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王都に戻って十日後、状況が急変した。
魔王軍の一部隊が、アルベニア王国の中部にある交易都市・ソルティアに侵攻したのだ。
「緊急の神殿会議を開きます!聖女殿もご参加を!」
深夜に叩き起こされ、私は眠い目をこすりながら会議室に向かった。
集まっているのは、リュシアン王太子、ヴァルデ大神官、数名の将軍たち。彼らの顔は一様に青ざめている。
「逃げ遅れたソルティア市民、約五百人が孤立している。魔王軍は市を包囲し、内部との通信を遮断した」
「どれくらいの規模の部隊ですか」と私は聞いた。
「斥候の報告では、五千から八千」
「……王都の守備を薄くせずに向かえる兵力は?」
「三千が限界です」と将軍の一人が言った。「戦力差は明らか。それゆえ、聖女様のお力があれば……」
全員の視線が私に集中した。
「聖女の浄化の力で、魔王軍の兵を無力化できないか、というご提案ですか」と私は静かに聞いた。
「はい。伝説では、大聖女は一人で万の軍を打ち払ったと……」
——無理だ。
私の胸の中で、冷たいものが広がった。
一人で魔王軍を打ち払う?
そんな力、あるわけない。
私にできるのはせいぜい、傷の手当と、病人のケア。あとは少しばかりの医療知識があるだけだ。
でも、ここで「できません」と言ったら?
聖女の正体が露見する。私は偽物だと判明する。
——そして五百人の市民が孤立したままになる。
(どうする)
私は唇を固く結んだ。
「……三日、時間をください」
「聖女様?」
「三日間、祈りを捧げます。その後、私自身がソルティアへ向かいます」
「お一人で、ですか?」
「騎士の護衛は必要です。でも、戦術の主導権は私に。よろしいですか」
リュシアンが、鋭い目で私を見た。
「……聖女に、策があると?」
「あります」
嘘だ。今この瞬間は、何もない。でも考える。考えなければならない。
看護師として培った、「限られたリソースで最善を尽くす」という思考回路を、全力で動かせば——きっと何か、見つかる。
そう信じるしか、なかった。
*
その日の夜。
夢の庭園で、私は珍しく自分から話しかけた。
「ねえ。もし、すごく難しい状況に直面した時あなたはどうやって判断する?」
「難しい状況、とは」
「自分の力では解決できないかもしれない、と思う時」
彼はしばらく考えた。
「力で解決しようとするから、限界が見えるのかもしれない」
「どういうこと?」
「力とは、一つとは限らない。戦う力。守る力。逃げる力。繋ぐ力。時に、戦わないことが最も大きな力になる」
「……戦わない選択」
「そう。私も、それを学ぶのに長い時間がかかった」彼は少し苦笑した。
「以前は、すべてを力で解決しようとしていた。だが、最も守りたいものは——力を振るうことで、しばしば壊れる」
私はその言葉を、胸にしっかりと刻んだ。
「ありがとう。なんだか、答えが見えてきた気がする」
「役に立てたなら、それでいい」
彼はカップを口に運びながら、さりげなく付け加えた。
「——あまり危険なことはしないでくれ」
「……うん」
私は頷いて、彼の顔をじっと見た。
(この夢が終わって現実に戻っても、私はまたここに来られるかな)
その問いに答えが出ないまま、私は静かに目を閉じた。




