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最強つよつよ白虎になって異世界を無双しよう!  作者: もこもこハダカデバネズミ


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9/9

ぴにゃあ~

 叔父虎が人間を吹き飛ばしたあと、森はしばらく静かだった。


 あれだけ大きな音がしたのに、鳥の声ひとつ聞こえない。倒れた人間も起き上がらず、叔父虎は私たちの前に立ったまま、低く唸っている。

 普段は私たちが飛びつきやすい角度にだらりと垂れている尻尾が雪の上をゆっくり左右へ動き、背中の毛はまだ少し膨らんでいた。


 怒っている。とても怒っている。


 でも叔父虎はこちらへ牙を向けているわけではないので、私は別に怖くなかった。むしろ、その大きなお尻の後ろはたいへん安全そうである。なんて頼りがいのあるおしり。


 人間が何をするつもりだったのか私には分からなかったけれど、叔父虎は分からないものが私へ触れる前に止めてくれた。


 少々勢いが余った結果、人間が飛んでいったけど、大きさがこんなに違うなら仕方ない。あの人間も小さかったから子供なんだろう。子供っていうのは万能感があるものだから、仕方ない。私だっていま、最強つよつよ白虎を自認してるし。


 叔父虎の威嚇攻撃でバーンと投げ出された人間は、着地には失敗した。倒れた人間からは血の匂いがする。鹿の血にも似ているけれど、よく嗅ぐと少し違う。じわじわと出血していたらしい。服の下から流れた血が雪へ染み込み、白いところへ赤い染みを作っている。


 胸は動いているので、たぶん死んではいない。よかった。いや、叔父虎が襲われかけた私を助けてくれた結果なので、私がよかったと言っていいのかは分からないけれど、死んでいないならそれに越したことはない。私は平和主義なつよつよ白虎。ごはん以外の死はちょっぴり悲しくなる繊細な心の持ち主。


 そこで、倒れた人間よりずっと向こう、木と岩の隙間に別の人間が二人いるのにも気づいた。


 こちらを見たまま動かない。一人は弓らしきものを持ち、もう一人は腰を落として、いつでも逃げられるような格好をしている。


 叔父虎に教えようかと思ったけど、今でもかなり怒っているのに、人間がまだ二人いると知ったらもっと怒るかもしれない。

 追加の人間です。二名様ご案内です。そういう報告は必要だろうかと迷っていると、叔父虎の視線がちらっとそちらへ向いた。ほんの一瞬だったけれど、間違いなく見た。

 その後は何事もなかったように倒れた人間へ視線を戻したので、分かっていて無視しているらしい。近寄ってこない人間より、私たちのそばに倒れている人間を警戒しているのだろう。


 怒っていても叔父虎はちゃんと周りを見ていた。さすが大人の虎である。私なら二人目を見つけた時点で、三人目はいないかな、と探すのに夢中になっていたと思う。


「ぴにゃあ~」


 後ろできょうだいが鳴いた。さっきまで私と一緒になって人間を眺めていた子である。叔父虎の太い尻尾で進路まで塞がれているのが不満なのかもしれない。


 「見えないよ~」かもしれないし、「どうしたの~」かもしれない。けれど、鼻をひくひくさせながら倒れた人間の方を見ているので、もしかすると『たべたい~』かもしれなかった。我ら肉食獣。血の匂いがするとお食事の時間だと認識する、可愛らしきお年頃である。


 ついさっき鹿を食べたばかりでも、目の前に肉があれば別腹なのだろう。

 甘いものは別腹という話なら前世でも聞いたことがある。肉が別腹とは聞いたことがないが、今の私たちに甘味を出してくれる店はないので、仕方なく肉が担当しているのかもしれない。


「ぴにゃ、ぴにゃあ~」


 別の子まで鳴き出した。最初の子の肩越しに顔を出し、血の匂いがする方へ鼻先を伸ばしている。え、さすがに人間を食べるのは嫌だなあ……。


 一応前世は同族だったので……。今は人間を見ても、毛が少なくて寒そうだなとか、身体が細くて肉があまりついていないなとか、そういう肉食獣寄りの感想が先に出るようになってしまったけれど、心のどこかにはまだ人間だった頃の私が残っている。たぶん。人間を見て食料だと思わない程度には残っている。血の匂いでちょっとお腹が空いたような気がするのは、身体の方の都合であって私の責任ではない。私は悪くない。お腹も悪くない。悪いものがあるとしたら、こんなに分かりやすく血を流している人間の方。いや、怪我人へ責任を押しつけるのはよくない。前世の倫理観が辛うじて戻ってきた。


