“勇敢なる若者 ラ・パウー”
白くて偉いものの若者、ラ・パウーが、一番目の叔母のもとへ向かったのは、空気が少し柔らかくなった頃だった。叔母のル・ナワーが四匹の子を産んだと聞き、同腹のきょうだいたちの中で最も強く、最も速く、ついでにいえば最も賢い自分が、幼い従弟妹たちの顔を誰より先に見に行くべきだと考えたのである。
誰かに頼まれたわけではなかった。ラ・パウーほど立派な雄になれば、頼まれるより先に相手の望みを察して動くものなのだ。
叔母のル・ナワーは、白くて偉いものの雌たちの中でも、とりわけ大きく、強く、偉い雌だった。少なくとも、ラ・パウーの知る雌の中では母親の次に偉く、母親が聞いていない場所であれば最も偉いと言っても問題のない雌である。
ラ・パウーは叔母のもとへ向かうため、四つの山を越え、三つの川を泳ぎ、二つの二本足の巣を遠くから覗いた。独り立ちする前、両親から二本足についての話は何度も聞かされていたが、なぜあれほど小さく、毛も薄く、牙も爪も貧弱なものを警戒しなければならないのか、ラ・パウーには未だによく分からない。
父親のラ・イーナはたいへん勇敢な雄だったが、二本足を見つけるたび、子ども達へわざわざその姿を見せ、決して近づいてはならないと教えた。
母親も同じだった。二本足が一匹でいたとしても、その一匹しかいないとは思うな。遠くに巣があり、巣の中にはさらに多くの二本足がいる。姿を見せずに傷つける道具を使い、弱いくせにいつまでも追ってくる。何より、何を考えているのか分かりにくいのだという。
二つ目の山を越える途中、ラ・パウーは鉄の皮を纏った二本足を数匹見た。二本足たちは遠くに立つラ・パウーへ顔を向け、口を横に大きく開き、揃って歯を見せた。
牙を見せるのは威嚇である。白くて偉いものならば子どもでも知っている。それなのに二本足たちは、威嚇をしながら、妙に浮ついた声を出し、仲間同士で背中を叩き合っていた。襲いかかるのか逃げるのか、どちらかにすればよいものを、二本足は態度が定まらない。
ラ・パウーが一歩近づくと、鉄の皮を着た二本足たちは威嚇をやめ、慌てて後ろへ下がった。やはり弱い。
道の脇には、彼らが落としたらしい鉄の欠片があったので試しに噛んでみたが、少し力を込めただけで曲がった。鉄の皮とて、白くて偉いものの牙にかかれば、冷えた肉より多少硬いだけのものだった。
まったくもって納得のいかない話である。白くて偉いものが、なぜあのような者どもを避けねばならないのか。向こうが我々を見つけ次第、勝手に避ければよいではないか。両親は年を重ね、少しばかり臆病の風に吹かれるようになったのかもしれない。
もっとも、ラ・パウーは両親を安心させるため、二本足を追いかけなかった。追いつけないからではない。追いかけるほどの価値がなかったからである。これは両親の教えに従ったのではなく、ラ・パウー自身の賢明な判断だった。
数日の旅を終え、叔母夫婦の住処がある谷へ入ると、覚えのない匂いがいくつも風に混じっていた。叔母とその番の匂い、その奥に重なる、乳と柔らかな毛と温かな肉の匂い。生まれたばかりの子ども達の匂いだった。
母親からは、子を産んだばかりの雌はたいへん気が立っているため、住処の外で必ず声をかけ、許しを得てから入るよう何度も言われていた。しかし、叔母の子であるならばラ・パウーにとっても自分の子と似たようなものである。自分の子のいる住処へ入るのに、いちいち許しを求める必要はないと考えた。
もちろん自分の子ではないし、似たようなものというだけで、実際には叔母の子だった。そもそもラ・パウーには番すらいなかったが、そのあたりは些細な問題である。いつか見つければよい。
ラ・パウーほど強く立派な雄であれば、美しく強い雌が向こうから現れ、共に広い縄張りを持ち、可愛い子を五匹か六匹ほど産むに決まっている。ラ・パウーは父親のラ・イーナより寛大で、母親よりも子どもを甘やかし、どの子からも最も尊敬される立派な父になるのだ。
