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最強つよつよ白虎になって異世界を無双しよう!  作者: もこもこハダカデバネズミ


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3/6

西部山岳帯セデ村滞在中の覚え書き【1】

 見に来たもの: 氷嶺白虎。特に、姿を見せなくなった雌と、繁殖の可能性について。


 場所: セデ村と、その周辺の山域。


 記録: ブラムウェル・パンクハースト

 王立博物院第三魔獣研究室




 雪融月三日。


 王都を発って十二日目、ようやくセデ村へ到着した。

 地図では西部山岳帯の最奥に位置し、これより先には猟師小屋が二つと、冬季には雪で埋まる旧街道が一本あるだけと記されている。

 実際に来てみると、想像していたよりもずっと穏やかな土地だった。

 村の背後にはまだ雪を戴いた岩山がそびえ、左右を黒々とした針葉樹林に挟まれ、正面には雪解け水を集めた細い川が流れている。

 家屋は四十戸ほど。

 石積みの壁に太い丸太の梁を渡し、屋根は積雪が滑り落ちるよう急な角度をつけてある。宿屋はない。村長のエダンによれば、ここへ来るのは税の取立人か、道に迷った旅人か、何かに取り憑かれた学者くらいなので、宿を作っても採算が取れないらしい。最後のひとつは私を見て付け足したように思えたが、自覚があるので否定ができない。


 集会所の一室を借りた。

 寝台と机、背の低い棚があり、暖炉も使える。わざわざ掃除をしてくれたらしい。親切にしてもらっている。

 往路で泊まった猟師小屋では、夜中に靴の中へ小型の甲虫が入り込み、翌朝それを知らずに履いて悲鳴を上げたので、床と壁があり、寝ている間に靴を逆さにしておけるのはありがたい。なお、甲虫には毒がなかったので良しとする。


 村へ入る前から、氷嶺白虎の痕跡は確認できた。

 街道を外れた大木の横に、前肢と思われる足跡が残っていた。雪解けで輪郭は多少崩れていたものの、横幅はおよそ45cm。私の手をいっぱいに広げても半分ほどしか覆えない。

 一般的な山虎の成獣と比べても明らかに大きく、爪痕はなかった。歩行時には爪を収めているらしい。足跡の周囲だけ雪が淡い青色を帯び、表面は解け始めているのに、その下だけが硬く凍っていた。氷嶺白虎の魔力が通過後も地面へ残留したものと思われる。


 私が膝をついて氷を削っていると、近くで薪を運んでいた少年が、「そこ、転ぶよ」と教えてくれた。名前はリノ。九歳。

 聞けば村の子どもは、冬になると白虎の足跡へ板を載せ、滑って遊ぶことがあるらしい。危険ではないのかと尋ねたところ、「虎の旦那が歩いたあとなら、ほかの獣が来ないから平気」と答えた。

 氷で滑って頭を打つ危険について聞いたつもりだったのだが、こちらでは危険の基準そのものが王都とは少し違う。


 村人は、この地域で確認されている雄個体を「虎の旦那」、雌個体を「雪の奥方」と呼んでいる。夫婦であるから旦那と奥方、という単純な呼び分けらしい。

 学術記録へ俗称をそのまま用いることには若干の抵抗があるものの、個体識別番号を与えるための身体的特徴をまだ確認していないため、当面は旦那個体、奥方個体と記す。


 この一対がいつ現在の縄張りへ定着したかは、正確には分かっていない。

 村人の証言を総合すると、およそ十二年前、二頭そろって北東の尾根を越えてきた可能性が高い。

 それ以前、この山域には老齢の雌個体が暮らしていたが、現在の一対が現れる少し前から姿を見せなくなったという。

 争った痕跡はなく、老齢個体の娘か孫にあたる雌が番を連れて戻り、自然に縄張りを継いだのではないかと考えられる。


 氷嶺白虎には、血縁個体間で縄張りを共有する性質がある。

 成獣になれば日常的な行動は単独となるが、それは家族関係の解消を意味しない。

 親子やきょうだいの行動圏が大きく重なっていても、血縁同士で激しく争うことは少なく、獲物や巣穴を一時的に譲り合う様子まで報告されている。一般的な大型肉食魔獣における「単独生活」とは、かなり意味が異なるようだ。


