンはノアの様子を気にすることなく、輝いた瞳でノアを覗き込む。
ノアは驚いて喉が塞がったように声が出ない。
そんなノアの様子をどう受け取ったのか、アデリンが謝ってきた。そして顔を真っ赤にして両手を頬に当てて下を向いている。愛くるしい様子にノアは一瞬胸が高鳴った。
俺の目が素敵なんて、羨ましいなんて。
散々虐げられてきた理由の目なのに。
「変なやつ」
声に出してしまった。
一気に青ざめたアデリンをみて、自分の言葉が違う意味の取り方をされたのだと気づく。
慌てて言い訳をして謝ったノアを見て、またふにゃりと笑ったアデリンは、もう一度ノアの目を綺麗だと言った。そして窓辺に連れて行き、ノアの瞳の色に染まった夕陽に輝く景色を教えてくれる。
そこには琥珀色に染まる湖と山脈の神秘的な光景が広がっていた。
俺の目はこんなに素敵な色なんだ。
心臓の動悸が早いのはきっと目を褒められたからだ、と自分に言い聞かせながらも、ノアの口元が緩んだ。
水竜が好きという言葉に気を許したわけではないけれど、アデリンへの警戒心が徐々に薄れていったのはノアは自覚していた。
アデリンやオスカーと湖へ遊びに行った時、水中で銀糸の髪がヴェールのようにたなびき、女神のような美しいアデリンを見て心が奪われた。輝く翠色の瞳と目があった瞬間、彼女こそ俺のつがいだ、と唐突に理解した。
その途端、今まで感じたことがない感情の波に呑まれ息苦しくなる。
アデリンしか見えない。
アデリンに触れたい。
アデリンだけがほしい。
自分の禍々しくもさえある感情を受け入れたら、抑制していた水竜の攻撃的な性質がノアの心を覆っていくのを感じた。
今まで押し殺してきた感情が胸に溢れるようになった。
忌々しかった琥珀色の瞳も隠す必要性を感じなくなった。
人の性質と水竜の性質が融合した感じがする。
そして、アデリンへの想いに気づいてしまうと、もう気持ちを見ないふりすることはできなかった。
母様の体調不良で不安になったノアは夜中に魔力をコントロールできずに竜化してしまう。その姿をアデリンに見られてしまっていた。
無茶な浄化をして倒れたアデリンを見つけた時は、肝が冷えた。オリビアの倒れた姿と重なる。
理由をアデリンに尋ねると、水竜を見たから浄化をしたという。
母は俺を産んで魔力欠乏症になった
アデリンは水竜のために無茶な浄化をして倒れた。
俺は大事な人を傷つけてばかりだ。
アデリンが目覚めた後、アイザックの執務室に呼ばれた時、つい感情を吐露してしまう。
「俺が水竜になったせいで……俺を産んだせいで……アディも母様も倒れたんです。誰かを助けることができない闇の力なんていらなかったのに。先祖返りなんてしたくなかったのに」
「う〜ん、少なくともアディが倒れたのは自分の魔力量の見極めが足りなかっただけだから、ノアのせいじゃないよ。ノアが来る前から、水竜のために至る所をせっせと浄化していたからね。
オリビアの病との関係はわからないけれど、オリビアはノアを産んだことを後悔していないはずだぞ。むしろ、生きる希望になっている。ノアがいたから、あの家で心を失わずに暮らせたんじゃないか。
ノアが自分のせいだって言ったらオリビアが悲しむぞ」
アイザックは少年みたいな顔をして笑う。
「気にしすぎだぞ」
さっぱりとした口調で言われたからこそ、胸に染みる。取るに足らない問題のようにいうから、救われた気分になる。
「アディに姿を見られてしまいました。俺だとは気づいていないはずですが……」
「アディには伝えるのか?」
「…………」
「まあどちらでもいいが、間違いなくアディは喜ぶと思うぞ」
アディに伝えるのは怖い。嫌われたくない。
俺はアディの好きな物語の水竜ではないんだ。どう思われるのか不安でしかない。
アイザックが真顔になって言う。
「これだけは覚えていておいてくれ。闇は誰も助けられないものではない。使い手次第だ。自然界に光と闇が一対としてあるように、魔法も光と闇は一対だ。闇の使い手であることを誇りに思って、君のその真っ直ぐな気質のままでいてほしい」
目頭が熱くなる。
どうして、アディを初めソーラス家の人たちは水竜も闇も毛嫌いしないんだろう。
いつか、この感謝の気持ちを恩返ししたい。
「はい、精進します」
アイザックの目を見てノアは誓い、一礼をした。
ソーラス家でアディと過ごしていく時間が増えていく度に、ノアは心が満たされていくのを感じた。楽に息ができるようになった気がする。
アディの、揶揄うと見せてくれる膨れっ面も、ふにゃりと笑う笑顔も、毅然とした美しさもたまらなく愛おしく、想いすぎて心が苦しかった。
町でアディを怒らせた時は、もう嫌われたとノアは絶望した。
それなのに、水竜がノアだと見破るとか、ノアを信頼して塔から水竜の背に飛び乗るとか、水竜って知ってもあっさり受け入れるとか・・・期待もしていなかったことばかりおきる。
嬉しくて、ますますアディを想い胸が締め付けられる。
『私はノアを絶対に一人にはしない』
彼女のそのたった一言が、ノアの憂いや絶望をいとも簡単に消し去る。圧倒的な安心感に襲われて涙が溢れた。その顔を見せたくなくて膝の間に顔を埋める。
気持ちが落ち着くと、今度はノアの背中の乗り心地を嬉しそうに熱く語ったアディを思い出し、笑いが込み上げてしまう。ノアの竜化を簡単に受け入れすぎだろう。先祖返りをずっと悩んでいたことが馬鹿らしくなってしまう。
アディは何も俺に聞かない。
でも、全て受け入れた上で全幅の信頼を寄せてくれている。
俺はアディが好きだ。
彼女しかいない。
他の人には渡さない。
俺がアディの横に立てるようにならなくては。
君が隣で笑っていてくれるために俺がなすべきことを考える。
アディ、俺のこと好きになって。
拙著を読んでくださってありがとうございます。




