始まり
厳しい冬を越え雪が日陰にひっそりと残る程度となった。
何処から出てくるのかうっとおしいほどにわがままに飛び回る虫どもに季節の移ろいを感じるまもなく夏へと大変貌を遂げたことを告げられ虫コナーズを部屋中に振りまきながら今年の春はもう終わったことを悟った。
ファッキンホットな地球に未来はあるのか、今日の札幌の気温はどうやら東京よりも暑いらしい。
令和ちゃんは空調の使い方を知らないらしい。しっかり引き継ぎしとけよ平成よ、ゆとり世代じゃねぇんだから。
そんな事を言いながら、私はクーラーの効きすぎで少し寒いオフィスの一角で生産性のない画面を映している液晶に向かい合って労働に励む。
ふと時計を見ると時刻はちょうど12時を指していた。
昨日の夜スーパーで半額になっていた山賊焼き弁当をカバンから出して職場の給湯器室にある電子レンジで持てないくらい熱々にして、またやってしまったと自らの学習能力の低さに辟易しながらデスクに戻る。
いざ食べようと蓋を空け透明なフィルムを取ったところで上司から一言言われた。
「久留島さんの有給2週間くらい取れるけどどこにしたい?」
、、、意味がわからなかった。私は入社1年目のペーペーだぞ、今年1年は休みなしを覚悟してたんだが、あったとしても有給1日あれば御の字と思ってたくらいなんだが?
2週間ってなんだ?どうしたらそんな計算になる。就業規則とか文字が多すぎて読む気にもなれないから何も知らないがどう考えても多すぎると思うぞ。
さては私をクビにするから最後の晩餐的なやつなのか?わからない私にはわからない、、、とりあえず食うか。
仕事が順調に終わり、上司に詳細を聞きに行った。
結果としては私をクビにする話は出ていないようだった。むしろこの休暇を取らないことのほうが弊害を生むことになるとも聞いた。
休暇の取得は個人の自由ではないのかね、私は金が欲しいのだ金が!そのためにも1日勤務するともらえる手当を最大限享受する方針でここまで来た。
そんなことを言ってもみたがやはり聞き入れてくれることはなかった。休暇は休暇でも有給なのだから問題はないだろうとのことだ。
これ以上はごねてもしょうがないと思ったので引いたが、今度はこの休暇をいかにして活用するかという問題に直面した。
この私、久留島咲夜はあまり外出しない。休日は1日スマホで漫画を読むか動画を見てるかガンプラ作るかしかしていない。
これが1日2日なら何ら問題ないがこれが1週間2週間と続いて行けばいずれ廃人となってしまうだろう。
そう、私にとっての仕事とはいわば私が私であることと同時に人であるための生命線。
人として認められるような生活を送れるということは非常に重要なことで、昨今SNSの発展した現代において社会的な振る舞いが自らの首を鉄条網で縛るかインシュロックで縛るかの大きな差を生むのだ。
あまり差がないように見えるがそれは君がSNSが当たり前にある状態を見てきていて、生活の一部にあるからだ。
私のようなコミュ障はこの大きなコミュニティに飛び込むなんて蛮行を晒すことはない。
そもそも不思議なのだ、初対面の人間に名乗りを上げるのはわかるが、そこから先の情報として自らの私生活を事細かに投稿している人たちは何を考えているのだろうか?現実にしてみればアリの巣観察キットみたいな家を作って自ら全裸となり町中に繰り出しているのと変わらないのに、プライベートがないのだろうか?それとも私のパーソナルスペースが広すぎるのだろうか?鉄壁すぎるのだろうか?
ちょっと待ってほしい。
私は何もSNSすべてを否定したいわけじゃない。
もちろん教育的価値のあるコンテンツもたくさん転がっている。
時には自らに対して成長を促すこともあると思う。
ただ、みんなには気をつけてほしかった。
私が初めてSNSを使ったのは小学生の頃だ、初めてフォローをくれたアカウントが企業アカウントだと気づけず何度も返信を送った。
それとなく返事を返してくれた担当者には大変感謝しているが、冷静になり企業アカウントだと気づいたときは速攻そのアカウントを消した。
しかしアカウントが消えても自らの行いが消えるわけではない。
machinearchiveを見てみるといい、ネット上の行いは誰か必ず残しているものだ。
ネットワークが存在する限り永久に残り続ける。
そう、、、残り続けるのだ、、、。
話がだいぶ変わるが近年人間の存在理由について考えることが多く待った。
これは自分に余裕がなくなってきたからか趣味がないからなのか、寝る前に自分という存在に疑問を持つことがある。
この岩ばかりの空間でなぜ光があり、色があり、温度があり、音があるのか?
全ては人間が知覚しているものであってホントはもっと知覚できていない認識できない色々なものがあるのかもしれない。
もしくは全て人間が作り出した創造物で灰色の世界が広がるばかりの空間にただぽつんといるだけに苦しんだ何かがありもしないことを知覚させているのかもしれない。
世界を限定しているのか拡張しているのかは分からないが、今いる自分はまず確かであるしその存在を証明するのはなんだかナンセンスな気もする。
だから確実に言えることを考えた結果として出てきたもの、始まったものは必ず終わりが来るというものだ。
故事成語で言えば盛者必衰、過去の恐竜種からかつて7つの海を支配した大英帝国であったり中東全域を支配したオスマン帝国、BMIのコンピューター事業の栄光やバブル経済に最近流行りの暗号資産、ビットコイン。すべてに何かしら始まりがあっていずれ終わる。
私にもこの世に誕生するという始まりが起こってしまっている。
いずれ何処かで終わるだろう。
ただ、何事もなく平穏に終わる。これもなかなかいいものだが何かいまいちピンと来ない。
好きな人には大変申し訳ないが日常系ドラマを見せられても何かこう心の奥から沸き上がるものがないのと同じで、異能力学園バトルのような、何かしらの変化と発見それに付随する盛り上がりを起こしたい。
そんな盛り上がりで起伏がありながらも最後にはこんな事もあったなと微笑みながら、何事にも動じることなく静かに滅びていきたい。
決して大団円でなくともいい。
大所帯でなくともいいが、私という存在を知っている人間というのは1人でもいてほしいものだな。孤独は平穏だが盛り上がりがない。
大きなコミュニティに入る度胸はないが、私のいるコミュニティは最終的に大きくあってほしい。それが盛り上がりの指標となっている気がするから。
まあ、今ベットに転がってなんの身にもならないまま今まさに愚鈍で無様な姿を晒しながらそんな事を考えてるのだけれど、一つ閃いたことがある。
旅に出よう、、、SNSのアカウント作って。
どうも、愚鈍で無様な人間です。
みなさまは旅行など行かれますでしょうか?
私は独り身ですので休暇をいただくたび、無謀な計画を立てて同僚を驚かせ上司の胃に穴をあけ、帰る度に風邪をひくサイクルが完成しております。
旅行から帰ってくると風邪をひくのはなぜなんでしょうか?
結構体に負担をかけているのでしょうね。
みなさまは風邪などひかぬようほどほどに休息の取れる旅行を楽しんでください。
ではみなさま次回の久留島探訪日誌でお会いしましょう。
赤とんぼ R8.4.8




