20.期待
ヴィオラの冬服を仕立てに行くことになった。
北部で彼女と季節を越えられることが嬉しいと思う自分に、この数か月で随分と変わったものだと感慨深くなる。
「ヴィオラ、準備は出来ましたか?」
夜会と魔法管理局以外二人で出かけたことはないのでなかろうか。
――これは所謂、デート……。
とたんに心臓が激しく脈打つ。
――あまり浮かれすぎてはヴィオラに不審に思われてしまう。自重せねば。
舞い上がる気持ちをどうにか抑え、ヴィオラを待つ。
「はい、旦那様」
外出用に着飾ったヴィオラはいつにも増して美しいが、なんだか元気がないように見える。
「ヴィオラ、体調がすぐれませんか? また別日にしましょうか」
「いいえ、いいえ旦那様。わたくしに体調の悪い日などあったことがありません。大丈夫でございます。さぁ、参りましょう!」
空元気であることはすぐに分かったが、ヴィオラが隠したいのなら無理に暴かなくても良いかと思う。
もし、ヴィオラ一人では抱えきれない憂いだとしたら話は別だが。
今は様子を見よう。
「北部の冬服を見るのは初めてです!」
仕立て屋に向かう馬車の中、やはりヴィオラは無理をしてはしゃいでいるように見えた。
何より、私と目が合わない。窓の外ばかりを見ている。
いつもは恥ずかしいくらいにまっすぐこちらを見てくれるというのに。
「ようこそお越し下さいました、オールブライト公爵。公爵夫人」
「やはり私の妻にはあなたの作った服を着てもらいたいと思いましてね、マダム・アーチ」
「それは光栄なことにございます。さぁ、夫人。こちらへ。まずは採寸を致しましょう。公爵様はゆっくりおくつろぎください。少々時間がかかりますので」
「いくらでも待とう」
ヴィオラに服を贈れる良い機会だ。私としては楽しみでしかない。
「では、旦那様。行って参ります!」
ヴィオラは採寸に行ったがやはり目は合わなかった。
私は気付かぬうちにヴィオラに何かしてしまったのだろうか?
ここ最近のことを色々と思い出してみるけれど、見当もつかない。
こういうところに愛想をつかしたのだろうか。
彼女に嫌われはしないかと、おそらく私は怯えている。
誰に何を思われようと気にしない性分であったはずなのに。
「ヴィオラ、私はあなたに何をしてしまったんでしょうか……」
訊いてもきっと、答えてはくれないのだろう。彼女は優しいから。
ヴィオラとはなんでも話し合える夫婦になりたいのだが。道は険しい。
それもこれも、初対面の己の言葉が原因なのであるが。
取り返すのに必死であるが、近づいたと思った距離がまた離れていきそうで。怖い。
「旦那様、どうでしょうか。北部で流行りの形なのですって」
「えぇ、とても綺麗ですよ」
ヴィオラは顔を赤らめる。
嫌われているわけではないのか。
ではなぜ、距離を感じるのだろう。
マダム・アーチの仕立て屋で服とブーツをいくつか新調して我々は屋敷に戻った。
「ギルバート。最近ヴィオラの態度がぎこちないのだが心当たりはないか」
「……申し訳ありません旦那様。奥様が旦那様の学生時代の姿絵が見たいと仰られまして」
私の昔の写真を見たがるなんて、むしろ好感度は高いのではないか?
「それで?」
「アルバムをお持ちしました。そこでレベッカ様のお写真をご覧になってしまい……。恐らく近頃のご様子はそれが原因かと」
「なぜそれを早く言わない……! ヴィオラに釈明しなければ……!」
ギルバートとしては私がレベッカのことを引きずっていると気を遣ったのかもしれないが。
確かに当時はショックだった。自分の体質がより嫌いにもなった。
だが、今一番大切なのはヴィオラである。他の何物にも代えがたい存在は、彼女なのだ。
ヴィオラに誤解されたままではいられない。早く釈明をせねば。
――コンコン。
「ヴィオラ、私です。少しお話をしたいのですが」
「旦那様……!? は、はい。お入りください」
中からはヴィオラの少々慌てた声。確かに彼女の私室を訪ねたのは初めてである。
ソファーを勧められ、腰かける。紅茶の用意もしてくれたが、私は一刻も早く彼女の誤解を解きたかった。
紅茶を一口飲んでから切り出す。
「ヴィオラ、あなたの誤解を解きたいのです」
「誤解とは?」
やはりこちらを見てはくれない。
「私の姿絵を見たと聞きました」
「――っ」
俯いて唇をかんでいる。傷つく彼女に申し訳なさを感じながらも、私のことで傷ついてくれるのかと仄暗い喜びも湧き上がる。
「レベッカは、彼女とは確かに婚約していましたがもうずいぶん昔の話です」
「旦那様は、レベッカ様のことをお慕いしていたのですか……?」
ヴィオラに嘘はつきたくない。例え彼女を傷つけてしまうとわかっていても。
「……えぇ、幼いころはそうでした」
ヴィオラのアメジストの瞳がうるうると涙を蓄える。
あぁ、泣かせたくはないのに。私を想って泣いてくれるのか。
両方の感情が湧き起こる。
「でも、今は違います。レベッカとは、今はもうどのような関係でもありません」
「もう、お慕いはしていないと……?」
「えぇ、そうです。私と結婚してくださったのは、ヴィオラ。あなたでしょう」
「わたくしは、押しかけで結婚していただいたので……」
「始まりはそうでも、今は違います。あなたが私のことを知ろうとしてくれたように、私もあなたを知りたいと思います。そう思ったのはあなたが初めてです」
ようやく、ヴィオラの瞳が私を捉えた。
そうしてほろりと涙が零れた。
「わたくしも、知りたいと思えたのは旦那様が初めてです」
涙は次から次へと流れる。
彼女の泣き顔すら愛おしいのかと思いながら、彼女の隣へ移動しハンカチで涙を拭う。
「申し訳ありません、旦那様」
「いいのです。あなたはなかなか涙を見せてはくれませんから、今くらいは泣いてください」
きっとこれは、安堵の涙だろう。
期待してしまう。きっと、期待以上の確信に近いものがある。
ヴィオラもきっと、私と同じ気持ちなのではないかと。
そうであれば、どれだけ幸せなことなのだろうかと。




