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第11章 絶対耐熱の『暗号』と、幸運の女神のキャンセル

1

ゴォォォォォッ……!!

廃工房に設置された反射炉の中で、石炭が青白い炎を上げて轟々と燃え盛っている。

鋼すら容易くドロドロに溶かす、物理法則の極致である超高温の熱。しかし——。

「……嘘だろ。三日三晩、青い炎に当て続けてるのに、表面が赤らむ気配すらない」

ダリアが信じられないという顔で、火箸で掴んだ銀色の鉱石を睨みつけた。

ミスリル。お伽話の金属。

ダリアの技術と俺の熱量コントロールをもってしても、その石ころは一ミリたりとも溶ける様子を見せなかった。

「ダリア、ちょっと火から出してくれ」

俺は嫌な予感がして、炉から取り出されたミスリルに指先を触れさせた。

「(……物理的な硬さの問題じゃない気がする。何か、強固な『見えない壁』に熱を弾かれているような……)」

俺は自身の【万能】の魔法適性を使い、魔力を出力0.001の限界まで絞って、ミスリルの内部構造をミクロ単位でスキャン(解析)した。

全属性の波長を感知できる俺の脳内に、ミスリルを構成する「設計図」が浮かび上がってくる。

「……なるほど。そういうことか。こいつはただの硬い石じゃない」

「どういうことだ、レオ?」

「このミスリル鉱石そのものに、天然の『魔法』が練り込まれているんだ。それも、ギルドの特許目録には存在しない、未知の魔法体系……【絶対耐熱】の術式だ」

俺の言葉に、ダリアが目を見開いた。

この世界の特許魔法にも【耐熱】はあるが、それとは次元が違う。ミスリルは、自らの内部に微小な魔法回路を無数に張り巡らせ、外部からの熱エネルギーを完全に遮断・無効化する「絶対的な防壁ソフトウェア・ロック」をデフォルトで備えていたのだ。

「これじゃあ、どんな高温の炎を当てても溶けるわけがない。加工するには、まずこの【絶対耐熱】の魔法を解除キャンセルして、ただの石ころに戻す必要がある」

「魔法の解除? そんなこと、特許庁のトップ連中にだってできるかどうか……」

「いや、一人だけ心当たりがある。ちょっとこの石、借りるぞ!」

俺はミスリル鉱石を布に包み、工房を飛び出した。

2

大衆浴場の休憩スペース。

ボイラーが直るのを不機嫌そうに待っていたセシリアの前に、俺はドンッとミスリル鉱石を置いた。

「なにこれ。ただの石ころじゃない」

「セシリア。君の力が……いや、君の『尋常じゃない運の良さ』がどうしても必要なんだ」

俺は両手を合わせ、大真面目な顔で頼み込んだ。ここで「お前は魔法を無効化するバグ能力者だ」と伝えれば、面倒なことになるのは目に見えている。

「運の良さ? なによ急に。気持ち悪いわね」

「このミスリル、加工の最終段階でどうしても『幸運の女神の祝福』が必要なんだ。ダンジョンの封印魔法だって、君が触れた瞬間にたまたま寿命がきて割れただろ? 君のその幸運を、この石に注ぎ込んで撫でてやってくれないか?」

セシリアはポカンとした後、ふんっと得意げにふんぞり返った。

「……まあ? 確かに私は昔から運がいいし? レオみたいな変な子には、私の高貴なオーラと運気が必要なのも分かるわ。仕方ないわね、お風呂のためよ」

チョロい。

セシリアは文句を言いながらも、その白く細い指先でミスリル鉱石の表面を撫でた。

——パリンッ。

俺の耳にだけ、強固なプログラムが砕け散る軽快な音が聞こえた。

俺が再び魔力スキャンをかけると、ミスリルの内部に張り巡らされていた【絶対耐熱】の魔法術式が、綺麗さっぱり消滅していた。

「よしっ! 完璧だ! ありがとうセシリア、君は最高の女神だ!」

「な、なによ急に大声出して……! 早く剣を作ってお風呂直しなさいよ!」

頬を赤くして怒るセシリアを置いて、俺は全速力でダリアの待つ工房へと走った。

3

「ダリア! もう一度炉に入れてくれ! 今度こそ溶けるはずだ!」

工房に戻るなり、ダリアが再びミスリルを青い炎の中へ放り込む。

すると——先ほどまで一切の変化を見せなかった銀色の鉱石が、まるで嘘のようにドロドロに融解し始めたのだ。

「溶けた……! よし、ここからはアタシの領域だ!」

ダリアは歓喜の声を上げ、重い鉄槌を振り下ろした。

カーンッ! カーンッ!