 私が今回、王都からこの村まで来た理由をエダンへ説明した。

 奥方個体は、以前なら三日から五日に一度は川辺や斜面で姿を確認されていた。それがここ半年、一度も村人の前へ現れていない。

 一方で旦那個体は、それまで三日に一度程度だった狩りをほぼ毎日行い、ときには一日に二頭の獲物を運ぶことさえあるという。

 氷嶺白虎の番は通常、二頭で狩りをする。

 雄が獲物を追い込み、より大柄な雌が正面から仕留める例が多い。雌だけが長期間巣へ留まり、雄が連日大量の食料を持ち帰っているなら、妊娠末期、あるいはすでに出産を終えている可能性が高い。


 このつがいには繁殖記録がない。もし幼獣が確認されれば初産であり、この地域では四十七年ぶりの繁殖例となる。

 エダンは私の説明を黙って聞き、最後に「そりゃあ、奥方も腹が減るな」と言った。驚いている様子はなく村人の間では、もう半ば周知の事実なのかもしれない。



 雪融月四日。


 村の北側を、猟師のバルトに案内してもらった。

 三十代半ばの大柄な男で、弓と短槍を携えている。白虎に出会った際、それで身を守るのかと尋ねると、「旦那に槍を向けるくらいなら、自分の腿を刺して動けなくなった方が、追いかけっこと勘違いされずに済む」と答えた。

 冗談にしては顔が真剣だった。氷嶺白虎は基本的に人間を獲物と見なさず、敵対行為をしなければ無視する。

 しかし、好奇心旺盛な若い個体が遊びを仕掛けてくることがあり、その場合は敵意がないからこそ厄介なのだという。

 同族のつもりで前足をかける、背後から飛びつく、服や荷物をくわえて引く。成獣に近い若虎は体重が500kgを超えるため、軽く押された人間が無事で済む保証はない。走れば追われ、叫べば興奮させ、武器を構えれば遊びが防衛行動へ変わる。

 絶対に近づかず、興味を持たれても視線を合わせず、相手が飽きるのを待つのが最善らしい。


 村から北へおよそ7km進んだ斜面で、大型魔獣の食痕を確認した。

 六本脚の岩角鹿で、頭部を除いた胴体だけでも全長4mを超えている。推定体重は1.5t前後。首の骨が一撃で砕かれ、胸部から腹部にかけて食べられていた。

 周囲に激しく争った形跡はなく、足跡から判断するに、鹿が斜面を横切ったところへ白虎が上方から飛びかかり、そのまま首を噛み砕いたものと思われる。

 岩角鹿の背中には岩板のように硬い皮膚があるが、その一部も爪で引き裂かれていた。切断面は凍結しており、流れた血は雪へ染み込む前に薄い板状の氷となっている。


 氷嶺白虎は、口から冷気を放つだけではない。

 爪や牙、場合によっては全身の毛へ氷属性の魔力をまとわせる。

 接触した部位を瞬時に凍結させ、獲物の動きを奪ったところで急所を破壊するようだ。

 西方騎士団の記録には、氷嶺白虎一頭を討伐するには、対大型魔獣用の重装騎兵百名でも不十分とある。そもそも討伐例自体がほとんどなく、成功したとされる記録も、後日参加者の多くが白虎の親族と思われる個体に殺されているため、成功と呼んでよいのか疑わしい。


