6.夜会にて
「夜会があります。あなたには公爵夫人として参加していただきます」
結婚して以来、初めて旦那様のお声を聴いた気がします。
「はい」
「我々はブレアム侯爵夫妻に招かれている身。余計なことはしないで結構。ただその場所にいるだけで良いですから」
「承知いたしました!」
要は問題を起こすな、ということですね。先日のお茶会では思い切り問題を起こしてしまいましたから、気を引き締めなければなりませんね。
それから夜会用のドレスと宝飾品一式を新調していただきました。
わたくしのイヤリングには旦那様の瞳の色と同じエメラルドが。旦那様のブローチには私の瞳の色のアメジストがあしらわれています。これでどこから見ても仲睦まじい新婚夫婦でしょう。
ブレアム侯爵邸はオールブライト公爵邸に見劣りしないほどに美しい豪邸でした。
「よく来たわね、イライアス。それにヴィオラも」
「お招きいただきありがとうございます」
「ブレアム侯爵、アイリス様、今夜はお招きいただきありがとうございます」
「久しぶりね、ヴィオラ。イライアスとは仲良くやっていたかしら」
旦那様の眉がピクリと動きます。
「はい! それはもう仲良く過ごしておりました!」
「そのようね。今日も揃いの宝石をつけるだなんて。あのイライアスからは考えられないもの。ヴィオラが大事にされているようでよかったわ」
「積もる話もあるようだから、女性陣は向こうで食事でも楽しんでおいで。私はオールブライト公爵と話しているよ」
ブレアム侯爵の一声で、わたくしはホールの中央へ向かうことになりました。
並べられた料理はどれも美味しそうです。
「ヴィオラ、レディがそんなに食べ物を見つめるものではありません」
アイリス様に窘められてしまいました。
反省です。
「夜会は初めてかしら。少しぎこちないわね」
「そうなのです。このようにかかとの高い靴を履くのも初めてでして。皆さんこのような格好でどのようにして戦うのでしょう?」
「あなたは明るく能天気なようだけど、なかなかに好戦的よね」
アイリス様はいつもの難しい顔を崩して微笑んだ。
「少しお兄様に似ているわ」
「先代公爵様にですか?」
「えぇ。魔力が強い上に剣術を好んでいてね。幼いころからよく仕留めた魔物をプレゼントだと言ってよこしてくれたわ。はっきり言って迷惑だったけれど今となれば良い思いでだわ」
アイリス様は伏し目がちで仰られました。淋しそうではありますが、悲しそうではありません。
「あなたも魔物を狩ったことがあるのでしょう?」
「はい! 鹿のような魔物を数体狩って肉を食しました。旦那様には怒られてしまいましたが……」
「なんですって!? 全くあなたという子は。体には異常はなかったでしょうね?」
「はい。わたしくは魔力がないので、魔素の影響も受けないらしいです」
「だからと言って、もう二度と魔物肉なんて食べないで頂戴」
アイリス様は出来の悪い子供を叱るように頭を抱えていらっしゃいます。
「もちろんです。ここには魔物肉より美味しいものがたくさんありますもの」
「……聞いたわ。ご実家では不遇な扱いを受けていたのでしょう」
「まぁそうなのですが、おかげで生命力が強くなった気がするのです」
「あなたがあまりにも明るいから忘れてしまいそうになるけれど。不遇に慣れてはいけませんよ。抵抗なさい。それこそあなたには剣があるのだから」
「はい、アイリス様!」
アイリス様がお母さまならよかったのに、なんて思ってはいけませんよね。
—―ガシャン!!
「きゃぁー!」
「ま、魔物だ! 魔物が入ってきたぞ」
温室の窓ガラスを突き破って数体の魔物が侵入してきたようです。
「皆様、こちらへ!」
流石アイリス様。落ち着いて招待客の避難誘導をなさっています。
旦那様は魔物と応戦しているようです。
「さぁ、ヴィオラ! あなたも逃げるのよ!」
アイリス様の手を取ろうとした瞬間、魔物がアイリス様を目掛けて走ってきました。
「アイリス!」
ブレアム侯爵の叫びが届きます。
「大丈夫です、アイリス様」
高いヒールを履いていてよかった。これは良い武器になります。
蹴りで魔物の目を突きます。
それから果物ナイフで魔物の首を狙って、刺す。
魔物は動かなくなりました。これで安心です。
「アイリス……!」
ブライト公爵がアイリス様を強く抱きしめています。夫婦愛ですね。
「ヴィオラ、無事か」
「はい、旦那様」
旦那様は上着を脱いでわたくしの肩にかけてくださいます。
「?」
「血がついている」
これはいけません。せっかくのドレスでしたのに。汚してしまいました。
旦那様は何頭も魔物を倒したはずなのに返り血一つ浴びていません。フェリシテの話では魔物の血を浴びる悪魔ということになっていましたが。
返り血まみれになるなんて、わたくしもまだまだですね……。
「よくやりました」
旦那様がわたくしの頭を撫でてくださいました。
暖かい気持ちがいたします。
「でも旦那様、ドレスも靴もダメにしてしまいました……。旦那様はどこも汚れていないのに……」
「私は魔物を狩るのが仕事。あなたの仕事は社交。魔物狩りではありません。そんな中よく頑張りました」
旦那様に褒められました!
「ヴィオラ! ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
アイリス様に抱きしめられます。
「アイリス様! わたくし今血まみれで……!」
「そんなことどうだっていいわ! いや、どうでもよくないわね。早くシャワーを浴びましょう。ドレスも用意するわ」
「ありがとうございます」
「あと、イライアス。後でお話があります。そこで待っていなさい」
アイリス様はいつもの、いえいつもより険しい顔をして旦那様を指しました。




