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012

「ところでお前達、学校へは連絡をしたのか」

 鷹代翠の一言に、学生二人が顔色を変えた。休むと決めたは良いが、二人とも連絡をするという当たり前の行動を忘れて話に入っていた。

 蒼も小雀も、お互いがお互いに思った以上に混乱していたようだ。

「しまった、適当な理由つけとくんだった」

 頭を抱えてしまった蒼に、いち早く立ち直った小雀が「しかし」と呑気なことを言う。

「しかし一度は既に登校している事は誰かが知っているはずですし、どう理由をつけてもサボり扱いなのでは?」

 分かってない。

 小雀は分かっていない。

 学校の恐ろしさというやつを、彼女は全く分かっていない。同じだけの年数を通っているはずなのにと、蒼はため息を吐いた。

「お前、俺と二人でサボってるんだぜ」

「そのようでございますね」

「なんで他人事なのかも聞きてー所だけど……って、まあいいや。今から連絡入れたところでどうしようもねーし」

 いつもポーカーフェイスを保つ小雀が盛大に後悔するのを見るのも一興だろう。

「はあ……」

 切り替えの速さにいまいちついていけない小雀の生返事を適当に聞き流し、蒼は姉の翠にも実演を求めた。

 平気な顔をして[幻灯区]に出入りをしている翠は、やはり平然と片手を持ち上げる。

 蒼の時とは違い、今度は何も見えなかった。

 だが、蒼よりももっと分かりやすく、彼女は[魔法使い]だった。

 翠の手元から風が興り、三人の髪や服をはためかせる。自然に起きたと考えるにはあまりに唐突で、そしてあまりに強い空気の流れに、小雀は否応無く二人目の[魔法使い]を認めた。

「違いは……っ、うわ!?」

「失礼」

 何かを――おそらく風を翠が握りつぶした所為で一瞬、突風が吹き荒れる。

 不意打ちに驚いた小雀の悲鳴に淡々と短い謝罪を紡いだ翠は、すぐに口を閉じて、またその場に居続けるだけの存在と化した。

 うっかり自制が効かずに翠を睨んでしまいながら、小雀が改めて蒼へと問いを向ける。

「違いは何です、アナタと……鷹代翠さんの」

「実はよく分かってねーんだ。翠はいつの間にか使えたって言うし、俺も似たようなもんだしな」

 そういえば、どうして二人が此処に居るのかを聞きそびれている。

 ふと思いついた疑問は、続く蒼の言葉に押し流されてしまった。

「ただ、これをきちんと使いこなせれば、『鳥籠』に来なくても[幻灯区]に出入りが出来る」

「本当でございますか!?」

「ああ。これも仮説だけど、[幻灯区]に入るだけじゃなく、居続ける為に“適性”が必要なんだ。この“適性”が垂れ流されている状態になるから、単なる[適性者]は[幻灯区]から出られない」

「……出られない?」

「『鳥籠』に辿り着けずに、“アレ”に飲み込まれた人間もいる」

 突然平坦な喋り方をする蒼の顔を、初めて姉である翠とよく似ていると感じた。

 何も言えずに次の言葉を待つ小雀に、蒼が苦笑いを浮かべる。

 その笑みの真意も、小雀は測り損ねた。

「“適性”を収めることが出来れば、自然と[幻灯区]に存在する為の条件も収まると俺達は考えてる。条件が収まるから、[幻灯区]から戻る事が出来る……正確には戻されてしまう。俺達[魔法使い]はこの仮説を利用して、“適性”を“力”に変えることで、本来垂れ流され続けているだけの“適性”に形を与えて出し入れを可能にしてるんだ」

「必要ですございますかね、その作業。普通に出し入れすれば良いのでは」

「池の水を素手でコップに入れられるか? ちなみに『鳥籠』は強制的に“適性”を収める“力”を持ってる。だから、あそこで“力”は使えない」

 まるで使おうとした事があるような口ぶりだが、聞くまでもなく試してみたのだろう。

 尋ねるなら今しかないと、小雀は蒼の開設の合間に質問を滑り込ませた。

「いつからそのような事を?」

「つーと?」

「いつ頃から、色々と試すようになったのでございますか」

「今年の春からだよ。去年の秋に俺が、その前にもう一人、三谷橙子(みつや・とうこ)っつー後輩が夏に入る寸前だったか?」

「ああ、そうだ」

 最後の問いは翠へのものだったようだ。蒼の声の向きは小雀に向けられたままだったが、翠は戸惑いもせず答えているあたりを見ると、これもいつもの事なのだろう。小雀からすると、蒼のそういった態度は少しだけ新鮮だ。ずっとクラスメイトだったが、そつがなさ過ぎるほど他人に濃やかな態度を取るのが鷹代蒼のはずだった。

 今も先回りして[幻灯区]への滞在時期や、“俺達”と称していた別の人間の事も答えた蒼は、ついでのようにそのまま翠へと問いを重ねた。

「翠はいつからだっけ?」

「知らないのでございますか」

 姉弟だろうに。

「大分前からってのは聞いたけど、正確には知らないんだよ」

 呆れた小雀に言い訳をしながら、蒼は答えを待った。

 ほんの僅かな間を置いて口を開いた翠から出てきたのは、やはり以前と同じ答えだ。

「大分前からだよ」

 表情一つ変えずに答える翠を見て、蒼がまた苦笑いをする。

 彼は分かっているのだろうなと小雀は不意に思った。

 自分と姉が似ている事を、蒼は分かっているのだろう。自分に具合の悪い事になると表情が薄くなる。翠は常に無表情で分かりにくいが、蒼は年相応に顔色を変えるので分かりやすい。

 先ほどの苦笑いも自嘲に近かったのかもしれない。

「とにかく、理屈としてはそういう事だ。[魔法使い]でなければならない理由も」

「全てが仮説のようですが?」

「他に方法がないのは事実なんだからそう言うなよ」

 小雀の皮肉に、蒼は気を悪くした様子もなく肩を竦める。

「さて、それじゃあ今度はお前の番だ。まずは何が出来るかから調べていくぞ」

「……調べる方法は」

「これといって無い」

「言い切らないで下さいまし!?」

「とりあえず、さっきお前が何をして“アレ”を止めたかを考察していってだな」

「殆ど覚えていませんよ」

「思い出せ。思いつく限りで試す。絶対どっかに手ごたえが生まれるはずだ」

「つまりは虱潰しの運次第でございますね……」

 今日一番の絶望を混ぜた呻き声に、蒼はふきだすように笑った。

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