 鹿の死体は、重量の半分以上が失われていた。

 その場で捕食したというより、必要部分を齧りとった形跡に近い。旦那個体が巣へ運んだのだろう。

 通常、氷嶺白虎は仕留めた獲物をその場で食べ、残りには執着せず食い散らかした形で放置する。栄養価の高い部位を選び、数百kgの肉をわざわざ長距離運ぶ行動は、巣で待つ番や幼獣の存在を考えれば説明がつく。


 帰り道、私は、なぜ人間がこのような危険な魔獣の縄張り近くへ住み続けるのかとバルトへ尋ねた。

 すると彼は、質問の意味がすぐには分からなかったように眉を寄せ、「虎がいるから住めるんだ」と答えた。

 この山域には、岩角鹿、甲殻猪、氷爪熊、針尾山羊、夜翼蝙蝠、小型竜種など、人間の集落へ被害を与える大型魔獣が多い。

 しかし氷嶺白虎の縄張り内では、それらが大規模な群れを形成しない。

 群れれば匂いも足音も目立ち、白虎に狩られやすくなるからである。

 単独で村の近くへ下りる個体はいても、柵を破り、家屋を押し潰すほどの数が集まる前に、より強大な捕食者が間引いてしまう。


 他国の兵や盗賊も、この地域を避ける。

 道を整備すれば国境へ抜ける近道にはなるが、大人数で森林へ入れば、それ自体が一つの巨大な群れとして白虎に認識されかねない。

 西の国が最後に大規模な侵攻を受けた際、この山道へ入った敵兵およそ三百名が消息を絶った。

 翌春、谷の下流から軍馬の装具、折れた槍、氷の中へ閉じ込められた甲冑が見つかったものの、遺体はほとんど確認されなかったという。白虎が襲ったとの確証はない。だが、村人は誰一人として別の原因を考えていない。


 危険な存在が、さらに危険なものを抑えている。

 白虎は人間を守るために大型魔獣を狩っているわけではないし、国境を守る意識もない。

 ただ自分の縄張りで獲物を食べ、目障りな集団を排除しているにすぎない。

 その結果、人間は侵略と魔獣の群れから守られる。西の国で守護聖獣として崇められているのも、この偶然というには長く続きすぎた恩恵のためだろう。


 もちろん、この均衡には代償がある。

 街道は広げられず、森林を大きく切り開くこともできず、鉱山開発も難しい。

 数年前、この地域で青晶石の採掘を試みた商会があったが、作業員の宿舎を囲むように巨大な足跡が残り、翌朝には試掘坑の入口が厚さ2m近い氷で塞がれていたため、三日で撤退したそうだ。

 誰も襲われていないところを見ると、警告だったのだろう。白虎が人間の採掘計画を理解していたかは分からないが、少なくとも騒音と掘削を不快に思ったことは確かである。



 村生まれの若者は、たいてい一度は町へ憧れて出ていく。

 しかし数年で戻る者が多い。仕事が少なく、冬の雪は深く、流行の服を買える店もない。それでも、自分の畑と家があり、森から何かが下りてきても白虎がいる。

 都会では鍵をかけても入ってくるのは見知らぬ悪い人間だが、この村では鍵をかけなくても入ってくるのは顔見知りか泥棒タヌキくらいだ、とバルトは言った。

 この過酷な地にタヌキが生息していることの方に驚いてしまったが、肉は不味く毛皮は固く、だが愛嬌があって生ゴミも食べるので、村で共存関係にあるのだという。溶け込みすぎていて気づかなかったが、意識して見ると確かに子供たちが遊んでいる中にタヌキが混じっていた。



 雪融月五日。


 雨が強く、外へ出られなかったため、集会所で聞き取りを行った。

 最初に来たのはパン焼きをしている老女マレと、その孫のユノだった。

 ユノは十六歳で、来年には南の町へ働きに出る予定らしい。マレは私が質問を始める前から、昔の白虎について話してくれた。これを言いたいがために、わざわざ私のところまで来てくれたらしい。


