005
鷹代蒼も桃山小雀も、どちらかといえば文化系に属する人間である。二人ともそれぞれ理由があって部活動などには手を出していなかったが、やるとしても運動部だけは選ぶまい。
日常の運動らしい運動といえば毎週二回ある体育の授業だけだ。
「つー……わけ……で……ちょ、休憩……」
「そ、そう、しましょう……か」
燕城学園はどちらかといえば坂の上に位置している。駅までは下り坂が多いとはいえ、全力疾走を続けるには辛い距離に、二人はどちらとも無く走る速度を落としていった。
蒼は立ち止まるつもりが無いようで、小雀の手を引っ張ったままゆっくりとどこかへ向かって歩き続ける。
走りついた駅前のスクランブル交差点には相変わらず人っ子一人いなかった。犬猫や鳥の姿も見当たらないし、やけに違和感があると思ったら街路樹や雑草さえ見つける事が出来ない。
生き物がいない。
という事なのだろう。
蒼はその無機質な光景には何も言わず、ただ前を向いて歩き続けている。交差点を抜けて駅の横を通り過ぎた。向かう先はどこだろうか。
呼吸を整えるまでの沈黙を挟んで、小雀は蒼の背中に声をかけた。
「それで、どこへ向かっているのでございますか、鷹代蒼」
「安全な場所だよ。必要ないかもしれねーけど」
「はい?」
「さっき言っただろ」
前を向いたまま、蒼は少しだけ楽しそうな声になった。中等部時代から何故か同じクラスが続いているが、まるで子供みたいな声を初めて聞いたような気がして、小雀は何とはなしに蒼の頭から目を逸らした。
見ていると錯覚しそうだ。
まるで友達のようだと。
「出入りに必要な方法を、お前はとっくに手に入れてる」
「……覚えがありませんが」
「無意識かよ」
「先ほど聞きましたよ」
「あ?」
「話の方が先だと」
蒼が振り返ったような気がしたが、目を逸らしたままで無視をした。
また笑ったような気がしたが、それも無視をした。
「お前さー」
「何でしょう」
「記憶力いいよな」
「……。それは、どういう意味ですか」
今度は無視できなかった。
かわりに蒼に無視をされて、問いかけた言葉が宙に浮く。蒼の方を見ると、見えたのはまた後ろ頭だけになっていた。
小さな店舗が並ぶ通りの途中で右に曲がり、また少し進んだところで足を止める。
「ついたぜ」
小雀に向き直った蒼が、入り組んだ路地の角に経つ、古臭い木造家屋の喫茶店を親指で示した。見ると、扉の横で揺れる鳥籠の影絵のような看板の中央には、『鳥籠』とそのままの文字が囚われているかのように描かれている。
「とりかご……?」
「そう、『鳥籠』だ。翠の店さ」
「……お姉さんの!?」
仕事してたんだ。咄嗟に失礼な事を考えた小雀の顔色を読んだ蒼が苦笑いをした。その笑みを見て察された事を小雀も察したが、出してしまった声は戻ってはこない。
「すみません……」
「気持ちは分かる」
益々苦笑いをしながら、蒼はしみじみと同意するように頷いた。
「働いてるって言って良いのかどうか……客、全然入ってねーしな」
でもここは安全だから。
言い訳のように紡いだ蒼と共に、小雀は『鳥籠』の扉を潜った。