ラ・パウーは住処の前で叔母を呼ばず、そのまま中へ入った。入口を抜けた途端、奥で取っ組み合っていた四つの小さなものが、いっせいに動きを止めた。
最も大きな雄のル・ガブは、きょうだいたちを守ろうとして前へ出たものの、急いだせいで自分の前足を踏み、鼻から転んだ。
左の前足にある縞が途中で切れている雄のル・ヴァウは、逃げようとして妹のル・ナーヤへぶつかった。
額の縞が丸いル・ナーヤは、押し倒された勢いで腹を上にし、その姿勢のまま固まった。
最後の一匹だけは逃げもせず、前へ出ることもせず、額に縞のない顔でラ・パウーを見上げていた。それがル・ガウーワだった。
四匹とも、たいへん小さかった。ラ・パウーの前足よりも小さく、腹は丸く、脚は短く、耳まで柔らかそうだった。白くて偉いものというより、白くて丸いものだった。
次の瞬間、四匹はそれぞれ違う声を上げ、互いの上へ乗り、押し、潜り込み、あっという間にひとつの小さな塊になった。
たいへん騒がしかったが、ラ・パウーはすぐに、自分の訪問が歓迎されているのだと理解した。ル・ガブが転んだのも、ル・ヴァウが逃げたのも、ル・ナーヤが腹を出したのも、立派な従兄の突然の登場に感激したためだろう。
ラ・パウーが、小さな塊を鼻先で確かめようと一歩踏み出したところで、背後から雪を踏み砕く音がした。
振り返るより先に、白い巨体がラ・パウーの横へ飛び込んだ。首の後ろを咥えられ、足が地面から離れ、そのまま住処の外へ放り出された。ラ・パウーが雪の上で体勢を立て直すより早く、叔母のル・ナワーが背中へ前足を乗せた。
耳は伏せられ、尾は太く膨らみ、白い毛の下では肩の筋肉が山のように盛り上がっている。ラ・パウーは母親以外の雌を恐れたことなど一度もなかったが、このときばかりは、母親から言われたことを少しだけ思い出した。子を産んだばかりの雌は気が立っているというのは、どうやら本当だったらしい。
叔母はラ・パウーを雪へ押さえ込みながら、なぜ呼ばずに入ったのか、なぜ子ども達を怖がらせたのか、母親から何も教わらなかったのかということを、牙と爪を使わず、しかし牙と爪を使われるよりも恐ろしい方法で伝えた。
ラ・パウーは、自分はすでに独り立ちした立派な雄であり、首を咥えて運ばれるような子どもではないと思った。しかし叔母の前足は重く、雪から顔を上げることもできなかったので、ひとまず深く反省しているような姿勢を取った。
もちろん、本当に悪かったとはそれほど思っていない。小さいものは、大きく強いものを見れば驚くものである。
それはラ・パウーの責任ではない。山が高いことを責める者はいないし、川が速いことを叱る者もいない。ラ・パウーが大きく、強く、立派であることも、それらと同じように仕方のないことだった。
叔母の後ろから、もう一匹の大きな雄が現れた。叔母の番であるル・ガヴァウだった。身体の大きさこそ叔母よりわずかに小さかったが、肩は岩のように厚く、あれほど急いで戻ってきたはずなのに、呼吸ひとつ乱れていない。
ル・ガヴァウは雪へ押しつけられているラ・パウーを一度見たあと、すぐに住処の奥へ入った。四匹の子どもを一匹ずつ鼻先で確かめ、頭から尾まで匂いを嗅ぎ、誰にも怪我がないと分かってから、ようやくラ・パウーへ顔を向けた。
ラ・パウーは、自分より強い雄がこの世にいるかもしれないと、そのとき初めて考えた。ル・ガヴァウは強いだけではない。強いことを、わざわざ見せようとしない。雪の上を歩いても音を立てず、子どもへ近づくときにはさらに身体を低くして、子ども達によく慕われている。
その日の夕方、ル・ガヴァウは大きな角を持つ獣を咥えて帰ってきた。その首は一度で折られていた。ラ・パウーであれば、あれほど大きな獲物を仕留めたならば、住処の前から引きずって音を立て、子ども達が起きるまで何度も置き直したかもしれない。
ル・ガヴァウは、眠っている子ども達を起こさないよう足音を消して獲物を置き、一匹ずつ鼻先で確かめた。最後にル・ガウーワを長く嗅ぎ、その小さな身体がきちんと呼吸していることを確かめてから、ようやくル・ナワーの隣へ伏せた。
