第10章 封じられた鉱脈と、無自覚な『盾』の再発見
1
魔獣がウヨウヨいるという未踏の森の探索は、拍子抜けするほど順調に進んでいた。
「すごい……! 本当に魔力を流しても刃がまったくブレない。なんだこの剣は!」
森の木々の間を抜けながら、先頭を歩く勇者アレンが歓声を上げた。
彼が一振りするだけで、巨大な魔獣が容易く両断されていく。ダリアの打った『鋼』の剣は、アレンの規格外の魔力と腕力を見事に受け止め、その威力をいかんなく発揮していた。
「ふふーん、アタシの鉄槌を舐めるなよ」
ダリアが誇らしげに胸を張る。アレンがいれば、確かに森の道中は安全地帯も同然だった。
「ちょっと、早く歩きなさいよ変な子。遅れてるわよ」
「悪かったな、体力がなくて。……って、お前本当にピクニック気分だな」
最後尾を歩く俺の前で、セシリアは鼻歌交じりに森の小道を歩いていた。
魔獣の血飛沫を見ても顔色一つ変えない、その図太い神経には恐れ入る。だが、俺はどうもさっきから、彼女に呼ばれる「変な子」という響きに、妙な違和感……胸の奥をくすぐられるような既視感を覚えていた。
どこかで、同じように呼ばれたことがあっただろうか。
2
やがて俺たちは、森の最深部にある洞窟——ミスリル鉱脈が眠るダンジョンの入り口に到着した。
薄暗い洞窟の奥深くへと進んでいくと、やがて開けた空間に出た。岩肌には、銀色の星屑のようにキラキラと輝く美しい鉱石が群生している。
「あれがミスリル……! なんて美しい輝きだ」
俺とダリアは息を呑んだ。
しかし、俺たちがその鉱石に駆け寄ろうとした瞬間、アレンが鋭い声で制止した。
「待って! 前に出ちゃダメだ!」
アレンが指差した先。鉱脈へ続く通路を塞ぐように、目に見えない透明な壁——強固な魔力の網が張り巡らされていたのだ。壁の中心には、王都の貴族の紋章が赤々と浮かび上がっている。
「……【第205号特許:不可侵の空間封鎖】。上位貴族しか使えない強力な封印魔法だ」
アレンが苦々しい顔で呟いた。
「おいおい、なんでこんな辺境のダンジョンに貴族の特許魔法が張られてるんだよ! ミスリルは加工できないゴミ扱いなんだろ?」
俺が尋ねると、アレンは首を振った。
「素材としてはゴミでも、これだけ美しく輝く石だ。美術品や観賞用の宝石としての価値に目をつけた一部の貴族が、自分たちの独占物としてこの鉱脈ごとダンジョンを封鎖してしまったんだよ」
なるほど。実用性がなくても「希少性」があれば、権力者はとりあえず特許魔法でツバを吐いて囲い込む。いかにもこの世界の貴族らしい強欲なやり方だ。
「ここから先に入るのは明確な特許違反になる。僕でも、貴族の特許魔法を無理やり破ればただじゃ済まない……」
勇者であるアレンですら、この世界の絶対的なルールである「特許」の前には手出しができない。俺たちは目の前に広がる究極の素材を前に、立ち尽くすしかなかった。
3
「ちょっと。何突っ立ってるのよ」
苛立った声と共に、後ろからセシリアがズカズカと歩み出てきた。
「セ、セシリア! 危ない、その壁に触れたら強力な魔法の反撃が……!」
アレンが青ざめて手を伸ばすが、遅い。
セシリアは「こんなもの無視すればいいでしょ。早くお風呂直したいのよ」と文句を言いながら、光る封印の壁にそのまま手を触れた。
——パリンッ!!
