13. ピクニック
オリビアからここへくるまでの話を聞いてから、ノアに“初めて”のことを沢山して欲しいと、アデリンは思うようになった。
でも、迷惑かしら? 押し付けていないかしら?って不安だわ。
オリビアにはこっそりと相談をしている。
オリビアの体調が良い時にノア、オスカーとアデリンの4人で、お庭のガセボで庭園のお花を楽しみながらお茶をしたり、3人の泳ぎの練習にボートに乗って見に来てもらったりもした。
オリビアはずっとにこにこ楽しそうにしていて、ノアも柔らかな表情をしていた。
ノアは前髪を切ったお陰で、表情が良くわかるようになってきた。
アデリンはふとした時に目にする端正な顔立ちや綺麗な琥珀の瞳に一向に慣れずに、ノアの笑顔に心が平静でいられなくなることが増えた。
ついに、ワイバーンに乗って薬草を取りに行く日が来た。
アデリンは討伐用の生成色のワンピースに黒いマントの出立ちで、ミリーの手で髪の毛を可愛らしく編み込んでまとめたいる。
料理長が美味しいお昼をたくさん用意してくれたと、ミリーが料理が入った大きなカゴを大事そうに抱えていた。
ピクニック気分を味わってもらえるかしら。
今日もノアが楽しいってたくさん思ってくれるといいな。
私とコナー、ノアとハリー、そして竜騎士とミリーの組み合わせで3等のワイバーンに乗って行くことになった。
通力のため、ワイバーンの首元の艶やかな光沢の鱗を撫でるように触らせてもらい魔力を同調する。
ワイバーンと繋がれて、嬉しくて頬が緩みっぱなしだ。
ワイバーンに乗り込み、通力でゆっくり飛び立つよう指示する。他のワイバーンも無事飛び立ち、編隊飛行で飛んでいく。
魔術で風圧からの防御壁を作ると、周りを見渡す余裕が出てきた。
小さくなっていく城やグレン湖を眺める。グレン湖から流れる川や農地、町を空から見ると、ソーラス家領地の豊かさ、美しさが良くわかった。
目指すのは、アンスバッハ山脈の中の一つの高山だ。今回薬師から採取の依頼があった薬草は、冬の間は雪が積もっている場所でのみ自生する。雪が溶けないと採取できないので、初夏の今、ようやく採りに行けるのだ。
ミリーはしっかりと腕の中にお料理が入ったバスケットを抱え、目を白黒させながらワイバーンに乗っていた。後ろの竜騎士がしっかり支えているから大丈夫だろう。
ノアは楽しそうに笑っていた。ワイバーンに乗っていることを楽しんでいるのが伝わってくる。後ろの護衛騎士のハリーと笑いながら何か話していて、すっかり仲良くなったのかと嬉しかった。
ノアがこちらを向いた。
不意だったから、アデリンの鼓動が跳ねる。
『楽しいね』
魔術で声を届ける。
『ああ、気持ちがいいな』
ノアの声が返ってきた。口元が綻んでいるのがわかる。
嬉しい。ノアも楽しんでるんだ、よかった。
アデリンは弾けるような笑顔をノアに返した。
目的地が近づき、竜騎士が乗ったワイバーンが降下を始める。開けたところに降りるよう竜騎士から指示が来た。竜騎士のワイバーンに続いて、他の2頭も静かな着陸をした。
(ここまで連れてきてくれてありがとう)
ワイバーンの首筋を撫でてお礼を伝えると、アデリンは地上に降りた。
降り立ったところは、一面小さな白い花が群生している。鎮痛作用のあるウスユキソウだ。
「ミリー! 見て! ちょうどウスユキソウの群生地があったわ。綺麗ね。これも摘んで帰りましょう!」
一面に雪のように真っ白な花の絨毯が続き、奥には万年雪を被った山脈の尾根が広がっている。
ミリーと二人、ほぅとため息をつきながら周りを見渡す。
「美しいわねぇ」
「本当に素晴らしいですね。後でこちらの景色を眺められるところでお昼にしましょう。良い場所を探しておきますね」
ミリーと竜騎士はここで留守番だ。
ワイバーンは自由に放たれ、何かあれば竜笛で呼び寄せる。いつも狭い厩舎や城内だけだとワイバーンも鬱憤が溜まってしまうから、自由に大空を飛べる機会も必要なのだ。
私とノア、護衛騎士のコナーとハリーの4人で目的地へ薬草の採取に向かう。
(気持ちがいいわね)
天気が良く、道中の美しい野花は目を楽しませてくれる。ノアが柔らかな表情を浮かべて歩いているので、ついついはしゃぎそうになる気持ちを抑える。
「お嬢様、この辺りはテウメッソスやエリュマントスが出ます。お嬢様は何度か魔獣討伐はされていらっしゃいますが、ノア様はいかがですか?」
コナーがノアへ尋ねた。
アデリンは愛用の弓と矢筒を肩にかけていて、ノアは剣帯だ。
「魔獣討伐はあまり経験はないな。アルミラージが出るような場所しか行っていなかったから」
テウメッソスは狐、エリュマントスは猪の魔獣だ。高山地方に生息している。野原にいるアルミラージは角が生えた兎の魔獣になる。
「それでは、今回は良い訓練になりますね」
コナーから、魔獣と遭遇した時の討伐の流れについて説明を受ける。気を引き締めて、目指す薬草の群生地まで周りを警戒しつつ歩く。
「ここから30分ほど歩きます」
後方のハリーがいう。
しばらくするとテウメッソスの群れに遭遇した。数十匹いるだろうか。討伐の難易度は高くないが、群れだと囲まれて厄介だ。
「お二人とも心の準備はよろしいですか?あれは単体は強くはないですが、群れは相手を囲んで一気に襲ってきます。いかに群れを崩すかが勝負になります。それではお怪我しないようにいきましょう」
コナーが討伐開始の合図を出す。
魔力を全身にたぎらせてアデリン《風刃》を打ち出しながら、弓を引き飛びかかってくるテウメソスを射る。騎士たちも剣で飛びかかってくるテウメッソスを薙ぎ倒して行く。ノアは鋭い目つきで剣に魔力を込めて振るっていた。
(ノアの魔力量がすごい!)