ラ・パウーは、ル・ガヴァウをたいへん立派な雄だと思った。いつか自分も、このような雄になるのだ。叔母のように大きく強い雌を番にし、二匹で広い縄張りを守り、住処の中を小さな子ども達でいっぱいにするのである。
子どもは四匹でもよいが、できればもっと多い方がよかった。五匹いれば五匹から慕われ、六匹いれば六匹から尊敬される。たくさんいるほど気分がよいに決まっている。
十匹くらいいてもよい。ラ・パウーは有能な雄なので、全員を腹いっぱい食べさせるだけの狩りを毎日してやることができる。強き者が幼く弱い者を養うのは、雄として当然の義務だった。
翌朝になると、四匹の子ども達はもうラ・パウーを怖がらなくなっていた。むしろ、怖がらなすぎるほどだった。
ル・ガブはラ・パウーの背中へ登ろうとし、ル・ヴァウは尾へ噛みつき、ル・ナーヤは頬の毛へぶら下がった。
ル・ガウーワだけは少し離れたところからその様子を見ていたが、兄姉たちがあまりにも遠慮なくラ・パウーへ群がるのを見かねたらしく、一匹ずつ足へ噛みついて引き剥がし始めた。
ラ・パウーを助けようとしたのだろう。小さく、言葉もよく分からない子でありながら、たいへん見どころがある。
ラ・パウーが前足の間へ抱え込んで頭を舐めてやると、残る三匹は不満そうに鳴き始めた。ラ・パウーとしては一匹を特別扱いしたつもりはなく、助けてくれた者へ礼をしただけなのだが、子どもは物事の道理をまだ知らないらしい。
それから数日のうちに、四匹はすっかりラ・パウーへ懐いた。朝になればラ・パウーを探し、狩りへ出ようとすれば足元へまとわりつき、帰ってくれば父親へ向かうときと同じほどの勢いで駆け寄ってくる。
ラ・パウーは、子どもに懐かれるのはたいへん気分がよいことだと知った。
自分が強く、速く、立派だから懐かれるのである。弱く醜いものに子どもが寄っていくはずはない。
ラ・パウーは四匹を背中へ乗せて歩き、転がる雪玉を追わせ、凍った水面へ映る自分たちの姿を見せた。
ル・ガブは何にでも飛びかかり、ル・ヴァウは何にでも噛みつき、ル・ナーヤは兄たちが失敗するまで待ってから同じことをした。
ル・ガウーワは三匹が遊んでいるのを眺めている時間が長かったが、楽しくないわけではないらしく、ときどき身体を揺らし、二本足の幼子のような妙な声を出した。
ル・ガウーワは雄でも雌でもない子だった。
白くて偉いものには、ごく稀に、匂いにも身体にも雄と雌のどちらかへ分かれる印が揃わない子が生まれる。
そうした子は、身体を大きくする力も、寒さへ耐える力も、氷を操る力も、同じ年頃の子より弱いことが多いとされていた。家族の言葉を覚えられず、自分だけの音を繰り返す子もいる。
ル・ガウーワがどれほど当てはまるのか、ラ・パウーには分からなかった。
ただ、ほかの三匹より身体がわずかに小さく、氷を生み出す様子がなく、家族の呼びかけにもすぐ反応しないことは確かだった。代わりに、ときどき聞いたことのない音を連ね、まるで二本足のような声で何かを話した。
そのように生まれた子は、長く生きられないことが多い。幼いうちに寒さへ耐えられなくなる者もいれば、大きく育たず、狩りを覚える前に弱ってしまう者もいた。
無事に成獣となっても、二本足と同じほどの年月で命を終えると、ラ・パウーは教えられていた。
叔母もル・ガヴァウも同じ話を知っている。けれどル・ガウーワ本人だけは、自分がそのように見られていることを知らなかった。知るための言葉が通じないのだから、教えることもできない。
可哀想なことである。
けれどもル・ガウーワは、自分を可哀想だとは思っていなかった。朝になれば目を覚まし、母親の腹へ潜り込み、きょうだいに押されれば押し返し、腹が減れば鳴き、雪が降れば口を開けて食べようとした。
何かが少しずつ足りないはずなのに、楽しく生きるためのものだけは、少しも不足はないようだった。