 そう考えていると、遠くから音がした。


 ドス、ドス。雪の上を歩いているとは思えない重い足音が、こちらへ近づいてくる。それと同時に、知っている匂いも風に混じった。


 毎日くっついて眠り、何度も舐められ、私たちの身体へすっかり染みついている匂い。安心できる我が家の匂いだった。ドス、ドス。バキ、バキ。途中にある枝を避ける気もないらしく、木の折れる音まで聞こえる。


 普段の父と母は、あの大きさでどうやっているのか不思議なくらい静かに歩く。寝ている私たちのすぐそばまで音もなく近づき、突然鼻先を押しつけて起こしてくることもある。

 今は隠れるつもりがない。むしろ、これからそちらへ行くぞ、逃げるなら今のうちだぞ、と森じゅうへ知らせるように、わざと音を立てていた。


 木々の間から出てきたのは、想像通り我が両親だった。


 叔父虎がさっき上げた遠吠えは、最高責任者への呼び出しだったのかもしれない。敵襲! とか、子供たちが襲われてるぞー! とか、早く来てくれー! とか。

 

 父と母はデートついでにお食事をしていたらしく、いつもはお互いに毛繕いをしてぴかぴかにしている顔が、今日は口元を中心に血でべったり汚れていた。

 母は顎から頬にかけて赤黒く濡れ、父の胸元にも血が飛んでいる。獲物を食べ終えてから顔を洗う暇もなく、大急ぎで来てくれたらしい。私にとっては見慣れた父と母でも、人間から見れば、血まみれの巨大な白虎が二匹、枝をへし折りながら現れたのである。離れたところにいた二人の人間が、揃って後ずさった。


 に、人間、逃げてー!


 倒れている仲間を置いていくのはよくないけれど、いったん逃げてから人数を集めて戻ってくる方がいいかもしれない。今の父と母は、事情を知らない者が見れば、お食事の続きが自分たちになったと誤解しても仕方がない姿だった。

 私が人間なら、たぶん泣く。弓を持っている方の人間が倒れている方に向かおうとして、もう一人がその背中を羽交い締めにして止めている。すごい。音がほとんどない。何かは分からないけどプロの仕事だ……。


 母が私たちの傍に来て、鼻でいっぴきいっぴきの頭を丁寧にぶにぶにと押した。四匹いることを確認し、木の下まで転がす。ぴにゃぷにゃと文句を言いながら転がされた私たちは、何やら大人たちがヒリついているぞ……という気配だけ察して、大人しく小虎団子になった。母は倒れた人間を見て、最後に叔父虎の顔を見た。


 叔父虎の耳が、わずかに横へ開く。さっきまで人間へ向けていた立派な耳が、急に都合の悪いことを思い出したような形になった。


 母はそのまま叔父虎との距離を詰め、叔父虎が何かを説明しようと口を開けるより早く、早く前足を振った。ばしん、と大きな音がする。


 母の肉球が叔父虎の横っ面へまともに入り、叔父虎の顔がぐにゃりと横へ向く。顔だけでは済まず、肩が回り、胴体までついていき、父と大きさの変わらない虎が雪の上を横向きに吹っ飛んだ。


 叔父虎は二度ほど転がって木の根元へぶつかり、枝から落ちてきた雪を頭からかぶった。


「おじちゃーん!」


 私は思わず声を上げた。叔父虎が人間を吹き飛ばした時よりよく飛んだ。母は強い。知っていたけれど、外での母は想像以上に強い。住処の中では力をセーブしていたんだ……。本気を出すと壊しちゃうから……。


 叔父虎はすぐに起き上がり、身体についた雪を振り払おうとしたが、その前に母の大声が飛んだ。


「ガァアアアアアアッ!」


 空気がびりびり震えた。

 倒れている人間の上着が風を受けたように揺れ、遠くにいた人間二人がまた一歩下がる。


 私たちも木の下で、小虎団子でギュッと固まった。怖いからではなく、母が大声を出す時はじっとしていた方がよいと、生まれてからの経験で知っているのである。動くと一緒に怒られる可能性がある。


 私は何も悪いことをしていない。人間の方から近づいてきたし、突然手を伸ばされて怖かったし、叔父虎へついて遠くまで来たことも、なんにも悪くない。赤ちゃんとして自然な行動。

