東京探訪_アキバ編1
明朝、太陽の光がうっすらと東の空に浮かび上がっているだけなのにもうすでに暑い。
太陽は自らの姿を見せずとも我々の生活圏に影響を及ぼすのか。
全く許せん。
私にも同じような影響力を分けてほしいものだ。
昨日、日本人が日夜負の感情を投げつける掃き溜めのようなSNSにアカウントを作ってみた。
それは旅行先やで見たことや体験したことを投稿してたら私という人間が増える気がしたから。
ひとまず、個人情報に繋がらないラインまでの情報をプロフィール欄に入力して見たが、やはりなれないもので、有名人ではないが身バレが若干怖いところだ。
特に親などにバレるなんてことは恥ずかしいなんてものではない。
醜い感情を捏ねて投げるつもりはないが、それなりに自分の感じたことを素直に投稿するつもりだからいわば本心を曝け出して無防備な状態を自ら民衆に見せつける状態なわけだ。
決してそんな趣味はないが。
新幹線の涼しさに慣れてしまったせいか、それとも久々に地元から離れたところに来たからか、感情と服装が少しばかり開放的となっている今の自分には恥という感情はない。
乗り換えのために東京駅で新幹線を降りた。
ここから山手線か京浜東北線ってやつに乗れば秋葉原に行けるらしい。
それにしても人が多いな、前がよく見えない。
新幹線のホームから脱出することはできたがここから何処に行けばいいのかさっぱりだ。
周りを見てみると非常に開放的な娘達がいっぱいいる。
まるで自分が冬服を着ているように見えるほどだ。
そんなに足やら肩を出すような露出の多い服を堂々と着ていて大丈夫なのだろうか?都会は痴漢が多いと聞くぞ、こんなにも人が密集しているところは初めて見るがなかなか挑戦的な子が多いな。
あれでは自分から襲ってくださいと言っているようなものではないか、、、はっあれが痴女ってやつか!
であれば辻褄が合うな。
夏の暑さを理由に普段は公衆わいせつで捕まりかねないところを開放的にできる!ということであれば致し方あるまい。
私は今、キモオジのようだろうか?
まぁ良い、降って湧いた休日だ、私にもこの2週間を充実したものにしなければ職場の人間にも失礼というものだろう。
目に穴が空くほど見させてもらおうじゃないか。
ふむふむなるほど、、、可愛い子が多いじゃないか、どうしたらあの体型が維持できるのだろうか?少しお話でもしながら茶でもしばきに〜、、、っとまずいまずいつい本性が。
私は今東京という地に試されているのかもしれない。
とりあえず歩き回ろう、何かしら見つかるかもしれん。
それから約30分ほど歩き回り、ようやく改札を出ることができた。
うん、実に素晴らしいレンガ造りだ。
直方体を組み合わせて作っているはずなのに細かいところまで曲線が描かれている。
レンガの間の目地もヘラでまっすぐ平らではなく真ん中が盛り上がるように造形されていて、交差するところは途中途切れることなく自然に交わっている。
と説明パネルに書かれていた。
確かに交差するところが途切れることなく交わらせる方法はなかなか思いつかない。
長い経験と技術がこの構造を形成できるのだろう。
非常に作りがいい事が伺える。
、、、ん?
私は乗り換えるんだぞ?
改札を出てどうする。
行くべきは京浜東北線のホームであって外ではない。
東京の駅は複雑怪奇だと聞いたことがあるがこれほどとは知らなかった。
私自身方向感覚がとてもいいというわけではないが、人並みにはあるつもりだ。
割とすぐに館内マップを見つけることが出来てたし、案内どりに進んでいたはずだ。
まあ、まっすぐ進んでいるはずなのに道なりに進んだらもとの場所に戻っていたり、勘に従って動いたら売店が多く並ぶ場所に出たりもして迷子になったりもしたが、、、。
そういえば館内マップが設置されている場所も中々に面白かった。
まさか階段から生えている柱に設置するとは、足場が狭くて落ち着いて見ることもできなかった。
ともあれすぐに改札を入り直す、今日の目的地は秋葉原であって東京駅ではない。
さらに30分かけてようやく京浜東北線を見つけることに成功した。
私は歓喜した。
電車が5分に1本あることにもだがやはり一番はホームを見つけられたと言うことだ。
私は決して方向音痴ではないのでその点ご了承いただきたい。
移動時間と迷子の時間があと少しで同じになる前にたどり着く事ができたここは秋葉原。
サブカルチャーと電気屋の立ち並ぶこの街は駅にたどり着くや否やその異様さを存分に発していた。
沿線沿いの広告はスマホゲーとラノベ小説で埋め尽くされどこでも見れると思っていた整骨院と歯医者の広告はどこにも無かった。
ホームを降りて改札までの道にはレトロゲームの筐体が置いてあり改札の名前も電気街前となっている。
ひとまず高架下の電気街を歩いていく。
パッケージから出され一つ一つ乱雑に並べられた電子部品やぶら下がっているケーブル、ぎっしりと詰められた技術本。
値札は黄ばんでところどころ破れている。
何度か値段が張り替えられたあとがあることからかなり時間がたっていることがうかがえる。
軒下に連ねる無線機販売店には最近流行り始めた特小の新しい無線機が立ち並びアナログメーターの付いた古い機器は無い。
工具屋や電飾屋にも新しいものが並び古ぼけたものがない。
どこか古めかしさを感じながらも文化的最先端を走っている様はJAZZのような心地の良い不協和音と似た雰囲気を醸し出している。
こういう感じの場所は結構好きだ。
古きを尊び新しきを知る。
温故知新の風土がこの街に根付いているように感じる。
いずれは古いものは淘汰されていくのだろうが、それまでは根強く強固に抵抗していくのだろう。
その様は文化という社会的生命体の免疫反応であり、その結果自我を残しながら融和することは稀で基本的には消えていく。
儚いその様を見て次に何を残すのか。
一度は欲した文化、要求した雰囲気が時代が経つにつれ邪魔になっていく。
そういった人類の歴史の一端を一様に見れる状態は非常に長いスパンで訪れるもので、この一瞬に立ち会えた自分はさながら歴史の証人に慣れたような感覚がある。
だから私はその拮抗している様を見るのが好きだ。
あ~うん、らしくない。
「ひとまず何か食べたい」
みなさま、”あの”「始まり」を読んだ後に次を読んでいただき非常に嬉しい限りです。
今から書く話は赤とんぼが約2年ほど前に実際に体験した内容に99%の脚色を加えているものとなります。
そのため情報が古かったり、今はもうないものの話が出ることがあると思いますがご容赦ください。
また、赤とんぼの他作品一覧を見た方々ならわかると思いますが、未完結のまま更新が止まっている作品しかないことにお気づきかと思います。
現在も鋭意制作中ではございますがなにぶん身の程をわきまえない身勝手な頃に制作したもので続きに難航しております。
本作品は少なくとも旅行から帰るまでの話は存在しております。
安心して読んでいただけると幸いです。
さて、みなさまに特大の不安要素を与えたところでクソガキな私の末筆とさせていただきます。
また、次回お会いしましょう。
赤とんぼ