ラ・パウーは、ル・ガウーワが生きられる時間が短いのなら、その短い時間の中へ、ほかの者よりたくさん楽しいものを詰め込んでやろうと考えた。
高い山から見える朝日も、春にだけ咲く青い花も、夏の短い夜に光る虫も、凍った滝の裏側も見せてやろう。食べたことのない獲物を食べさせ、入ったことのない浅瀬へ連れていき、叔母に叱られない程度に遠くまで歩かせてやる。
そうすればル・ガウーワは、長く生きられなくても、長く生きた者より多くの楽しいものを知ることができる。たいへんよい考えだった。自分はやはり、強く速いだけでなく、心の優しい賢い雄でもある。
世話をはじめてしばらく経った頃、叔母とル・ガヴァウは揃って狩りへ出ることになり、ラ・パウーが四匹の子守りを任された。
叔母は、住処から遠くへ行かないこと、崖へ近づけないこと、深い川を渡らせないこと、南にある二本足の巣へは絶対に近づかないことを、何度も念を押した。
ラ・パウーはすべて理解していた。理解したうえで、住処の周りだけでは見せられるものが少ないと考えた。
二本足の巣へ入るつもりはなかった。ただ、その近くには見たことのないものがたくさんある。
細く長い煙を吐くもの、風がなくても回るもの、同じ形に切った木を並べた囲い、獣の皮を被せた奇妙な荷物。遠くから眺めるだけなら、巣へ近づいたことにはならない。少なくともラ・パウーの考えではそうだった。
ラ・パウーは四匹を連れ、雪の匂いを嗅ぎながらゆっくり山を下りた。
ル・ガブとル・ヴァウはすぐに先へ走り出そうとするので、そのたびに前足で押さえた。ル・ナーヤは木の根元にある穴へ顔を入れ、抜けなくなったところを首の後ろを咥えて引き抜いた。ル・ガウーワは皆のあとを懸命についてきたものの、短い足が雪へ沈み、次第に遅れ始めた。
ラ・パウーはル・ガウーワの首の後ろを咥えて運んだ。叔母ほど上手くはできず、身体が傾くたびに足を止めて咥え直すことになったが、牙が皮膚へ食い込まないよう十分に気をつけた。
ル・ガウーワはぶら下がったまま前足を伸ばし、流れていく雪へ触ろうとしていた。危ないので短く窘めると、意味は分からないながらも声の調子を察したらしく、前足を引っ込めた。
途中、腹を空かせた子ども達が鹿を見つけた。
無邪気に飛びかかった子ども達は鹿に反撃されて雪の上に落ちていく。受け身なら取れるはずなのに、しょうがない奴らだ。誰も怪我はしていなかったが、驚いた四匹はひとつの塊になり、揃って鳴き声を上げた。
ラ・パウーが世話をしている子ども達を泣かせるとは、なんと不敬な食い物だろうか。
ラ・パウーは鹿の正面から静かに距離を詰めた。鹿が首を振り、角を向けてきたが、避ける必要はなかった。前足を角の根元へ落として頭を雪へ押し下げ、そのまま首へ牙を立てる。骨が折れる音がひとつして、鹿はその場へ崩れ落ちた。
鹿が雪の上へ倒れると、四匹は鳴くのをやめた。倒れた鹿とラ・パウーを何度も見比べ、次いでたいへん尊敬しているらしい目で見上げてきた。
なんと気分のよいことだろう。
ル・ガウーワなど、ラ・パウーの前足へ身体を押しつけ、血のついていない頬を何度も舐めた。ラ・パウーは少しばかり腹が空いていたが、いちばん柔らかく、いちばん美味しいところは、すべて子ども達へ譲ってやることにした。
強い者が弱い者へ良い肉を与えるのは当然であり、子ども達がそれを喜ぶなら、なおさらだった。
子ども達を一匹も見失わず、誰にも怪我をさせず、楽しいものを見せ、腹まで満たしている。子守りというものは、思っていたより簡単だった。
叔母があれほど細かく注意した理由が分からない。ラ・パウーはすでに、立派な父親になるための力を十分に持っているようだった。
二本足の巣からまだ距離のある、雪の薄い平地へ着くと、ラ・パウーは四匹を降ろした。湿った土や見慣れない草の匂いが濃く、木の種類も住処の周りとは違っていた。
辺りは広く開け、身を隠せる場所も少ない。少しくらい自由に遊ばせても、すべて見渡せる。
ラ・パウーは、目の届くところから離れないよう伝えた。しかしル・ガウーワには言葉が通じないので、鼻先で軽く押し、遠くへ行かないよう身振りでも教えた。