ガラスが砕け散るような甲高い音が響き渡り、貴族が張ったはずの強固な封印魔法が、文字通り「跡形もなく」消滅した。
「なっ……!?」
アレンとダリアが絶句する。
しかし、セシリア本人は何事もなかったかのように手をポンポンと払い、「あ、なんか勝手に開いたわよ。ラッキーね」と涼しい顔で振り返った。
俺は、その光景から目が離せなかった。
理不尽な魔法契約。彼女を覆う光の紋章。そして、パリンと砕け散る特許魔法。
パズルのピースが、一気に噛み合った。
「(……思い出した。十年前、路地裏でギルドの集金人の魔法を打ち砕いた、あの時の金髪の少女……!)」
俺を「変な子」と呼んだ、あの生意気な平民の少女。少し大人びていたせいで気づかなかったが、セシリアは間違いなくあの時の彼女だった。
既存のルールを強制キャンセルする、理不尽に対する究極のバグ能力。
俺は心臓が跳ね上がるのを抑えきれなかった。
やはり彼女は、俺の事業に絶対に欠かせない『最強の盾』だ。この能力があれば、貴族の理不尽な特許封鎖すら無効化できる。
「ほら、レオ! さっさと採掘するよ!」
ダリアの声でハッと我れに返る。
「あ、ああ! ……でも、あまり欲張るなよ。封印が解けたのがバレたら面倒だ。当面必要な分だけ、こっそり頂いて帰ろう」
俺たちは少しばかりの後ろめたさと緊張感を抱えながら、ダリアのピッケルで最低限のミスリル鉱石を叩き割り、急いで帰路についた。
4
帰り道。
セシリアとダリアが前を歩いている隙を見計らって、アレンがこっそりと俺に耳打ちしてきた。
「ねえ、レオくん。……さっきのセシリアの現象、君はどう思う? ただの封印の劣化じゃあんな割れ方はしない。彼女、何かとんでもない力を持ってるんじゃ……」
さすがは勇者、勘が鋭い。
だが、ここで彼女の能力を公にすれば、確実にギルドや国に目をつけられる。彼女の能力は、いずれ俺が巨大なシステムを立ち上げる時まで、静かに手元に置いておくべき「切り札」だ。
「さあ? 俺にもよく分からないですよ。ただ、彼女は昔から異常に『運が良い』だけなんじゃないですか? たまたま封印の魔力が切れるタイミングだったとか」
「運、か……。まあ、彼女らしいといえばそうかもしれないけど」
俺がはぐらかすと、アレンは訝しげな顔をしつつも、それ以上は追求してこなかった。
5
無事に王都の東の廃工区、俺たちの工房へと帰還した俺は、アレンに一つ「念押し」をした。
「アレンさん。ミスリルの剣が完成した時のことですが……一つ約束してほしいんです。剣を受け取ったら、絶対に『ダンジョンの宝箱で見つけた』と言い張ってください」
「え? なぜだい? 君たちの素晴らしい技術を宣伝した方が……」
「ダメです。特許魔法で溶かせないはずのミスリルを加工できる工房があると知れ渡れば、貴族どもは必ず俺たちの技術を理不尽な難癖で奪いに来ます。俺たちが力をつけるまでは、絶対に秘密にしておきたいんです」
俺の真剣な言葉に、アレンは事情を察して深く頷いた。
「分かった。そういうことなら、僕の口からは絶対に漏らさないと誓おう。完成を楽しみにしているよ」
アレンとセシリアを見送った後、俺とダリアは工房の作業台にゴロンと転がる、鈍い銀色の鉱石を見つめた。
「……さて。素材は手に入れたが、ここからが本番だな」
「ああ。特許魔法を弾き返す、完全なる魔法耐性の石。アタシの反射炉の青い炎で、どこまでこいつを溶かせるか……」
ミスリル。それはただの金属ではない。この世界の常識を根底から覆すための鍵だ。
だが、お伽話の金属を加工する工程が、そんなに簡単にいくはずがない。俺とダリアは息を吐き、静かに炉の火を熾し始めた。