 自然な行動なら怒られないとは限らないが、今は叔父虎が全部引き受けてくれているので黙っておこう。


 母は叔父虎へ近づきながら、続けて何度も吠えた。叔父虎も短く唸って答えるが、母は最後まで聞かずにまた吠える。どうして子供たちを人間のいる場所まで連れてきた、何をしていた、怪我はないのか、そもそもお前は大人だろう、たぶんそんなことを言っている。


 虎語をきちんと理解できない私でも、母が叔父虎を叱っていることだけはよく分かった。叔父虎が倒れた人間へ顔を向け、次に私を見た。


 あちらが先に近づいた、俺は止めただけだ、と説明したのかもしれない。母の前足が雪を叩いた。叔父虎は口を閉じた。


 もう一度開こうとした。母が吠えた。叔父虎は耳を伏せた。


 先ほどまで三人の人間をまとめて警戒していた立派な叔父虎が、母の前では少しずつ身体を低くしていき、最後には雪の上へ伏せてしまった。お腹までぺたりとついている。それでも母はまだ怒っている。


 そうか……今回の冒険って、ここまで来ちゃダメだったんだ……。たぶん、父と母に何も言わずに私たちを人間の場所に近づけすぎちゃったんだ……。


 父は母と叔父虎のやり取りへ加わらなかった。二匹の横を通り過ぎ、真っ直ぐ私たちのところへ来る。小虎団子になっている一番上にいたきょうだいの首の後ろをくわえる。持ち上げ、少し離れた雪の上へ置き、鼻先でころんと横向きに転がした。きょうだいが「ぴゃっ」と鳴く。

 父は頭から尻尾まで何度も匂いを嗅ぎ、前足を鼻先で持ち上げて肉球を確認し、耳の中へ鼻を入れ、お腹まで調べた。怪我がないと分かっても終わらない。大きな舌で頭をひと舐めし、背中をふた舐めし、お腹、足、尻尾まで丁寧に舐めていく。

 父が舐めるたびに小さな身体が揺れ、整っていた白い毛が違う方向へ倒れた。何度も舐められたところは濡れて束になり、最後には全身の毛があちらこちらへ立った。無傷だけれど、見た目はひどい。雪の中で三日ほど迷子になった子虎みたいである。


 父は一匹目を自分の前足の間へ置き、次の一匹をくわえた。同じように転がし、嗅ぎ、足を開き、耳を調べ、全身を舐める。

 二匹目もぼさぼさになった。三匹目はお腹を見られるのが嫌だったらしく、父の鼻を前足で押し返していたけれど、赤ちゃんの抵抗で父が止まるはずもない。前足ごと舐められ、変な顔をしているうちに背中まで濡らされた。


 父の前足の間に、ぼさぼさのきょうだいが三匹並んだ。みんな父の匂いがする。普段なら安心する匂いだけれど、今日は口元についている獲物の血の匂いも混ざっているので、少々野性味が強かった。 最後に父が私を見た。


「私は大丈夫です」

「ガウーワ」


 ちゃんと元気な声を出したのに、父は聞かなかった。首の後ろをくわえられ、三匹が待っているところではなく、確認用の雪の上へ運ばれる。置かれた直後に鼻先で身体を横へ倒され、さらに転がされてお腹が上になった。

 父の前足が私の胸へそっと乗る。痛くはないが、逃げられない。鼻が額へ近づき、頬、首、胸、お腹と順番に下がっていく。

 人間の手が近くまで伸びてきたせいか、その匂いが少し残っていたらしい。父の鼻が私の顔の横で止まった。大きく息を吸う音がする。父の目が細くなった。


「大丈夫だよー、くさくなかったよ」


 説明したけれど、やっぱり私の言葉は虎語として聞こえないらしい。父は私の耳を舐め、頬を舐め、人間の匂いが残っていそうなところを念入りに舐め始めた。ざらざらした舌が同じ場所を何度も通る。痛くはない。痛くはないけれど、だんだん熱くなってくる。全身を丹念にボサボサにされて、全力で遊んだ時よりも疲れた。


 ようやく解放された頃には、私もきょうだいと同じく全身ぼさぼさ。大切に育てられているのに、まるで野良虎のようなありさまに。


 父は満足そうに私を三匹の間へ押し込み、頭を順番に嗅いでいく。一匹、二匹、三匹、四匹。もう一度、一匹、二匹、三匹、四匹。数が減っていないと確かめるように、四匹すべてへ鼻を押しつけた。そこでようやく父の肩から力が抜けた。


