008
蒼が二人分のアイスティーを用意している間に、姉であり店の店主でもある翠が『鳥籠』へと戻ってきた。買い物袋を片手に提げているところを見ると、足りないものの買出しにでも行っていたのだろう。
「鍵くらいかけて出ろよ、翠」
蒼は平然と声をかけたが、小雀の方は扉の方を振り返ったまま硬直していた。
勝手に開いた扉の向こうから、まるで騙し絵が滲み出てくるかのように人間が一人現れたのだ。此処に来るまでに非現実的な体験をしてきた小雀だったが、これは驚くなと言う方が無理な話だ。
鷹代翠は女性にしては背が高く、癖の強い黒髪をやたらと長く伸ばした、一種異様な風貌の人間だった。夏らしいマキシ丈のワンピースを着た女性は、陰気というわけではなかったが、独特の威圧感を持っており、近づきがたい空気を醸し出している。
突然背後に現れたそんな人間に小雀が声を失っている間に、当の鷹代翠は何を気にした様子も無くカウンターの中へと入っていった。蒼が間合いを知っているかのように入れ違いに席へと戻るのを確認すると、翠がアイスティーを入れる作業を引き継ぐ。
「どうせ誰も来ないさ」
抑揚の乏しい声で翠が弟に遅れて答えた。
氷とアイスティーの入ったグラスをカウンター席にいる二人の前に出し、ガムシロップとミルクがそれぞれ入ったガラスの小瓶を隣に並べる。
制服姿で店にいる事を咎めるわけでもなく、疑問に思うわけでもなく、翠は黙々と開店準備を始めた。どうせ誰も来ないと言いながらそんな事をされてしまうと、小雀としては益々言葉に困ってしまい、どうすればいいのかと蒼に視線で問いかけた。
「飲めば良いんじゃねーかな」
「投げやりな……」
とはいえこれが常態なのだろう。
だとすれば小雀から言う事は本当にこれ以上は何も無い。言われるままストローでかき混ぜながらグラスを手にする。
「ガムシロいいの?」
「要りません」
「……気にする事かねー」
「だまれ」
少しの甘い物も女子にとっては最愛の天敵なのだ。
肩を竦めてガムシロップを姉に返す蒼も腹立たしかったが、更に腹立たしいことに、どこで飲んだアイスティーよりも手の中のこれは美味しかった。




