14.初めての気持ち
「あの……公爵様。私の娘とも踊っていただけますか?」
ダンスの後、声をかけてきたのはバーン子爵です。
後ろから顔を覗かせたのは綺麗なご令嬢。
ダンスのお誘いをいただいたら、基本的にはお断りしないのがマナーです。
「ヴィオラ、すみませんが少し外します。何かあったらすぐに知らせてください」
旦那様はご令嬢の手を取ってダンスホールへ向かわれました。
バーン子爵令嬢はダンスがお上手です。旦那様との息も合っていて、わたくしの時とはまるで違います。
旦那様の美しさがより一層際立ちます。
「次は私と……!」
「いいえ、私が先よ!」
ダンスを終えた旦那様は、あっという間に花のようなご令嬢に取り囲まれてしまいました。
なんだか胸がもやもや致します。
なぜでしょう。胸焼けするほど食べてはいないはずですが。
「ひとまずお水をいただきましょう」
ひんやりしたお水が気持ち良いですが、もやもやは晴れません。
一体どうしたというのでしょう。
「レディ、私と踊っていただけませんか?」
手を差し出したのは確か、エインズワース侯爵令息です。
どうしましょう。お断りするのはマナー違反ですし。
「はい……」
手を取ってしまいましたが、わたくしの壊滅的なダンスを許してくださるのは旦那様くらいなのでは!?
頭の中がグルグルしてしまいます。
「オールブライト夫人、力を抜いて。私の動きに合わせてみてください」
エインズワース侯爵令息の言葉に我に返ります。
足を踏まないようにと神経を尖らせます。
「足、踏んでもいいですよ。それより視線はこちらへ」
顔を上げるとエインズワース侯爵令息のお顔が、近いです……!
「可愛い人ですね。私のことはどうぞアルヴィンと呼んでください」
エインズワース侯爵令息は子供のようににこりと笑っています。
旦那様だって名前で呼んだことはないのに、ほかの男性を呼ぶだなんてなんだか嫌です。
「遠慮しておきますね」
にこりと微笑んでお断りしました。
「やはり面白い人だ。あのイライアスがあなたの傍を離れたがらないわけだ」
旦那様がわたくしから離れないのは魔力の関係なのですが……。
それに旦那様をお名前で呼ばれるだなんて。お知り合いかしら。
「あなたは顔に全部出てしまいますね。社交界では不利だけれど私は好ましく思いますよ。イライアスとは学友なんです」
「そうでしたか!」
旦那様の学生時代……見てみたいです。北部に戻ったらギルバートに姿絵がないか聞いてみましょう!
「ほら、話しているとリラックスして踊れるようになったでしょう?」
確かに。足に注意が向かなくなってから、スムーズに進行方向に進むことができています。
エインズワース侯爵令息はダンスを教えるのがお上手ですね。
そうしている間にダンスが終わりました。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。2曲目も誘いたいけれど、それは夫婦じゃないとダメだからね。我慢しておくよ」
エインズワース侯爵令息はそう言いますが、なかなかわたくしの傍を離れません。
ほかの令嬢とダンスをしないのでしょうか。
「イライアスが気になる? やっぱりモテるよね~。あの顔に公爵ってのが」
「旦那様は確かに公爵でお美しいですが、お優しいから人気なのでは?」
少し語気が強くなってしまいました。
まるで旦那様がそれだけの人間かのように仰るから。
「イライアスが羨ましいな。奥方にこんなに想われて。ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだ」
「こちらこそ、声を荒げてしまい申し訳ありませんでした」
今日のわたくしはなんだか、気が立っているようです。
能天気なほうだと自負しておりますので、このような感情になるのは初めてで。気持ちを持て余してしまいます。
先ほどからのもやもやも晴れませんし。
生まれてこの方体調不良であったことなどないのですが、これがそうなのでしょうか。
「申し訳ございません、エインズワース侯爵令息。わたくし少し風にあたって参ります」
「わかった。気を付けてね。私がついて行ってもいいけれど」
「大丈夫です」
「ははっ。そうだよね。それじゃあ」
バルコニーに出て夜風にあたります。
北部とは違って、夏の風は温かいです。
中央にいたころも夏とはそういうものであったのに、すっかり北部を基準に考えるようになってしまいました。
「今日は、あまり楽しくありません……」
王城で緊張しているからでしょうか。
フェリシテに会ったからでしょうか。
どれも違う気がします。
「旦那様……わたくしダンスをうまく踊れるようになったのですよ」
小さく独り言ちてみます。
なんだか、心がきゅっとなって涙が出そうです。泣いたことなどないのに。
「ヴィオラっ!」
この声は旦那様……?
「ヴィオラ、何があったのです。エインズワースに何かされましたか……!?」
旦那様には珍しく取り乱しておられます。
「いいえ、何もされておりません」
「ではどうして、泣きそうなんです……?」
「それは……どうしてでしょう?」
なぜ、涙が出そうなんでしょうか。
旦那様のお顔を見ると涙腺が決壊してしまいました。
「す、すみませ――」
トンと、旦那様の胸に顔が当たります。
だ、抱きしめられております……!
「良いのです。泣いてください」
「旦那様?」
「はい、なんでしょう」
「びっくりしすぎて、涙が止まりました」
驚くと涙は止まるものなのですね。
「ふふっ。ヴィオラが泣き止んだのなら良かった」
旦那様の笑った振動が体に伝わって、なんだか安心いたしました。