纏う魔力が段違いに強く、ノアの周りの空気が震えているようだ。
鍛錬の時には感じたことがなかったのに。
今まで全力じゃなかったってこと?!
襲ってきたテウメッソス達を討ち取り終え、魔石を取り出して集めていたハリーがノアに興奮気味に尋ねた。
「ねぇノア様。俺、ノア様があんな強い魔力持っているなんて知らなかったですよ。すごいですね!」
「ああ、いつもは魔力を放出しすぎないようにコントロールするんだけれど…・。今日は野外だったから気にせずにやってしまったかな」
きょとんとしながらもなんでもないように話すノアにコナーが目を丸くした。
「え?ってことは、まだ全力じゃないってことですか?」
「全部出したことはないが……多分まだいけると思う」
ひっそりと笑ったノアの手をハリーが掴みブンブンと大きく振り回した。
「やっぱりすごいです! ノア様。俺、もっと練習します! 付き合ってくださいよ!
いやー、ノア様の魔力量が豊富とは知っていたけれど、質も規格外ですね。こんな強い人と一緒に鍛錬できて嬉しいです!」
豪快に笑うハリーをみて、ノアは目をぱちくりと見開いていた。
テウメッソスの討伐の後は、難易度の低い討伐レベルの小物の魔獣に数体遭遇しただけで、難なく目的地までたどり着いた。
「多分、さっきのテウメッソスとの応酬でノア様の魔力を感じた魔獣が大人しくなったんでしょうね」
冗談混じりでコナーが言ったが、本当にそうかもしれない。魔力には敏感な魔獣がノアの凄まじい魔力に気づかないわけがない。
「ノアのおかげだね」
アデリンもにっこりとノアへ微笑んだ。
ノアは目を瞬いて「俺のおかげ?」と呟いていたが、突然肩を震わせて笑い出した。声を出して笑うノアを初めて見たアデリンが今度は目を瞬いて見つめる。
ノアは目尻の涙を拭うと「ありがとう」と言ってアデリンの頭を撫でた。
「この魔力量を疎まれたことはあったけれど、感謝されたことは初めてだ」
探していた青い花、メコノプシスの群生地に到着し、皆で黙々と摘み取る。近くに白い花のイチヤクソウの群生地も見つけた。メコノプシスは疲労回復、イチヤクソウは傷の薬になる。
ここは薬草の宝庫だわ
依頼は受けていないけれど、他にも見つけた珍しい薬草も少し摘んで帰ることにした。
花々が岩場にくっつくように咲いている。まるで美しい柄の絨毯のようだ。アデリンが光景を堪能していると頭上から鳥の鳴き声が聞こえる。上を見上げると一羽の白い鳥が青空を飛んでいる。そのまま視線をさまよわせると、高い岩山の切り立った崖に穴が空いているのが見えた。
「あれは洞窟?」
私の視線を辿ったコナーが教えてくれる。
「ああ、あの洞窟に希少な薬草が生えているって聞いたことがあります。ただあの洞窟に入るのは難しいらしいですよ。いろんな言い伝えがあるそうで、精霊が護っていて認められる者しか入れないとか。上手く洞窟の中に入れても、目当ての薬草があるとは限らないそうです。それも精霊の気まぐれだとか…」
いつのまにかノアも横にいて、一緒に洞窟を見上げている。洞窟を見上げる鋭い眼光に一瞬驚く。
「ノア?!」
声をかけるとアデリンにふんわりと微笑んでくれたので少し安心した。
「どうしたの?何か気になるの?」
「いや、希少な薬草ってのが気になったんだ」
(オリビア様のことを考えているのかしら)
「街の薬草を取り扱う店に行くと詳しい話がわかるかもしれないわ。今度一緒に行ってみましょう」
声を潜めてノアにだけ聞こえるように伝えると、ノアは目尻を下げて頷いた。
十分な量の薬草を採ることができたので、ミリー達が待っている場所まで戻る。皆で予想していた通り、帰り道では魔獣に全く出会わなかった。
「いつもはもっといるのになぁ」とコナー達が言っていたので、やはりノアのおかげなのかしらと思う。
ミリーと竜騎士は敷物を花畑近くの見晴らしの良い場所に広げて、お昼の用意をしてくれていた。ミリーが魔法で温めてくれたお茶を飲む。
「お外で飲むミリーのお茶は格別に美味しいわ。ありがとう」
