19
その夜、私は急ぐ気持ちを抑えて夢の庭園に入った。
ヴィルはもう来ていた。
テーブルの上に、紅茶が二つ。いつも通りの夜。でも、何かが決定的に違っていた。
「……現実で、会ったな」と彼は言った。
「うん」
「声も、顔も——夢と同じだった」
「そうね」
「君は、「大聖女」ではなかった。ただの人間だった。外見も、立場も——私が想像していたより、ずっと小さかった」
「ひどい言い方ね」
「そうではない」とヴィルは言った。
「私が言いたいのは——それでも、君は誰よりも大きく見えた、ということだ」
私は何も言えなかった。
「……交渉の場を、君が作った。偽者の聖女が、百年の戦争を動かした」
「偽者が、ね」
「カオリ」
ヴィルが、私の名前を呼んだ。
現実の声と、全く同じ響きで。
「はやく夢の外で、また会いたい」
私の心臓が、今まで経験したことがない速さで跳ねた。
「……私も」
「それだけではなく」
「……え?」
「三ヶ月後の話し合いが無事終わったら——君に名前を呼んでほしい」
「ヴィル、って?」
「そうだ。現実で君に名前を呼ばれるのは、どんな心地だろう」
私は胸の奥が、じんと温かくなるのを感じた。
「……わかった。約束する」
「私も、約束する」
胸の中に、温かいものが溢れてきた。
「……ヴィル」
「何だ」
「夢の外でも、大好きよ」
彼は、ゆっくりと笑った。
庭園の端に広がっていた黒ずんだ影が、今夜は——ほとんど消えていた。




