009
アイスティーを片手に、二人から三人になっても何一つ変わらず説明は再開された。
「にしても何の話だったっけ?」
「壊れないと仰いましたね。どういう事でございますか」
「そのままの意味さ。[幻灯区]では何故か物が壊れるって事が無い。動かしたり、へこませたり、何もかもが出来ない」
「え、でも」
小雀は思わず、手の中のアイスティーを見下ろした。
もしそれが本当だとしたら、これを冷蔵庫から取り出す事も、グラスに注ぐ事も不可能だったのではないだろうか。
戸惑う小雀を見て、蒼は満足そうに頷いた。
「お前、やっぱり頭良いな」
「どういう事でございますか、鷹代蒼」
「言ったろ、この店は[魔法使い]だ。ちょっと特殊なんだよ。ここは、[幻灯区]であって、実際の東京なんだ」
「……はあ」
「ここには両方あって、両方をあの扉が繋げてる。それがこの店の……っつーかあの扉の“力”だ。だから此処からなら、[幻灯区]への出入りが出来る」
「はあ。……はあ!?」
店の扉を指しながらさらりと言われ、生返事をしていた小雀の思考は一瞬だけ停止した。
「出られる?」
「ああ。戻れる」
「ならどうしてこのような場所で悠長に話をしていらっしゃるのですか」
「学校戻るかって聞いただろ? いいって言ったのお前じゃねーか」
三ヶ月経っても、この時アイスティーを蒼の顔にぶちまけてやらなかった事を小雀は後悔する事になった。今は近親者がいる事を理由に暴力的な衝動をぐっと堪えて、「でしたら」と噛み締めるような声を出す。
「でしたら、さっさと帰りましょう」
「今ここで戻ってどうするんだよ」
「忘れます」
そう、とっとと忘れて愛すべき日常に戻りたい。
即答した小雀に、蒼は肩を竦めて敢えて素っ気無い言葉を向けた。
「また[幻灯区]に来ちまったらどうするつもりだよ」
「それは……」
「いつでも俺が居るとは限らないんだぜ? ただでさえ『鳥籠』から遠い学校だけじゃない、もっと遠い場所で“アレ”に追われたらどうするつもりだよ」
それは確かに。
しかしよく考えてみると、蒼に助けられたのは最初くらいだ。あの黒い妙なものに追いかけられた時も、蒼の方が礼を言ってきたではないか。
そう、礼を言われた。
そしてさっきはこう言われたのだ。
「ワタシが追い払ったと言いましたね、鷹代蒼」
「言った」
「ワタシは[適性者]だと」
「その通り」
「……」
桃山小雀は、変わらない毎日をこよなく愛する一般人だ。自分ではそう考えていたが、どうやら世界の方はそんな小雀の望むキャラ付けとは全く逆の方向へと、小雀を誘導しようとしているようだった。
あまりにもファンタジーで、大真面目に口にするには抵抗のあるその単語を、小雀は仕方なく、溜め息混じりに音に変えた。
「[魔法使い]だと、仰いましたね、ワタシを」
本当に渋々言葉を吐き出す小雀に、蒼は投げやりに笑う。
「なってみるか?」
「“アレ”を追い払う方法と、ここから出る方法を教えてください」
「正直、お前がそんなに往生際が悪いとは思わなかった」
「だまれ」
今日何度目かのやり取りに、初めて楽しそうな笑い声が返ってきた。