 彼女が幼い頃には、現在の一対とは別の老いた雌が村の北に住み、冬の朝になると川辺へ水を飲みに来ていたという。

 人間が近くにいても気にせず、子どもが騒げば耳だけをこちらへ向けた。一度、村の少年が背中へ触ろうとして近づいたところ、前足で転がされ、5mほど雪の上を滑った。鼻血と擦り傷だけで済んだため、老いた雌としてはかなり手加減していたのだろう。


 氷嶺白虎は、寿命がおよそ百年と長い。身体が成獣の大きさへ達するまでに十年近くかかり、繁殖可能となってからもすぐには番を持たない。

 互いの縄張りを数年にわたって行き来し、狩りを共にし、相手の家族とも接触したうえで番になる例が多い。

 雌は雄より一回り大きく、平均的な成獣で体長4.5mから5.5m、体重700kgから1tほど。雄は体長4mから5m、体重500kgから800kgほどと推定される。個体差は大きく、老齢の雌では記録上確認できるものだけで、1.2tを超えた個体もいる。


 雌が生涯に出産する回数は、通常二回ほど。

 一度に産む幼獣は一頭から四頭で、育児には数年を要する。出産間隔が数十年空くことも珍しくなく、最初の子がすでに成獣となり、独立した後で次の子が生まれる。

 そのため、同じ両親から生まれたきょうだいの年齢が三十歳以上離れる場合もある。人間なら親子に近い年齢差だが、氷嶺白虎では明確にきょうだいとして認識されるらしい。


 成獣になった子は、親の巣穴を離れ、単独で狩りを始める。

 ただし、独り立ちしたからといって、すぐ遠方へ移るわけではない。若い個体の多くは数年、場合によっては十年以上、親の縄張り内やその周辺で行動する。

 大型魔獣との戦い方を学び、危険な場所を覚え、親の狩り残しを利用することもある。親もそれを追い払わず、自分の獲物を分け与えることさえあるという。


 これは若い個体の生存にとって重要である。

 氷嶺白虎は成獣になれば山域でも最上位の捕食者だが、独り立ちしたばかりの個体は身体が完成しておらず、魔法の制御も未熟である。

 毛皮はすでに成獣に近い美しさを持つため、密猟者に狙われやすい。

 白い毛は光の角度によって銀や淡い青に見え、黒い縞の周囲には霜のような光沢が浮かぶ。本物の毛皮は、小さな一枚でも王都の屋敷が買えるほどの値がつくと言われる。若い個体なら倒せると考える愚か者が、昔から絶えない。


 マレは、八十一年前に滅びたレモ村の話を知っていた。

 記録自体は博物院にも残されているが、現地で語られる内容の方が細部まで生々しい。

 レモ村の狩人が、雪の中で動けなくなっていた若い氷嶺白虎を発見した。

 独り立ちして間もない個体で、野生魔獣との戦闘に敗れたのか、後肢に深い傷を負い、肋骨も折れていた。狩人は襲われたのではない。白虎が立ち上がれず、逃げられないと確認してから矢を射込み、最後は槍で喉を突いた。


 毛皮は南方の商人へ売られ、村には数年間税を払わずに済むほどの金が入った。

 その三か月後、レモ村は複数の氷嶺白虎に襲われた。少なくとも五頭。家屋は倒され、穀物庫は砕かれ、井戸も畑も厚い氷で塞がれた。

 人間だけでなく家畜も殺されたが、食べられた跡はなかった。生存者はおらず、村はそのまま放棄された。


 奇妙なのは、殺された若い個体の家族が、当時は遠く離れた北方山脈にいたと推定されることである。距離としては500km程か。

 狩人は死体を解体し、血のついた雪も埋め、骨の一部は焼いた。

 村の外へ事実が伝わるより早く、白虎たちは集まり、正確にレモ村を襲った。偶然では説明しにくい。同様の報復例は、規模の小さいものを含めれば少なくとも四件確認されている。


