14. 薬草店
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翌日の午後、アデリンとノアは護衛を連れて町へ出かけた。
久しぶりの町に、アデリンは朝から心が弾んでいる。
「今日はさらに可愛くおめかししましょう」
ミリーが張り切って腕を奮ってくれた。
アデリンは淡い紫色のワンピースに編み上げのブーツを履き、髪の毛を編みおろしている。
「お姉様が可愛すぎるので心配です!」
「どうかしら」とアデリンがくるっと回って見せると、見送りに来たオスカーがシスコンを拗らせている。
オスカーは、ノアに「しっかりお姉様を守ってくださいよ」と何度も念を押していた。
「私、自分で自分の身を守れるくらいには鍛錬しているわよ」
「いいえ、だめですよ、お嬢様。こんな可愛らしいお姿ですし、お嬢様は興味があると一人で突っ走ってしまうのでくれぐれも自重なさってくださいね」
ミリーも護衛騎士二人に「しっかりと見失わないようにお護りくださいね」と念を押している。
「アディ、なんか今まで何かしたのか? すごく心配されているけど」
いつの間にか、アデリンの横にきたノアはミリー達の様子を見て戸惑ったように尋ねた。
「う〜ん、心当たりがあるようなないような……」
迷子を見つけたら一緒に探し回り、喧嘩があれば仲裁しに入ろうとし、スリを見つけたら追いかけてしまう……護衛泣かせだと、ミリーから諌められてはいた。
目が泳いだアデリンを見て苦笑していたが、ノアはふと真剣な表情になって囁いた。
「絶対に俺はアディを見失わないから」
アデリンは、はにかんだような笑顔を返した。
城からは馬車で町の駐停車場まで行き、そこからはぶらぶらと歩くことにする。
「ノアは今まで領地の町でどんなことしていたの?」
「あー……通り過ぎるだけかな。歩き回ったことがないんだ」
「じゃあ今日が初めての町歩きだね!今日も楽しい日にしましょうね」
ノアの“初めて”を、全部楽しいものにしたいと意気込んでいるアデリンは朗らかな笑顔を浮かべた。
「ノア、どこか覗きたいお店はある? 薬草を取り扱っているお店はもう少し先なの」
「薬草以外……特にないかな。アディが好きなところでいいよ」
「わかったわ。まずは、薬草店を目指しながら歩きましょうか」
町の中央に向かうにつれて、人が増えてくる。人混みを避けながら、キョロキョロと視線を左右のお店に彷徨わせているアデリンがおぼつかない足取りになっているのに気がついたノアは、笑いながらアデリンの手を取った。
「はぐれないように、ね」
最近のノアは私に甘くて、いちいち胸が痛い。
早くなった鼓動をノアに聞かれませんように……とノアから目を背ける。
赤くなったアデリンを見て、愉快そうにノアが喉を鳴らして笑っていた。
アデリンが通りのアクセサリーの店をじっと見つめていることに気づいたノアが、ちょっと覗こうかと手を引いて店の中へ誘導する。
「ノア、いいの?」
「いいよ。気になったんだろ?」
「うん、ありがとう。実はね、お父様からこの前の魔獣討伐のご褒美に、魔石を私とノアにくれたの。
ノアの分も私の部屋にあるから、帰ったら渡すわね。その魔石をね、首から下げられるようにしたいなと思って」
お店の女性が、魔石をペンダントにするなら、とヘンプで編んだ魔石を入れる網付きの首紐を出してくれた。
「素敵だわ」
何色の魔石ですか?と聞かれたので、「青みがかった緑色、赤みがかった黄色」と伝える。
「お二人の目の色ですね。恋人同士、お互いに交換するんですか?」
アデリンとノアは最初は目を瞬いていたが、女性の言葉を理解すると顔が真っ赤に染まる。
恋人同士って!!! 確かに手を繋いでいるわ。そう見えるなんて……
でも、交換って素敵かも……
ノアが端正な顔を嬉しそうに綻ばせて「そうしようか」とアデリンへ囁いたものだから、アデリンは顔を上げられなくなってしまった。
動悸がおさまらぬまま、アデリンは2つの石の色に合う、藍色の紐を2本買ってお店を後にした。
「ここよ!」
薬草店の扉を開けると、薬草独特の苦いような青いような匂いに包まれる。
私、この匂い好きだな。なんだか落ち着くな。
奥から「あれ〜? お嬢ちゃん? 久しぶりだね〜」と間延びした口調が聞こえる。
店主のジルが顔を出した。歳は20代後半だろうか、精悍な顔つきで剣士のような体つきをしているのに、喋り方がふわふわしているので見た目との違いに大抵の人が驚く。
本人は、薬草を魔の森に取りに行くこともあるから剣士のような体になった、とは言うも、実は隠している裏の仕事があるのではないかとアデリンは思っていた。
「ごきげんよう、ジルさん」
「あれ、初めて会う子だね」
「こちらはノアよ。ノア、こちらが店主のジルさん。薬草について知らないことがないくらい物知りなのよ。城内の薬師たちとも交流が深いの」
「お!嬉しいなぁ、褒めてもらえて」
ニコニコしているジルに、護衛騎士が持っていた袋からいくつかの薬草を取り出して見せる。
「昨日、魔の森で採ってきた薬草があるの。良かったらお裾分けだけどどうぞ」
「わぁ、高山にしかない種類ばっかりだね。ありがとう。せっかくだから話を聞きたいし、お茶していってよ」
ノアを見ると、呆気にとられた顔をしていた。
どうやら、見た目と話し方が一致していなくて混乱しているようだ。