 母はまだ叔父虎を叱っていた。叔父虎は伏せたまま、ときどき倒れた人間の方へ目を向ける。母がそれに気づくたびに吠えるので、とうとう叔父虎は前足の上へ顎を置いた。完全に怒られ終わるのを待つ姿勢である。


 その隙に、離れたところにいた人間二人が動いた。弓を雪へ置き、両手を見えるように上げながら、少しずつ倒れた仲間へ近づいてくる。


 父は私たちの前へ座ったまま見ている。母も一度だけ人間たちへ顔を向けたが、追おうとはしなかった。今は叔父虎を叱る方が大事らしい。


 人間たちは倒れた仲間のそばへたどり着き、一人が首へ手を当てた。もう一人が傷を見て、持っていた布を腕へ巻く。動きは慌ただしいけれど、こちらへ武器を向ける様子はない。二人で仲間を抱え上げると、後ろ歩きで素早く森の奥へ下がっていった。


「ぴにゃあ~」


 隣のきょうだいが小さく鳴いた。去っていく人間を見ている。やはり『たべたい~』だったのかもしれない。


「だめだよ。人間は食べないよ」

「わーん?」


 きょうだいは私を見たあと、父の口元を見た。父の顔には獲物の血がついている。説得力がなかった。私はきょうだいの鼻を前足で押し戻した。鹿なら食べてもよい。人間はだめ。少なくとも私の見ているところではやめてほしい。

 一度食べてしまえば、私は今後、人間を見かけるたびにこの人は美味しいのだろうかと考えるようになるかもしれない。さすがにそれはちょっとイヤ。


 人間たちの気配が遠ざかると、母はようやく叔父虎を叱るのをやめた。

 叔父虎へ鼻を近づけ、頬と前足の匂いを嗅ぐ。横っ面を叩かれたところに怪我がないか確認しているようにも見えた。自分で叩いたのに確認するのか。

 叔父虎が顔を上げると、母はその額をもう一度前足で雪へ押しつけた。まだ許したわけではないらしい。叔父虎は抵抗せず、鼻先を雪へ埋めたまま大きく息を吐いた。白い粉が左右へ飛ぶ。


 私は父の前足の間から抜け出そうとした。父の足をまたぎ、ぼさぼさになったお腹を雪へ擦りながら前へ進む。父は止めなかった。叔父虎のところまで歩いていき、雪へ埋まっている鼻先へ自分の鼻をつける。叔父虎の片目が開いた。


「助けてくれてありがとう」


 叔父虎には意味が分からなかっただろうけれど、低く喉を鳴らした。顔を上げようとしたところで母の前足に押さえられ、また雪へ戻る。

 私は叔父虎の頬へ身体をくっつけた。母は私を見たあと、叔父虎を見た。それから、ほんの少しだけ前足の力を緩めた。叔父虎は今度こそ顔を上げ、私の頭をひと舐めした。


 父にぼさぼさにされた毛が、正しい方向へ倒れた。父が私の首の後ろをくわえ、叔父虎のそばから回収した。今日はもう帰る時間らしい。


 来た時とは違い、父と母は静かに森を歩き始めた。叔父虎も母の隣で大人しく進む。もうドスドスもバキバキも聞こえない。父にくわえられた私の身体が歩調に合わせて揺れ、目の前を雪が流れていく。

 後ろを振り返ると、人間が倒れていた場所の雪が少しだけ赤くなって溶けていた。持ち帰ったということは、治療すると助かるくらいの怪我だったのかもしれない。無事で何より。


 住処へ帰ったら、叔父虎のそばで寝よう。母に叩かれた頬が痛いかもしれないので、きょうだい全員でくっつけば少しは癒されるかもしれない。叔父虎は嫌そうな顔をするかもしれないけれど、離れようとはしないと思う。

 なんといっても私たちは、怒られても見捨てられないほど可愛らしい赤ちゃんなのである。



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― 新着の感想 ―
更新の度に喜んでおります! ガウーワちゃんファミリーはもちろん、カッコつけたい年頃の叔父虎君も、愛すべき存在ですね。
たまらなく良いですね。 好みすぎる。
ガウーワちゃんはこれだけ一緒に生活してるんだからそろそろ虎語もわかるようにならないの? 今のところ名前だけだよね 「ごはん」「だめ」「おいしい」「いたい」とかの単語くらいは覚えられないのかなぁ アホ…
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