ル・ガウーワは分かっているのかいないのか、ラ・パウーの鼻へ自分の鼻を触れさせてから、きょうだいたちを追っていった。
ル・ガブは地面の匂いを追ううち、うさぎの巣穴らしい穴を見つけ、迷わず頭を突っ込んだ。しばらくは前足で機嫌よく土を掻いていたが、やがて後ろ足をばたつかせ始めた。自分で入ったくせに、抜けなくなったらしい。ル・ガウーワに引きずり出されてから、泣きついてきた。
ル・ヴァウは見慣れない草を噛み、ひどく不味そうな顔をしながら、なぜか何度も同じ草を噛んだ。ル・ナーヤは細い木へ爪を立て、樹皮へ浅い傷をつけている。あれほど小さな傷では、次に雪が降れば見えなくなるだろうが、本人は自分の縄張りを作ったつもりらしく、たいへん満足そうだった。
ラ・パウーは泥まみれになったル・ガブの頭を舐めてやり、小さな頭が左右へ揺れるのを見下ろしていた。ル・ガブは自分こそ被害者であるという顔をしながら、ラ・パウーの前足へぴったり身体を寄せてくる。
子どもというものは、何をしていても無邪気で、たいへん可愛いものだった。
ル・ガウーワはル・ガブを助けたあと、三匹から少し離れて倒木の周りを眺めていた。ラ・パウーは雪の残っている場所へ腹をつけ、白い毛を周囲へ溶け込ませながら四匹を見張った。
そのとき、風に二本足の匂いが混じった。
一匹ではない。三匹いた。一匹は持っていた長い武器をすでに地面へ置き、残る一匹は弓を手にしたまま、こちらの様子を窺っている。敵意がないことを示しているつもりなのかもしれない。残る一匹だけが、仲間から離れてこちらへ近づいてきた。
ラ・パウーはすぐに立ち上がらなかった。二本足がどのように動くのか確かめるため、雪の中へ伏せたまま匂いと足音を追った。
二匹は止まっている。近づいてくる一匹は雌で、足音を隠すこともなく、真っ直ぐル・ガウーワへ向かっていた。
ル・ガウーワは茂みの向こうにいる二本足へ気づいていなかった。夢中になって地面へ鼻を近づけている。
枝が揺れ、二本足の雌が茂みから姿を現した。ル・ガウーワが顔を上げる。二本足も足を止めた。
次いで、その雌は目を大きく見開き、口を横へ開き、歯を見せた。
威嚇だった。
二本足は、やはり分かりにくい。威嚇をしているくせに大袈裟な動きをして、声を高くし、まるで求愛する鳥のような動きをする。
ラ・パウーが山を越える途中に見た者たちもそうだった。歯を見せながら逃げもせず、襲いもせず、仲間同士で騒いでいた。
今度の二本足は逃げなかった。大きな声を出しながらル・ガウーワへ近づき、身体を低くした。
相手と目の高さを合わせ、牙を見せ、さらに距離を詰める。白くて偉いもの同士であれば、明らかな挑発だった。
ル・ガウーワの耳が伏せられた。身体が固まり、足が雪へ縫いつけられたように動かなくなる。二本足はそれを服従と受け取ったのか、片方の前足を伸ばした。
毛のない細い指が、ル・ガウーワの額へ向かう。
それまで聞いたことのないほど鋭く、高い声を、ル・ガウーワが上げた。言葉の意味は分からなかったが、ラ・パウーを呼び、助けを求めていることだけは分かった。
考えるより先に、ラ・パウーの身体は雪を蹴っていた。
一度地面を踏んだだけで、景色が後ろへ流れた。腹を雪へ擦りそうなほど低く伏せ、ル・ガウーワと二本足の間へ滑り込む。二本足の前足がまだル・ガウーワへ届く前に、ラ・パウーは身体をひねった。
前足を振れば、二本足の頭など簡単に砕ける。爪を出す必要すらない。しかし、叔母から二本足を殺してはならないと教えられていた。子ども達の前で食べ物でもないものを殺すのも、あまりよいことではない。
ラ・パウーは爪を引っ込め、ル・ガウーワの頭上を掠める位置で前足を振り抜いた。引き裂かれた空気が小さな身体を横から押し、ル・ガウーワだけを二本足の手が届かない場所へ転がす。痛めるほど強くはない。雪の上へ移すだけの、十分に加減した一撃だった。
