2.愛情は求めぬように
「魔素の影響はないようです。というより、魔素の影響を受けにくい体のようですな」
診察をしてくださったお医者様が言うには、どうやら私は魔力が宿るものに対して耐性があるらしいです。
「魔力に耐性があるとは?」
「失礼ですがレディ、魔力量はいかほどですかな」
「ゼロです!」
「なるほど。それが原因でしょうな。魔力は一定の量を超えると体に毒を及ぼします。器を思い浮かべてもらえばわかりやすいかと。器が大きいほど入る魔力は大きいが、それ以上の魔力が入ると溢れる、つまり魔力酔いを起こしてしまう。その点こちらのレディは器が大きい上に空。膨大な魔力を注がれても魔力酔いを起こすことはない」
なるほど。魔力ゼロでもメリットってあるのですね。
「旦那様、これは良縁かと。旦那様の魔力に耐えられるご令嬢はおりません。その点奥様は貴族令嬢でありながら魔力をお持ちでない。魔力酔いを起こしません。これ以上の相手がおりましょうか」
これはあと一押しなのではないでしょうか。
「結婚してください公爵様! わたくし何でも致しますので!」
「そもそもあなたはなぜ応募などを?」
「はっきり申し上げますと、厄介払いですね。放逐されました。なので結婚して頂かないとかなり困ると言いますか……」
「……確かに条件は揃っていますね。わかりました。籍を入れましょう。しかし、私に愛情など求めぬように。これは利害関係の上にある結婚であると言うことを忘れないよう」
「承知いたしました! ありがとうございます!」
結婚成功です。これで路頭に迷うことはなくなりました。
愛情などというものは生まれて一度も触れてきたことがないので、この条件を反故にすることはないでしょう。ひとまず安心です。
「奥様の部屋をご用意しました。こちらへ」
通されたのは、見事な装飾に彩られた「貴族のご婦人」の部屋。このような部屋に足を踏み入れるのは初めてで、緊張してしまいます。
「このように豪華な部屋をわたくしが使ってもよろしいのですか?」
「奥様が使用するのに相応しいお部屋であると自負しております」
ギルバートさんは一礼して戻っていってしまいました。
「お、落ち着かないですね」
住み慣れた使用人部屋とはあまりにも違いすぎます。
フェリシテの部屋とでさえ比べ物になりません。
とりあえず、と腰かけてみたソファはふかふか過ぎました。
「今日からここがわたくしの部屋……」
なんだか夢を見ているようです。
昨日まで使用人部屋で寝起きして、カビの生えたパンを食べて生活していたのに。
こんなに贅沢してよいのでしょうか。
「やはりお仕事をしなければいけませんよね」
善は急げです。さっそく旦那様に相談してみましょう。
「仕事がしたい? 屋敷の管理はギルバートに任せてあります。手伝いたいならギルバートに聞いてください。それから、これからはこの屋敷ですることに関して私に確認を取らなくて結構です。干渉はお互い最低限でよいでしょう」
なるほど。自由にしてよいのですね。旦那様は寛大なお方です。
ではギルバートさんに帳簿のつけ方などを学びに参りましょう。
「屋敷の管理ですね。さすが奥様、屋敷にきて早々に女主人の仕事を引き受けてくださるなんて。このギルバート、誠心誠意仕えさせていただきます」
「こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
ギルバートさんの誠意に応えなければなりません。それに今日からこのお屋敷の女主人になったのですから、気を引き締めて参りましょう!
「独学とのことでしたが、奥様は筋がよくていらっしゃいます。帳簿のつけ方は問題ありません。では主要貴族の家名を覚えてもらいましょうか。ご実家では……」
「学んでおりません。最北端であり、国防の要であるオールブライト領のことは流石に存じておりましたが……。しかし、記憶力には自信がございます! どうぞビシバシお願いいたします!」
フェリシテはシーズンになると社交界へ顔を出していましたが、家門の恥であるわたくしは社交界デビューもしていない有様なのです。他の貴族の方に合うのは旦那様が初めてでした。
「中央で権力が強いのは奥様のご実家であるエバンス伯爵、ベイカー伯爵、ボールドウィン侯爵でしょうか。オールブライトと親交が深いのは東部のベレスフォード侯爵ですね。それから……」
家名と当主のお名前をひたすら頭に入れていきます。ギルバートさんが姿絵を見せてくださったので、お顔も同時に覚えられて非常に効率的です。
「まさか初日に主要貴族を覚えられるとは思っておりませんでした。この調子ですとすぐにでも社交界に出ても問題ないでしょう」
「ありがとうございます。ギルバートさんの指導が良いからですね」
「奥様。一つ直さなければならないことがございます」
「なんでしょう」
「使用人に敬称をつけてはなりません。奥様のお立場は公爵夫人。王族と旦那様を除けば奥様が頭を下げなければならない相手はございません。使用人ごときに敬称をつけては立場が軽んじられてしまいます」
何てことかしら。わたくしの認識が甘かったですね。今更ながら凄い家門に嫁いだものです。
「わかりました、ギルバート。これからは気を付けますね」
ギルバートさん、いえギルバートはそれで良いというように深く頷かれました。




