006
店の中は普通の喫茶店のように見えた。人が一人も見当たらないという事を除けば。[幻灯区]はどこもそんな状態だったが、蒼いわく、「ここはいつでも無人だよ」とのことだった。
それでどうして経営が成り立っているのかと呆れた小雀に、蒼は曖昧に笑う。
「聞かれたくありませんか」
「そこを率直に聞いてくるかお前……」
「いえ、つい」
つい突っかかってしまっただけだ。
促されて、小雀はカウンター席の一つに腰掛けた。蒼は一度、扉が確りと閉まっている事を確認してから、椅子を一つ挟んで隣に腰を落ち着ける。
「翠もいねーのか……まあいいけど。そうだ、お前、今日は学校どうする」
「……今更それでございますか」
「よく考えたら真面目だもんな、お前。戻る方が優先かと思って」
「いえ、いいです」
気分じゃない、と言うとサボりのようだが、そして実際サボっていることになるのだろうが、このまま授業を受けても上の空になるだけだろう。
学校に戻っても、またこの[幻灯区]に来てしまうだけではないかという心配もある。
小雀の回答に納得したのか、それとも満足したのか、頷いた蒼は椅子を回転させて小雀に身体ごと向き直り、本格的に話す姿勢に入った。
自然と小雀も蒼の方を向き、居住まいを正す。
「ここは、東京の裏側だ、ってのは話したよな」
「[幻灯区]でしたっけ?」
「そう。実際の東京……まあ本来は実際もクソも無いんだが、とにかく“あっち”の写しみたいな場所って考えてくれればいい。鷹代市だけじゃなく、23区の方とか、他の県にも移動はできたけど、そっから“あっち”へ戻る事は不可能だった」
「東京都内なら、戻れるという事でございますか」
「方法さえ知っていれば」
「その方法というのは?」
「まず一つ目」
蒼は人差し指を立てて、その指先をそのまま足元へ向けた。
「此処だ」
「……この店?」
「そ。此処なら戻れる。あの扉を潜ればいい」
指先が、今度は先ほど入ってきた店の入り口へと向く。今はきちんと閉められている扉は、どれだけ見つめても、何の変哲も無い木造の扉でしかなかった。
どういう事かと無言で更に説明を求めた小雀に、蒼は大真面目な顔で、投げやりな声を出す。
「この店は、[魔法使い]なんだ」
頭がおかしくなったのかと思った。
「頭でも打ったんですか?」
「そうだったら良かったんだけどな」
残念な事に蒼は正気のようだったし、小雀自身、おかしな現実を見てしまっている。
何を聞いても耳が拒絶しないだけの覚悟を決めてから、小雀は先を促した。
「続きをどうぞ」
「見て分かったと思うけど、この[幻灯区]には人間も動物も、植物もいない。[幻灯区]に出入りできるのは俺達が[適性者]と呼んでる、何かしらの条件を踏んでる存在だけだ。ここで動けるのも[適性者]だけ。そして[適性者]の中でも余計な力を持ってる奴を、俺達は[魔法使い]と呼ぶことにした」
「はあ……」
「反応薄いな」
「何て言って良いか分からないのでございますよ」
何の遊びか分からなさ過ぎて。
「つまり、ワタシもアナタもその[適性者]なんですね?」
「いや」
「いや?」
「俺もお前も[魔法使い]の方だ」
「……えー」
益々表情に困った小雀は、真面目なままの蒼の顔を見つめて次の言葉を待った。