同時に、ラ・パウーの後ろ足が地面へ落ちた。雪の下の凍った土が砕け、石と空気が下から弾ける。足をすくわれた二本足の身体は茂みへ背中から突っ込み、枝を何本も折りながら雪の上へ落ちた。二度、三度と転がり、岩の手前で止まる。身につけていたものがひとつ、空へ高く舞ってから遅れて落ちた。
ラ・パウーは追わなかった。ル・ガウーワの前へ四本の足を据え、毛を逆立て、牙を見せた。遠くにいる残りの二本足の位置も分かっている。こちらへ近づくならば、次は同じようには済ませない。
ラ・パウーが息を吸うと、胸元に積もっていた雪が風もないのに後ろへ退いた。喉の奥から放った声は、地面を震わせ、枝の雪を落とし、倒れた二本足の衣を揺らした。
ル・ガブとル・ヴァウとル・ナーヤが駆け寄り、ル・ガウーワを左右から挟んだ。ラ・パウーは四匹がすべて背後へ集まったことを確かめ、もう一度、倒れた二本足へ牙を向けた。
倒れたものからは血の匂いがしたが、胸は動いている。死んではいない。ラ・パウーはきちんと加減したのである。小さく弱いものを殺さず、四匹の子どもを一匹も傷つけず、危険だけを見事に退けた。
これは子ども達がいつまでも覚えておくべき、たいへん立派な出来事だった。
ル・ガウーワがラ・パウーの後ろ足へ身体を押しつけた。残る三匹もその周りへ集まり、尾や腹へ鼻先を埋める。怖いものから守られ、安心しているのだろう。
ラ・パウーはたいへん気分がよくなった。叔母とル・ガヴァウが来れば、きっと褒められる。危険な二本足を殺さず、子ども達にも怪我をさせず、見事に追い払ったのだ。少なくとも、よくやったという顔くらいはされるに違いない。
やがて、森の奥から重い足音が聞こえた。枝を避けず、木々へ自分たちの到着を知らせるように、叔母夫婦が真っ直ぐこちらへ向かってくる。ラ・パウーの声を聞き、狩りを中断して駆けつけたのだ。
最初に現れたのは叔母だった。口元を獲物の血で濡らし、耳を前へ向け、太い尾を真っ直ぐ後ろへ伸ばしている。そのすぐ後ろには、胸元へ血をつけたル・ガヴァウがいた。
叔母夫婦は倒れた二本足より先に、四匹の子どもを見た。叔母は一匹ずつ鼻で押し、転がしながら、四匹すべてが揃っていることを確かめた。ル・ガヴァウは子ども達の前へ身体を低くし、すぐに一匹目の匂いを嗅ぎ始める。
叔母は四匹が少なくとも立って動けることを確かめると、最後にラ・パウーを見た。
ラ・パウーは胸を張り、耳を立てた。倒れている二本足へ視線を向け、次に無傷の子ども達を見る。何が起き、誰が守ったのか、これだけで十分に伝わるはずだった。
叔母の耳が横へ開いた。
ラ・パウーは、その耳の形をよく知っていた。母親が、怒る前にする形だった。
ラ・パウーの耳も横に開いていく。これは嫌な予感がある時の耳だ。説明しようと口を開いた瞬間、叔母の前足が横から飛んできた。
肉球がラ・パウーの頬へまともに入り、顔が横を向き、肩が回り、身体までついていった。足が雪から離れ、ラ・パウーは横向きのまま吹き飛ばされた。二度ほど雪の上を転がり、木の根元へぶつかる。枝から落ちた雪が、頭から背中へまとめて降りかかった。
ラ・パウーは何が起きたのか分からないまま起き上がろうとした。叔母の怒声が飛び、身体が勝手に低くなる。もう一度立とうとすると、叔母が目の前まで来ていた。
叔母は、なぜ子ども達をここまで連れてきたのかということを、最初の一声で伝えた。ラ・パウーが、二本足の方から近づいたのだと説明しようとすると、前足で頭を叩かれた。
確かに音は大きかったが、痛みはそれほどでもない。叔母は手加減している。手加減しているからこそ、これは戦いではなく、子どもを叱るための一撃だとはっきり分かった。
ラ・パウーはもう子どもではない。独り立ちした雄であり、鹿を一撃で仕留め、二本足を殺さず吹き飛ばし、四匹の幼獣を守り切った。それなのに叔母は、ル・ガブとル・ヴァウとル・ナーヤとル・ガウーワが見ている前で、ラ・パウーの頭を何度も前足で叩いた。
子ども達は父親の前足の間へ集められ、四匹並んでこちらを見ていた。