魔法のロックが外れたミスリルは、ダリアの思い描くままに形を変え、やがて一本の美しい長剣の形へと鍛え上げられていった。水で冷却すると、刀身は月明かりのように澄んだ銀色の輝きを放っている。

「……できた。ミスリルの剣だ」

俺とダリアは、汗だくになりながらハイタッチを交わした。

「よし、これで勇者アレンとの契約ディールは達成だ。念のため、試しの素振りをしておこう。ダリア、その辺の鉄屑を斬ってみてくれ」

「任せな! アタシの最高傑作の切れ味を見せてやる!」

ダリアがミスリルの剣を上段に構え、作業台に置かれた分厚いクズ鉄の塊に振り下ろす。

ギィィンッ! という鈍い音が響いた。

「…………え?」

ダリアの手から、剣がポロリとこぼれ落ちた。

俺は自分の目を疑った。なんと、ミスリルの剣の刃先が、クズ鉄に負けてボロボロに「刃こぼれ」を起こしていたのだ。

「な、なんで……!? 鋼よりも遥かに硬いはずのミスリルが、ただの鉄に負けるなんて……!」

ダリアがパニックに陥る。俺は慌てて刃こぼれしたミスリルを拾い上げ、再び魔力スキャンをかけた。

そして、致命的な見落としに気づき、頭を抱えた。

「(……なんてことだ。この鉱石は、魔法をキャンセルされたことで『硬度』まで落ちてしまっている!)」

あの【絶対耐熱】の魔法術式は、熱を防ぐだけでなく、ミスリルの分子構造を内側から強固に結びつける「骨組み(構造材)」の役割を果たしていたのだ。

魔法を解除してただの金属になったミスリルは、実は鋼よりも柔らかく、脆い素材だった。

つまり、勇者の力に耐えうる本物のミスリル剣を完成させるためには、2つの工程プロセスが必須だったのだ。

① セシリアの力で魔法をキャンセルし、加工可能な状態にして剣の形に打つ。

② 剣の形になった後、失われた【絶対耐熱】の魔法術式を、もう一度ミスリルに「再付与エンチャント」して硬度を取り戻す。

「……ダリア。まだ完成じゃない。この剣に、特許目録にも載っていない古代の魔法をコーディングし直さなきゃならないんだ」

「そんな無茶な……! 魔法の付与なんて、アタシたちじゃどう逆立ちしたって無理だぞ!」

4

特許に縛られない「未知の魔法の付与」を依頼できる人物。

俺の頭に浮かんだのは、スラムの森に住む魔女・イレーネおばさんしかいなかった。俺たちはすぐに彼女のあばら屋を訪ねた。

「……【絶対耐熱】の魔法を、一から組み上げて付与しろだって?」

俺が書き起こしたミスリルの魔力構造図(設計図)を見て、イレーネは呆れたようにため息をついた。

「悪いが、坊主。こいつはアタシの手には余る。特許の枠に収まらない無料魔法(民間伝承)を扱えるアタシでも、こんな複雑で繊細な古代術式を、金属に定着させることなんてできやしないよ」

「そんな……! おばさんの腕でも無理なのか?」

「ああ、無理だね。……だが」

イレーネは煙管きせるをふかしながら、遠くを見るような、少し寂しげな目をした。

「アタシじゃ無理だが……王都に一人だけ、これを完璧に付与できる才能を持った『天才』がいる」

「本当か!? そいつは誰だ!」

「……クロエ。王都の特許庁の下請けで、付与魔術師をやっている二十代の小娘さ。ギルドのクソみたいな縛りの中で飼い殺されているが、あいつの魔法を『編み込む』才能は、この国で右に出る者はいない」

イレーネの言葉に、俺は身を乗り出した。それほどの技術者がいるなら、なんとしてでも事業に引き入れたい。

「紹介してくれ! 報酬ならいくらでも……」

「無理だね。あの子は、アタシの話なんて一切聞かないよ」

イレーネは自嘲気味に笑い、図面を机に放り投げた。

「クロエは、昔……アタシのたった一人の弟子だった。だが五年前に大喧嘩をしてね。アタシを『時代遅れの魔女』と罵って、ギルドの特許システムに魂を売ったのさ。今じゃ犬猿の仲ってやつだよ」

俺は息を呑んだ。

天才的な技術を持つ、魔女の元弟子。しかも、師匠との間に深い確執を抱えている。

「(……だが、彼女の技術スキルがなければ、このプロジェクトはここで頓挫する。なんとしてでも、そのクロエという技術者を口説き落とさなければならない)」

俺はイレーネおばさんに頭を下げ、クロエの居場所を聞き出した。

絶対耐熱の再付与という、未だ成功者のいない無謀な挑戦。次なる俺のミッションは、ギルドに囚われた若き天才付与魔術師の「引き抜き(ヘッドハンティング)」だった。

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