8.彼女の過去
人の数倍の魔力を持って生まれてきた。
父や母は魔力酔いを起こしながらも、私のことを育ててくれた。
父が魔物に敗れ亡くなり、母は気を病んで屋敷を後にした。
私は一人になった。魔力酔いを起こしてまで私の隣に居てくれる者など、もう現れはしないだろう。
「ギルバート。いい加減見合いはやめないか」
「何を仰います、旦那様。オールブライトの血を絶やすおつもりですか。きっと良いご令嬢がいらっしゃるはずです。今、中央まで範囲を広げているので」
「中央からなど、余計に来はしない。このような魔物の出る地に」
「わからないではありませんか。もしかして、ということがあるものです」
ギルバートはそう言うが、正直辟易していた。
私の顔と地位を目当てに近づいては、魔力酔いで去っていく令嬢たちに。
「私は一人で構わない」
彼女が来たのは、まだ雪の残る夏のことだった。
剣一つを携え、従者もつけずにやって来た。
「剣があります」
「足でまといにはなりません」
聞けば魔物を倒しその肉を食べたという。
そんな令嬢には会ったことがない。
医者の話によると魔力がなく魔力酔いを起こさないということ。
ギルバートの言う通り、もしかしてがあったのだ。
ただ私は、一人でいた時間が長すぎた。彼女との距離の取り方を完全に間違えてしまった。
「ギルバート。彼女はどうしている」
「ご自分で確かめればよいのでは?」
「干渉するなと言ってしまった手前、そうもいかないだろう」
「なぜそのようなことを仰ったのです」
自分でもわからない。彼女に裏表がないことなど、見て明らかであったはずなのに。
「本日は食事のことで揉めていたようです。奥様自ら解決しておられましたが」
「揉めていたとは?」
「出された食事がジャガイモとパンとミルクだけだったと」
「何? 今すぐ関係者を呼んで――」
「ですから、奥様がすでに解決されております」
中央の女性はそんなに強かっただろうか。確かに実家を追い出されたと聞いたが。生き抜くために強くなったのだろうか。
彼女がどんな人間なのか知りたい。
今更そんなことを言える立場ではないが。
「本日はお茶会に参加されたそうです」
「楽しんでくれただろうか」
「それが、ご令嬢方と決闘をすることになったとか」
「なぜ茶会に参加して決闘することになるのだ?」
彼女の行動は読めなくて聞いているだけで楽しみを覚える自分がいる。
しかし決闘とは危ない。北部の女性は自衛のために剣術を幼いころから嗜んでいる。いくら彼女が強いといっても――。
「圧勝でございました。どこか先代様を思わせる剣筋でございましたよ」
近くで彼女を見てみたい。
ちょうど夜会に招待された。
着飾る彼女はいつもの簡素なドレスからは打って変わって非常に美しかったが、勿論そんなことは言えなかった。
夜会の途中魔物の襲撃があった。魔物の対応をしていると、叔母様と彼女のもとへ魔物が向かったのが視界の端に見えた。しかし、私は目の前の魔物を倒すことを優先した。
彼女なら、倒せると確信していたからだ。それが間違いであったと知ったのは、叔母様の指摘があったからだ。
私たちには会話と時間が足りないと。否定はしてみたものの、その通りだと思った。
「あなたのことが知りたい」
ようやく胸の内を曝け出した。
彼女は淋しい過去を笑って話す。まるで日常の一場面を話すかのように。
それが私には痛々しかった。
彼女自身は気付いていない傷が見えてしまって。
「ギルバート。ヴィオラの実家での暮らしを調べてくれ」
彼女の心の傷に触れていいのかはわからない。けれど、淋しさを取り除きたい。それは私自身が淋しかったからなのかもしれない。
「承知いたしました」
ギルバートから届いた実情は悲惨なものだった。
情報を集めたギルバートも憤るほどに。
「奥様はこのような仕打ちを受けてなぜ、あのように明るく振舞えるのでしょうか」
確かに。いつ心を病んでもおかしくない状況で18年も暮らしていたというのに。
「明るくいることが彼女にとっての鎧だったのかもしれない」
この場所で生きていくのだと、強い生命力はそんな悲しい状況が生んだのかもしれない。
ただ、それを彼女に突き付けることはしない。
ここでは真綿の中で過ごしてもらいたい。彼女の思うように。自由に。
「ヴィオラ、何か欲しいものやしたいことはありませんか」
「したいことですか?」
食事の席でヴィオラに尋ねる。
「騎士団の皆様と手合わせ願いたいです! できることなら旦那様とも!」
ドレスや宝石を欲しがらない、彼女らしい回答である。
「わかりました。では今日の午後の訓練にヴィオラも参加してもらいましょう」
「ありがとうございます! 手加減禁止ですからね!」
無邪気に笑っている。彼女が来てから、屋敷は随分と明るくなった。
彼女を魔力がないと侮っていた使用人たちも、夜会での一件を聞いてから好意的になった。
またしても彼女は私の手を借りず、自分自身の手で解決して見せたのだ。
「あなた相手に手加減できる余裕などありませんよ」
「いいえ、旦那様は北部最強と謳われるお方。わたくしなど瞬殺でございましょう!」
「なぜそんなに楽しそうなのですか?」
「勝負は強い方とするほうが楽しいではないですか。もちろん、殺し合いはそうもいかないですけれど」
あぁ、彼女は命を狙われることも奪うことも知っているのだな。
やはり、慈しみ守られてきた令嬢たちとは違う。己の力一つで生きていくことができる女性なのだ。
彼女がもし、私のことを頼ってくれたなら。背中を任せてくれたなら。それはどれほど嬉しいことなのだろう。
いつの日かそんな日が来るように、私は彼女を陰ながら支えていきたいと思う。