ワイバーン達は花畑でゴロゴロ転がったり、昼寝をしている。
(可愛い。眼福な光景だわ)
皆で広げた敷物に座り、料理長が作ってくれた料理を頂いた。
ノアも騎士たちもすごく良く食べるので、見ているだけでアデリンはお腹いっぱいになってしまう。
「こんな素敵な場所でお昼をいただけるなんて楽しいわね。」
「魔獣が出るかもしれない場所で食事を楽しめるのは、さすがお転婆姫だけありますね」
コナーが笑いながら言う。
頬を膨らませたアデリンにミリーは笑いながら伝える。
「お嬢様のそのお顔も可愛らしいので、男性陣は見惚れてますよ。ご褒美になってしまいましたよ」
「じゃあ、そのお転婆姫がみんなを魔獣から守ってあげるわ」
笑いながらアデリンはコナーへ言い返した。
「アディらしくていいね。俺も一緒に姫と戦うよ」
ノアは優しく笑った。
辺りを散歩しようとしだしたアデリンはミリーに呼び止められる。
「待っている間にお嬢様にこちらを作りました」
色とりどりの花で作られた花冠を「どうぞ」と、ふんわり頭に載せてくれた。
「まぁなんて可愛らしいの。ミリーありがとう。嬉しいわ」
ミリーをぎゅっと抱きしめる。
「うふふ、お嬢様、花の妖精みたいで美しいですよ」
「うふふ 嬉しいわ」
花が綻んだように笑うアデリンを、ノアや騎士たちは口を開けて見つめていた。
「はい!みなさん片付けを手伝ってくださいな。ノア様、片付けの間アデリン様をお護りださいね」
ミリーの声かけに弾けたように動き出す騎士たち。ノアがぎこちなく歩きながらアデリンのそばに来た。
「どうしたの?」
「……その、とても綺麗だよ。本当に妖精みたいだ……」
耳まで真っ赤になったノアが小声で囁く。
聞こえるか聞こえないかの細い声だったが、アデリンにはしっかり届いた。
「ありがとう」
頬を桃色に上気させたアデリンをノアは熱のこもった瞳で見つめていた。
「お姫様、お手を」
悪戯っぽく微笑んだ顔でノアがアデリンに手をさしだす。
アデリンも花のように微笑みながら手を重ねる。
「今日は楽しかった?」
ノアを見上げて聞く。
「うん、アディのいうように外で食べるのも気持ちがいいな」
応えるように微笑みながら、繋いだアデリンの手をぎゅっと握った。
二人は手を繋ぎながら、景色が見渡せる開けた場所まで出てきた。斜面の下から風が吹き、二人のマントが翻る。
アデリンはノアの麗しい横顔を見上げた。
翻ったマントが翼のように見え、ノアが羽ばたいていってしまいそうな錯覚をして思わず握った手に力が入る。
「どうした?」
ノアが優しい目で問いかけた。
「ノアがどっか飛んでいきそうだったから」
「飛んでいく?」
「うん、ノアを初めて見た日、背中に翼に生えてると思ったの」
今は、このまま翼を広げていなくなってしまいそうだ。
「私に黙ってどこかに行かないでね」
ノアは困ったように笑いながら、頷いてくれた。
自由に遊んでいたワイバーンを竜騎士が呼び寄せ、レイラとオリビアへお土産にする花を摘んでから一行は城へ戻った。
「よくやったな」
夕食のあと、お父様に今日の報告をしたら労ってくれた。
「薬師が喜んでいたぞ。依頼していなかった貴重な薬草も手に入ったからな。ご苦労だった」
「薬草の宝庫でしたよ。花畑もあってとても美しい場所でした。お母様とオリビア様へお花をプレゼントすることができてよかったです」
「テウメッソスの群れと会ったんだって?質の良い魔石が大量に手に入って、魔術師たちも喜んでいたぞ。今回の礼として、テウメッソスの魔石をアディとノアに一つずつくれるそうだ」
お父様から魔石を二つ手渡された。
青みがかった緑色、赤みがかった黄色……。
「お父様! この石の色、私とノアの瞳の色ですね!!」
「ああ、二人の瞳の色に近いものを出してくれたようだ。大切にするようにな」
「はい、ありがとうございます。大事にしますね。ノアにも明日渡しておきます」
私とノアの瞳の色だって……嬉しいな。
大事にしよう。
二つの石を大事にそっと両手で包んだ。
読んでくださってありがとうございます。




