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翌朝、私はリュシアン王太子に「前線視察には同行する」と伝えた。


「ただし、戦闘への直接参加は状況次第で判断させてください。神への祈りの時間を確保していただければ、力を存分に発揮できる可能性があります」


「……聖女の仰せの通りに」

リュシアンは微妙な表情をしたが、とりあえず了承した。


祈りの時間、と言ったのは布石だ。

いざとなれば「神の啓示を待っています」と言って時間を稼げる。その間に、医療的に何かできることをするしかない。


*


二日後、私は五十名の騎士団と共に、王都から馬車で二日ほどの距離にある東の国境へ向けて出発した。


道中、護衛の騎士団長——ガルウィン卿という壮年の男性——が隣に並んで声をかけてきた。


「聖女様は、初めての遠征でございますか」

「……そうですね、このような形では」

「ご安心を。魔王軍の本隊はまだ国境の向こうにおります。今回は前線部隊の士気高揚と、負傷者の治癒が主な目的ですので」


負傷者の治癒。それは私にもできる。

包帯の交換、傷の洗浄、痛みのアセスメント、感染の見極め。看護師としてずっとやってきたことだ。


「負傷者はどのくらいいるのかしら?」

「先の交戦で、三十名ほどが手当を要しております。うち、五名は重傷と聞いております」

「……わかったわ。到着したらすぐに診たい」

「は……聖女様自ら診られるので?そこまでされなくても、」

「患者を診るのに距離は関係ないわ」と私は言った。

「神の力を仲介するには、直接触れる必要があるの」


嘘ではない。直接触れなければ、何もわからないのだから。


*


前線の野営地は、想像よりずっと過酷な場所だった。

泥と血の混じった臭い、くぐもった呻き声、薄暗い天幕。


私は法衣の裾をたくし上げ、持参した布の袋——中には神殿の薬草庫から失敬してきた消毒用の薬草酒と、清潔な包帯が入っている——を抱えて真っ先に重傷者のもとへ向かった。


「聖女様、お待ちを!まず神官が祈りの場を整えますので……」

「後でいいわ」


五人の重傷者を次々に診る。

一人は膿んだ刺傷で、このまま放置すれば敗血症になる。三人は骨折を伴う打撲で、固定が不十分だった。一人は矢が肩に刺さったまま抜かれておらず、これは早急に処置が必要だ。


「——これ、どうして矢を抜いていないの?」

私の声が、知らず知らずのうちに鋭くなった。


「聖女様が来るまでは、下手に動かさぬよう……」

「汚れた金属が体内に残ったままだと感染を起こす。大血管を傷つけていない位置だから、今すぐ抜いて洗浄する必要があるわ」


「し、しかし……」

「私がやります。清潔な布と、熱湯を用意して」

場が凍りついた。

騎士も従軍神官も、ぽかんとした顔で私を見ている。


——やばい、やりすぎた。


でも、目の前で苦しんでいる人を放っておけるほど、私の神経は太くない。


「……聖女様が、じきじきにご処置を?」と従軍神官がおそるおそる言った。

「神の御業は手を通じて伝わるものよ」と私はでたらめを言った。

「さあ、早く」


一時間後、五人の重傷者全員に適切な処置を終えた私は、天幕の外で一人、静かに深呼吸をした。


「……凄まじいお方だ」

ガルウィン卿が隣に立ち、わずかに声を震わせた。

「聖女様があのように……直接、血の出た傷口に触れるとは。あれは確かに、人間業ではございませんでした」


違う、全部人間業です——と言うのをぐっと飲み込んだ。


「神の御心は、清潔さと誠実さの中にあるわ」

そう言って、私はすり切れた笑みを向けた。

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