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孤児院の慰問は、思いがけず心が和む時間だった。


「聖女さまー!」

子どもたちが駆け寄ってきて、私の法衣の裾をぎゅっと握る。私はしゃがんで目線を合わせ、一人ひとりの頭を撫でた。


「体の具合はどう? ちゃんとご飯、食べているかしら?」

「たべてるー!でも、ニコラがお腹いたいって」

「そうなの、案内してくれる?」


連れて行かれた先には、七歳くらいの男の子が腹を抱えて横になっていた。

顔色を見て、腹部を軽く触診して、聞き取りをする。おそらく便秘だ。食物繊維の少ない食事と、運動不足。


「お腹が少し疲れてるみたい。お水を飲んで、今日は白いパンじゃなくて、麦入りのパンと、茹でた野菜を食べさせてあげて。それと、お外で走って遊ぶのが大事よ」

「は、はい……!聖女様のお言葉を胸に刻みます」

院長が感激した様子で頭を下げる。


私は内心苦笑した。

食物繊維と適度な運動は、便秘の基本中の基本だ。聖女の奇跡でもなんでもない。


でも、子どもたちの笑顔を見ていると、胸の奥が少し暖かくなる。

看護師の仕事が好きだった理由を、思い出す気がした。


*


午後の王太子との謁見は、慰問とは打って変わって緊張を強いられるものだった。


「聖女よ。先日の国境付近での魔獣の出現について、あなたの見解を聞かせてほしい」

謁見の間の玉座に腰かけたリュシアン王太子は、私と同年代くらいの、黒髪の端正な男性だ。頭は切れるが、笑顔を見せることがほとんどない。


「……はい。魔獣の出現頻度が増しているということは、どこかで魔力の均衡が崩れているということだと思います。原因を探らなければ、いくら討伐しても根本解決にはならないかと」

「ふむ」

リュシアンは目を細めると、じっと私を見た。


「以前、聖典の第十三章には、魔獣の大量発生は"滅びの前兆"であると記されている、と話してくれたな。聖女はそれについて、どのようにお考えか」

「——滅びの前兆」


私は表情を変えないようにしながら、内心で冷や汗を流した。


聖典の第十三章。正直、まだきちんと読めていない。

ヴァルデ大神官から写本を借りてはいるが、この世界の古語は現代語と少し違っていて、解読に時間がかかっているのだ。


「……聖典の言葉を字義通りに受け取るべきかどうか、まだ熟考中です」と私は慎重に答えた。「ただ、"滅び"というのが比喩であるなら、現在の均衡の崩壊を意味している可能性があります。魔王軍の動きとの関連を調べることが先決かと」


「……聖女は、魔王軍については楽観的なのか、それとも慎重なのか、いつも判断がつかぬ」

リュシアンは小さくため息をついた。


「我が国の軍はすでに魔王軍と三度交戦している。神殿にも増援の要請が来ているが、聖女の意向を伺いたいのだ」

「……増援要請」

「聖女の力が、最前線に必要だと将軍たちは言っている」

私の心臓が、ドクンと跳ねた。


前線に出る。

それはつまり、本物の聖女としての魔法を使わなければならない場面に、直接さらされるということだ。


「……少し、お時間をいただけますか。重大な決断ゆえ、神に祈りを捧げてからお答えしたく」

「……そうだな。三日以内に返答を」


謁見の間を退出した瞬間、私はひっそりと息を吐いた。


三日。


三日のうちに、どうにかしなければ。

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