 氷嶺白虎の家族間には、人間には感知できない長距離連絡手段が存在すると考えられる。

 血縁個体同士で魔力の一部を共有している、死亡時に特殊な波動を発する、感覚そのものが薄く接続されているなど、いくつかの説があるものの、証明には至っていない。

 ただ、家族の誕生や危機を、距離に関係なく察知していることはほぼ間違いない。

 独立した子が番を得た際、何百kmも離れた親のもとへ戻り、番を紹介するような行動を取ることもある。新しいきょうだいが生まれれば、以前の子が獲物を持って戻り、巣穴の周囲を警戒する。

 常に一緒にいるわけではないのに、必要な時には集まる。人間の家族より律儀だと書くと博物院長に怒られそうだが、少なくとも私の叔父一家よりは集まりがよい。いや、離散したんだったか。遺産関係の争いが発生したのを最後に、ここ十年音沙汰がない。生きていると良いが。


 レモ村の事件以降、氷嶺白虎を狙う密猟者は大幅に減った。

 現在市場へ流通している毛皮のほとんどは偽物である。白山狼の毛を脱色したもの、白熊の毛皮に黒い線を染めたもの、魔晶粉を擦り込んで冷気を帯びているように見せたものが多い。

 私も王都の骨董商で何枚か見たことがあるが、店主が「本物は夏でも霜を吹く」と言いながら、裏側へ保冷用の魔石を縫い込んでいた。偽物としては似せる努力をしているだけ誠実かもしれない。一応、贋物を本物と偽装して販売している旨は商務院不正取引取締部に報告済だ。


 数少ない本物は、すでに自然死していた個体から採取されたものだと言われる。

 自然死した白虎の毛皮を剥いだ者が報復を受けた例は確認されていない。

 白虎自身が死体の利用を許しているのか、それとも死んだ後の身体に関心がないだけなのかは分からない。彼らにとって、自然死後の肉体はすでに家族本人ではなく、他の獣に食べられ、土へ還るものと認識されている可能性がある。

 人間が毛皮を使うことも、鳥が巣材として毛を運ぶことも、大きな違いはないのかもしれない。

 逆に言えば、死因が人間である場合は、毛皮を売った者だけでなく、殺害に関わった者が属する集落まで報復の対象となる。彼らの基準が道徳的なのではなく、家族を殺したか否かという一点で一貫しているのだろう。


 害を忘れないのと同様、恩も忘れない。

 七十三年前、北西のオルバ村で、鋼線の罠にかかった若い雌個体を村人が助けた記録がある。

 罠は毛皮を狙う密猟者が仕掛けたもので、前脚へ深く食い込み、骨が見えるほどの傷を作っていた。薬師のソマリと猟師二名が、白虎に何度も威嚇されながら二日かけて鋼線を切り、傷口を洗い、歩けるようになるまで獣肉を置いた。雌は回復すると山へ戻った。


 それから六年後、オルバ村が山賊に襲われた。

 村の働き手の多くは季節労働で不在で、抵抗できる者はほとんどいなかった。

 襲撃が始まって間もなく、山から五頭の氷嶺白虎が現れ、山賊を襲ったという。救われた雌だけでなく、その番、両親と思われる老齢個体二頭、さらに若い個体が一頭。家族を連れて来たのである。

 山賊は大半が死亡し、武器を捨てて逃げた者だけが生き残った。白虎たちは村人へ危害を加えず、倒れていた負傷者の匂いを嗅いだ後、山へ戻った。助けられた記憶が家族へ共有され、六年後まで保たれていたと考えざるを得ない。


 人間は、こうした行動へ義理や恩返しといった言葉を当てはめる。

 実際に白虎がそれに近い感情を持つのかは分からない。ただ、人間を個体ごとに見分け、過去の行動を記憶し、それを血縁個体へ伝え、必要な時に集団で行動する知性があることは確かだろう。単に賢い、という言葉では少し足りない。