ラ・パウーは、それが何よりも辛かった。
二本足の前で叩かれるだけならば、どうでもよい。あれらは白くて偉いものの事情を知らない。叔母やル・ガヴァウの前で叱られるのも、まだ耐えられる。年長の親族が若い者を教えることは、どの家族にもある。
しかし、つい先ほどまでラ・パウーの強さに感激し、身体を寄せ、守られて安心していた四匹の前で、子どもと同じように頭を叩かれているのである。
ラ・パウーは、二本足がル・ガウーワへ歯を見せたことを伝えた。叔母は、そもそも二本足のいる場所へ連れてくるなと頭を叩いた。
二本足が手を伸ばしたことを伝えた。叔母は、その手が届く距離へ近づけるなと頬を叩いた。
誰にも怪我をさせずに守ったことを伝えた。叔母は、危険が起きてから守ったことを誇るなと額を押した。
危険が起こる前に避けることこそ子守りであり、子どもを危険へ連れていき、自分で救って得意になるのは、守ったことにはならないらしい。
ラ・パウーは、守れたのだからよいではないかと思った。しかし、それを伝えかけたところで叔母の前足が持ち上がったため、口を閉じた。
ル・ガヴァウは叔母の隣へ立たず、四匹の子どもを一匹ずつ調べ続けていた。特にル・ガウーワの顔には二本足の匂いが残っていたらしく、耳、頬、額、首まで何度も舐めた。ル・ガウーワの毛はあちらこちらへ倒れ、全身がひどくぼさぼさになった。
ル・ガヴァウは四匹を前足の間へ並べ、一匹、二匹、三匹、四匹と、何度も数えるように鼻を押しつけた。四匹すべてが無事だとようやく納得すると、肩から少しだけ力を抜いた。
その姿を見て、ラ・パウーは、自分が叔母夫婦をどれほど心配させたのかを少しだけ理解した。
少しだけである。
叔母はまだ怒っていた。ラ・パウーが倒れた二本足の方へ目を向けると、それだけでまた頭を叩いた。遠くにいる二本足が仲間を助けようとしているのを警戒しただけなのに、叔母には叱られている最中によそ見をしたと思われたらしい。
ラ・パウーはとうとう雪の上へ腹をつけた。耳を伏せ、前足の上へ顎を置き、叔母が怒り終えるのを待つ。
たいへん屈辱的だった。
四匹は、まだ見ている。ル・ガブは首を傾げ、ル・ヴァウは耳を前へ向け、ル・ナーヤは父親の前足へ半分隠れている。ル・ガウーワは全身の毛をぼさぼさにされたまま、丸い目でラ・パウーを見つめていた。
きっと失望している。
自分たちを守った立派な雄が、実は叔母に頭を叩かれ、雪へ伏せさせられる程度の者だったと知ってしまったのだ。ラ・パウーが十匹の子どもから尊敬される未来は、このとき少し遠くなった。
離れていた二本足たちが、武器を地面へ置き、倒れた仲間へ近づいた。叔母もル・ガヴァウも追わなかった。二本足たちは傷ついた一匹を抱え、後ろ向きに離れていった。
それを見送ってから、叔母はようやく叱るのをやめた。ラ・パウーの頬と前足の匂いを嗅ぎ、怪我がないかを確かめる。自分で叩いたくせに確認するのだから、雌というものは難しい。
ラ・パウーが顔を上げると、叔母は額へ前足を乗せ、もう一度雪へ押しつけた。まだ許したわけではないらしい。
鼻先を雪へ埋めたまま、ラ・パウーは大きく息を吐いた。白い粉が左右へ飛ぶ。
もう二度と子守りなどしない方がよいかもしれない。
立派なことをしても褒められず、少し道を間違えただけで、子ども達の前で何度も叩かれる。明日の朝になったら自分の縄張りへ帰ろう。叔母から頼まれたとしても、しばらくは来ない。四匹のことなど知らない。勝手に雪へ埋まり、勝手に穴へ頭を入れ、勝手に不味い草を食べればよい。
そう考えていると、小さな足音が近づいてきた。
ル・ガウーワだった。
父親の前足の間から抜け出し、ぼさぼさの腹を雪へ擦りながらラ・パウーのところまで来る。叔母の前足で押さえられている鼻先へ、自分の小さな鼻を触れさせた。
ル・ガウーワの口から、二本足の言葉らしい音がこぼれた。意味は分からない。しかし、声は柔らかく、怖がってもおらず、ラ・パウーを馬鹿にしてもいなかった。
