19.帰還
ついに北部へ帰ってきました!
1か月ほど屋敷を空けていた間に雪が少し積もったような気がいたします。
もう秋が近いのでしょう。
「ヴィオラ、寒くはありませんか」
「大丈夫で――くしゅん」
「あぁやはりこの季節は寒いですよね。早めに仕立て屋に行きましょう」
心は北部の人間という自認はあるのですが、やはり体はまだまだこの地に慣れていませんね。
大丈夫です。何度か季節が廻れば、わたくしの体も完全に北部の人間になるはずですから。
旦那様が上着を肩にかけてくださいます。
「ありがとうございます」
「いえ、風邪をひいてはいけませんので」
馬車から屋敷までそう距離はないのに、そのお気遣いが温かいです。
「おかえりなさいませ。旦那様、奥様」
「ギルバート。留守中変わりはなかったか」
「はい、旦那様。いつも通りに」
「こちらは色々あってな。後で仔細報告する。執務室まで」
「承知いたしました」
「あと、ヴィオラの冬服を仕立てたい。マダム・アーチに連絡を取ってくれ」
「確かにこの頃は寒くなって参りましたからね。かしこまりました、連絡を取っておきます」
旦那様もギルバートも「中央の人間には」という言葉を使いません。
それがわたくしにとってどれほど嬉しいことか。
わたくしをこの地の人間だと認めてくださっているような気がして。
そうです、ギルバートに旦那様の学生時代の姿絵を見せていただきたかったのでした!
旦那様とお話があるようですから、ギルバートの手の空いた時にお願いいたしましょう。
「落ち着きます……」
この屋敷にやって来た初日、あんなにも落ち着かなかったこの部屋がこんなにも安心できる場所になるだなんて。
そんなに時間は経っていないはずなのに。
旦那様の接近禁止命令が解かれてからは、普通の夫婦くらいの距離感になったような気がするからでしょうか。
「そうです。今年の冬を越えるための備蓄について勉強しなくては」
帰ってきてほっとしたからといって、あまりのんびりしていてはいけませんね。
去年までの資料を参考にまとめてみましょう。後でギルバートにチェックしてもらって……。
――コンコン。
「はい」
誰かが訪ねてきたようです。
「奥様、ギルバートでございます」
「入ってください」
ギルバートは資料を手に部屋に入ってきました。
「やはり奥様のことですから、すでに今年の越冬のことを考えてらっしゃるかと思い。資料をお持ちいたしました」
流石ギルバート! なんでもお見通しですね。
「ありがとうございます。去年までの資料を見てここまでは仕上げたのだけれど、見てもらえるかしら」
「もちろんでございます。……穀物の備蓄をもう少し増やしたほうがよさそうですね。今年はあまり小麦が取れませんでしたので。領民に配給する分も加えておくとよいでしょう」
勉強になります。
「あの、ギルバート。仕事のことではないのだけれど、少し聞いてもよいでしょうか」
「はい、何なりと」
「王都の夜会でエインズワース侯爵令息様とお話しする機会がありまして。旦那様の学生時代の姿絵など残ってはいませんか? 見てみたくて……」
「もちろん残っておりますよ。残りの資料とともにアルバムも持ってまいります」
「ありがとう、ギルバート」
やはり、ギルバートは頼りになります。
ギルバートの指摘通り穀物の欄を埋めていきます。
資料を見ながらほかの箇所も書き込んでいきます。
どうやら今年は全体的に不作だったようですね。
農業の勉強もしたらオールブライト領のために何かできるかもしれません。
「奥様、資料とアルバムをお持ちいたしました。紅茶も用意しましたので、休憩といたしましょう」
ギルバートの淹れてくださる紅茶はとても美味しいです。
「これが、旦那様のアルバムですか」
「左様でございます」
今更ながら、勝手に見てもよいものかと良心の呵責に苛まれますが、好奇心の方が勝ってしまいました。
「旦那様、お可愛らしいですね」
アルバムには小さな旦那様。これが学生時代まで続いているのですね。
5、6歳ごろになると同じ年頃のご令嬢と一緒に写っているものが増えていきます。
「ギルバート、こちらのご令嬢はどなたでしょう? ご親戚ですか?」
ギルバートの顔が固まったのがわかりました。あの、何があっても動じないギルバートの顔が。
何かまずいことを訊いてしまったのでしょう。
「……そちらのご令嬢はボーデン侯爵家のレベッカ様。旦那様の、元婚約者でございます」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃がいたしました。
そうですよね。貴族ですもの。
婚約者くらいいますよね。
フェリシテにも幼いころから婚約者がおりました。
なぜ、そんな簡単なことを忘れていたのかしら。
わたくしに、婚約者がいなかったからかしら。
旦那様が最近、とてもやさしかったからかしら。
「奥様、昔の話でございます」
「その、なぜ婚約は破談に?」
「旦那様の体質が原因です。レベッカ様もまた、魔力酔いに耐え切れず……」
旦那様はどうだったのかしら。
レベッカ様のことを好き、だったのかしら。
そうであっても、妻はわたくしなのですけれど。
なんだか。なんだかとても胸が苦しいです。