 雪融月六日。


 朝、見晴らし台から旦那個体を確認した。

 距離は約1.3km。望遠鏡越しでの観察になるが、雄の成獣であることは間違いない。

 肩高は2m前後、尾を除いた体長は4.7mほど。冬毛が残っているため実際より大きく見える可能性はあるが、それでも既存記録の平均を上回る。

 白い毛の上に黒い縞が走り、額の中央で縞が二股に分かれている。右目の上には、古傷なのか、毛がわずかに薄い部分があった。眼は淡い青。歩くたび、足元の草へ薄い霜が降りていた。


 旦那個体は谷を北へ移動していた。

 時刻は午前七時を過ぎていたが、獲物を持っていない。巣へ戻るのではなく、これから狩りへ向かうように見えた。

 氷嶺白虎は通常、夜明け前か夕刻に狩りをする。昨夜も狩りをしていたとすれば、現在の頻度は異常に高い。雌だけでなく、すでに生まれた複数の幼獣へ食料を運んでいる可能性がさらに高まった。


 村へ戻ると、鍛冶屋のドマが三日前にも旦那個体を見たと教えてくれた。

 その時は甲殻猪をくわえていたという。甲殻猪の成獣は体重1tを超える。旦那個体は腹部を食べて軽くした後、残りを口だけで引きずり、岩の斜面を登っていったらしい。

 ドマは「奥方に足りないと言われたんだろう」と笑ったが、白虎の夫婦間でどのような意思疎通が行われているかは分からない。

 ただ、雌が妊娠あるいは授乳中である場合、雄が食料調達をほぼすべて担うことは過去の記録とも一致する。


 氷嶺白虎の雌が雄より大きい理由は、妊娠と育児に耐えるためだと考えられている。

 出産後、幼獣は二年近く母乳を飲み、肉を食べ始めても長期間母親へ依存する。

 雌は脂肪と魔力を大量に蓄える必要があり、繁殖期には普段より二割ほど体重が増す例もある。

 雄はその間、狩りと巣周辺の巡回を担う。もっとも、繁殖期以外は雌も狩りへ出るため、身体の大きさが単に育児のためだけとは言い切れない。

 正面から大型魔獣を押さえ込む役割を雌が担うことも多く、単純に雄より戦闘能力が高い可能性もある。


 村の女性たちは、奥方個体の姿が見えなくなってから、旦那個体へ肉の脂身を残すようになったという。

 白虎へ直接与えるのではなく、狩り残しを利用する際、脂の多い部分だけ手をつけずに置いておく。

 旦那個体が戻ることはほぼ無く、小型魔獣や獣が食べる。それでも、もしも戻ってきた時に無いと困るだろう、授乳中なら脂が必要だろうと考えているらしい。村人は白虎を神として遠くから拝むというより、隣の家で子どもが生まれた時と似た感覚で気にしているように見える。



 雪融月七日。


 村の暮らしについて聞き取りを続けた。

 セデ村は発展しない。人口も百数十人からほとんど増えず、商人が定期的に訪れることもない。

 だが、山の恵は豊かである。魔獣が多いということは、それを支える植物、水、草食獣も多いということだ。

 薬草、茸、獣脂、角、甲殻、魔力を含む石。白虎が大型魔獣を狩るため、村人は危険が去った後で、その残りを利用できる。白虎が完全に獲物を放棄したかどうかは、足跡と気配で判断する。新しい足跡があれば触れない。二日以上戻った痕跡がなければ、骨や皮を持ち帰る。セデ村の猟師は“気配”を察する能力を得ているらしい。勘に近いものだと思うが、外れたことはないと言う。


 氷嶺白虎も、人間が狩り残しを持ち帰ることを理解している可能性が高い。

 一度放棄した獲物を村人が解体しても、怒った例はない。

 反対に、まだ食べるつもりの獲物へ人間が気づかず不用意に近づけば、遠方からでも現れ、低い唸り声で追い払う。相手を殺す前に警告する点は、ほかの大型魔獣と比べても異例である。