感謝しているのかもしれない。
ラ・パウーが顔を上げようとすると、叔母の前足へ押し戻された。ル・ガウーワはそれでも離れず、ラ・パウーの頬へ小さな身体を押しつけた。
叔母の前足の力が少しだけ緩んだ。ラ・パウーは顔を上げ、ル・ガウーワの頭をひと舐めした。ぼさぼさになっていた毛が、少しだけ正しい方向へ戻った。
帰り道、ル・ガウーワはル・ガヴァウが首の後ろを咥えて運んだ。ル・ガブとル・ヴァウが先へ行こうとするたび、ラ・パウーは前足で止めた。ル・ナーヤが何かを追いかけようとすれば、首の後ろを咥えて戻した。
行きよりもずっと時間がかかった。叔母はラ・パウーのすぐ隣を歩き、少し進むたびに残る三匹を振り返った。
ル・ガヴァウも、口元にル・ガウーワを提げたまま、何度もこちらへ目を向ける。見張られているようでたいへん気分が悪かったが、自分が叔母夫婦の立場ならば同じことをするかもしれないとも思った。
住処へ戻ったあとも、叔母はラ・パウーへいつもの寝床を使わせず、入口に近い少し離れた場所へ伏せさせた。謹慎というものらしい。
四匹は叔母夫婦の腹の間へ集められ、いつものように毛を舐められ、丸い塊になって眠り始めた。ラ・パウーは少し離れた場所へ顎を置き、目を閉じた。
今日はたいへん疲れた。子守りは簡単なはずだったが、子どもは勝手に走り、勝手に転び、勝手に危険へ近づく。しかも、守っただけでは褒められず、危険へ近づけたことを叱られる。
いつか自分に子どもができたならば、六匹ではなく、まず二匹くらいにしておいた方がよいかもしれなかった。十匹などもってのほかである。十匹もいれば、十匹がそれぞれ違う穴へ頭を突っ込むに決まっている。
それに、四匹はもうラ・パウーを尊敬していないかもしれない。二本足を吹き飛ばした姿より、叔母に叩かれ、雪へ伏せさせられた姿の方が、あとに見たぶん強く残っているだろう。
ラ・パウーは、たいへん不愉快な気持ちで目を閉じた。
しばらくすると、腹のあたりへ小さな温かいものが触れた。
目を開けると、ル・ガウーワが身体を押しつけていた。叔母夫婦の間から抜け出し、ラ・パウーのところまで来たらしい。胸元へ鼻を埋め、前足を腹の毛へ乗せ、そのまま丸くなった。
すぐ後ろからル・ナーヤが来て、ラ・パウーの前足の間へ入った。ル・ヴァウは背中側へ身体を寄せ、最後にル・ガブが尾を枕にして横になった。
四匹とも、自分たちの母親と父親のそばではなく、ラ・パウーのところへ来たのである。
ラ・パウーは動かなかった。動けば四匹が起きてしまう。腹の毛を踏まれ、前足を枕にされ、尾へ牙を当てられていたが、少しも不快ではなかった。
ル・ガウーワはラ・パウーの胸元へ鼻先を埋め、眠りながら小さな声を出した。自分の命が短いかもしれないことも、今日自分へ伸ばされた手をラ・パウーがどれほど恐ろしいものだと思ったのかも、叔母に叩かれながらラ・パウーがどれほど恥ずかしかったのかも知らない声だった。
四匹は、ラ・パウーが叔母に叱られたことを気にしていないらしい。
むしろ、母親に叩かれても、雪へ押さえつけられても、自分たちを守った雄のそばで眠りたいと思っている。
ラ・パウーの機嫌は、すっかり直った。
叔母の言うことも、少しくらいは正しかったのかもしれない。次に楽しいものを見せるときは、二本足の巣からもっと遠い場所にする。深い川を渡らず、崖へも近づかず、叔母から言われた範囲を、今度はもう少しだけ守る。
同じ間違いを二度も繰り返すつもりはない。ラ・パウーは強く、速く、賢く、今日より明日の方がさらに立派になる雄なのだ。
それに、子どもが四匹くらいなら、やはり悪くない。六匹でも、少し頑張ればどうにかなるかもしれない。十匹については、番となる雌とよく相談してから決めることにする。
ラ・パウーは四匹の温かさを腹と背と前足と尾に感じながら、たいへん満足して目を閉じた。明日になれば、住処の近くにある安全な雪山で、今日よりもっと格好いいところを見せてやるつもりだった。