ジルに聞きたい話もあったので、勝手にお言葉に甘えることを決める。護衛の騎士達は店の外で待っていると言うので、ノアと二人でジルのお茶を頂く。
「ねぇ、ジルさん。あの薬草を採った時に、近くの岩山の断崖に洞窟があったの。そこには気まぐれな精霊がいて希少な薬草がある、という話を聞いたのだけれど、何か詳しいことを知っているかしら?」
魔獣討伐後に魔の森でピクニックをした話をさんざん令嬢らしくないと笑われた後に、本題を聞いてみる。
「あ〜、あそこだな。そうだなぁ、気まぐれな妖精がいるという話は俺も聞いたことはあるよ。でも、どんな薬草があるかはわからないんだ。そもそも、あの洞窟に入ることすらできないという話だよ。ワイバーンで近づこうとした猛者がいたらしいが、ワイバーンが嫌がってそばにも寄れなかったとか、崖の上からロープで下がっても、精霊が洞窟の入口を隠してしまうから見つけられないとか……。希少な薬草があるという話も、言い伝えの話で定かではないんだよなぁ。言い伝えでは、運よく精霊に認められて洞窟に入れても、求める薬草が生えているとは限らない。全ては精霊の気まぐれ次第って話だったなぁ」
「それじゃあ、あの洞窟に入ったことがある人は最近はいないってこと?」
「まぁ、そう言うことだろうな」
なんだか拍子抜けしてしまった。
唇を噛み締めているノアをみて、ジルが尋ねる。
「ノア君は何か探している薬草があるの?」
「……実は母が魔力欠乏症に罹っていて、そんなに希少な薬草ならば病に効くかもしれないと思ったんです」
「あ〜なるほどな……魔力欠乏症か。お母様、大変だねぇ。う〜ん……どうしようかなぁ……」
ブツブツと言い始めたジルに「もったいぶらないで知っていることはなんでも教えてください!!」とアデリンが詰め寄った。
「いや〜、あのね、文献で読んだだけで真実かはわからないんだよ。その前提を理解した上で聞いてくれる?」
固唾を飲んで、ジルの言葉を待つ。
「確かね、魔力欠乏症って治癒方法がない病なんだよね。でも、空気中の魔素を体内に取り込む薬があるって聞いたんだよね」
「薬があるんですか?!」
ノアが掴みかからんばかりにジルに尋ねる。
薬がある!これでオリビア様も助かる!
ノアが辛い想いをせずに済むんだわ!
「ただ……その薬草は俺も見たことがないし、流通しているのを聞いたことがないんだ。文献だけでしか名前をみていないんだよねぇ」
心の中で芽吹いた希望がジルの言葉で一瞬で壊れた。
ノアが挑むような眼差しで、ジルを見据える。
「どんな薬草ですか?」
「セイショウソウってやつとロウドクってやつだ。文献からロウドクは何かの根だろうと。そして毒を持っている、とも。セイショウソウは姿形すらわからない。その二つを調合して薬にすると書いてあった」
「その文献はどこにあるのですか?」
「…………あ〜、そこ聞くよね…………」
言い淀むジルに再度アデリンが「教えてください!!」と詰め寄る。
「…………王宮図書館だったか王立学院の図書室だったか…………忘れた」
出てきた場所の名前に空いた口が塞がらない。2ヶ所とも一般の人は許可なく入ることはできない。王宮図書館は貴族であっても申請をして許可証が出ないと入れないと聞くし、王立学院も貴族子弟が通うところだ。
「…………ジルさんって一体何者なんですか?」
限られた人のみが入れる場所で文献が読める人が、なぜソーラス領の町で薬草を扱ってるんだろう。
「まぁそこらへんの落ちこぼれってことで」
ジルは片目をつぶりながら笑ってごまかした。
アデリンはすっかり冷めてしまったお茶を飲んで心を落ち着ける。
どうやってその文献を見つけよう。
学生になるのは来年の秋だし、王都にも行ったことがないわ、私。
「その文献には、調合する方法が書いてあるってことですか?薬草さえ見つかれば、その薬ができるってことですよね」
厳しい顔つきのノアがジルに質問をぶつけていく。
「いや〜それがね、調合する割合が詳しく書いていなかったんだ。その2種の薬草で作る、としか。どのくらいの量が必要なのかはわからないんだ」
「そうですか、個人の症状に合わせて調合する薬かもしれませんね……。薬草の煎じ方や使い方は文献でわかりますか?」
「どうだったかな……よく覚えていないんだ。ごめんな」
「その文献は誰が書いたものかわかりますか?」
「いや……それも、ごめん。でも、ノア君、覚えてる?俺、この話は真実かどうかわからないって言ったんだけど……」
「ええ、わかっています。でも今までのどんな情報よりも、可能性があるように俺には感じるんです」
「文献はともかく、まずはその薬草がどんなのかも、どこにあるのかもわからないんだよ」
考えに耽るノアを見て、ジルが焦り出す。
「ちょっとまず落ち着こうよ。何一つ確かなことがない話なんだよ」
物思いに沈んで静かになったノアを横目でみながら、アデリンは話を引き継いだ。
「ジルさん、セイショウソウとロウドクの情報を集めてほしいの。どんな噂でも構わないから。どうかお願いします」
「……ああ、わかった。お嬢ちゃんに頭を下げられたら、断れないじゃないか。悪かったな、中途半端な話で反対に二人を追い詰めてしまったな……」
「いえ、俺はジルさんにその話を教えてもらえて良かったです。ありがとうございました」
ノアの礼にジルは気まずそうに笑った。