 警告を無視した者がどうなったかについては、村人が急に口を濁したので、それ以上は尋ねなかった。聞かなくても、おおよそ想像はつく。


 村人は素朴で、よそ者を疑うより先に食事を出す。

 昼にはマレが、豆と塩漬け肉の煮込みを持ってきた。味はよかったが、匙が大きく、器も深く、食べ終えるまでにかなり時間がかかった。私が遅いのを見て、具が硬いのかと心配された。王都では普通の速度だと思う。こちらの人々が食べるのも歩くのも速い。


 午後、村の子どもたちが白虎の真似をして遊んでいた。

 一人が虎役となり、ほかの子どもを追いかけ、捕まった者は凍ったふりをして倒れる。

 虎役のペクが私へ飛びかかってきたため、反射的に避けたところ、本人は雪解け水の桶へ落ちた。泣き出したので引き上げたが、周囲の子どもは笑っていた。

 氷嶺白虎の幼獣が人間と遊ぼうとした場合も、構造としては似ているのだろう。ただし、桶へ落ちるのは人間の方で、咄嗟に避けた大人はあとで「抱きとめてやりなさいな」と注意を受ける。悪気はなかった。ペクにはみんなに内緒で秘蔵のチョコレートを捧げることにより、仲直りをした上で友達にしてもらえた。



 雪融月八日。


 早朝、旦那個体の狩りを観察した。

 同行者はバルトと、若い猟師のセム。前日の夕方、北の森で氷爪熊の鳴き声が聞こえたため、白虎が狙う可能性が高いと判断した。

 午前四時に村を出発し、残雪の斜面を登り、谷風を避けられる岩棚で待機した。


 日の出前、最初に氷爪熊が現れた。全長3.5mほどの雄。冬眠明けらしく腹部は痩せていたが、人間三人で対処できる相手ではない。

 熊が川沿いへ下り始めた後、旦那個体が森の奥から姿を現した。あれほど大きな身体でありながら、枯れ枝をほとんど踏まない。白い毛は残雪へ溶け込み、黒い縞だけが木の影のように動いた。


 旦那個体は地面へ腹を近づけ、熊との距離を縮めた。

 約30mまで接近したところで熊が振り返り、同時に白虎が飛び出した。

 一度の跳躍で10m以上を詰め、熊が後肢で立ち上がる前に肩へ衝突した。

 岩棚にいた我々の足元まで振動が伝わった。熊は前脚を振り下ろしたが、その爪が白虎へ届く直前、周囲の空気が白く曇り、熊の腕が肘から先まで凍結した。

 旦那個体は凍った前脚の下へ潜り込み、喉へ噛みついた。戦闘は十秒ほどで終わった。


 完全に動かなくなったことを確認した後、旦那個体は熊の腹部を裂き、内臓の一部を食べた。

 残りを運ぶため、重量を減らしているのだと思われる。

 こちらとの距離は100mに満たなかった。風向きから考えて、白虎は我々の匂いに気づいていた。実際、一度だけ顔を上げ、岩棚を見て望遠鏡越しに眼が合った。

 警戒も怒りも感じられず、木や岩を確認するのと同じ程度に我々を見て、すぐ獲物へ視線を戻した。敵意がないと判断したのか、そもそも取るに足らないと考えたのかは分からない。後者であっても、無視してもらえるなら異論はない。


 旦那個体は熊の首をくわえ、そのまま斜面を登っていった。

 熊の体重は少なく見積もっても700kg以上ある。旦那個体は前半身を持ち上げ、後肢を雪へ引きずりながら、ほとんど休まず森へ消えた。

 セムは観察中、一度も口を開かなかった。村へ戻ってからようやく、「あれの毛皮を取りに行く奴は自殺志願者でしかない」と言った。極めて妥当な見解である。

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