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交渉は、三時間続いた。
互いの言い分が、しだいに明らかになっていった。
百年前の聖女が放った光は、人間には癒やしでも、魔族にとっては「遺伝子や魔力を汚染する毒」だった。
それ以降、魔族の子供が生まれにくくなり、あるいは異形化して理性を失う病が蔓延した。
魔族は「そもそも互いの領域を侵犯していたのは同じ。聖女の光さえなければ、このように争いが激化することもなかった」と主張した。
そして魔族側が訴えたのは、百年前の「浄化の光」で失われた命の謝罪と、魔族の居住地域への不可侵の約束。
アルベニア側が訴えたのは、魔族による国境侵犯の停止と、人間の商人や旅人の安全保障。
「我々が先に攻撃したのは、百年前の聖女が——」とヴィルの部下の一人が声を荒げた。
「百年前のことを今の人間に謝れというのは」とリュシアンの護衛が声を上げる。
「待ってください」と私は言った。
二人が私を見た。
「——互いに、謝罪を求めるのは理解できます。しかしそれが簡単ではないことも、同時にお分かりでしょう」
私は息を吸った。
「でも、認めることはできる、と私は思います。この百年間で、多くの命が失われた。双方にとって。その事実を——まず、認めることから始めませんか」
沈黙があった。
「認める、だけ……」とヴィルの部下が言った。
「ええ。謝罪と認識は違う。謝罪は責任を問う。認識は、事実を共有する。事実を共有することが、話し合いの出発点ではないですか」
リュシアンが静かに言った。
「……我々は、百年前の出来事によって、また百年間の争いによって多くの命が失われたことを、認識する」
ヴィルが、ゆっくりと頷いた。
「我々も、同様に認識する」
その言葉が、礼拝堂の空気をほんのわずかに変えた。
*
交渉がまとまったわけではなかった。
ただ、「また会う」という約束がされた。
三ヶ月後、同じ場所で、次の話し合いをする——それだけが、その日の成果だった。
帰路の馬車の中で、リュシアンが静かに言った。
「……よくやった、カオリ殿」
「いいえ、殿下のご判断がなければ、この場は作れませんでした」
「貴女がいなければ、私はこの場に踏み出せなかった。お互い様だ」
リュシアンは窓の外を見ながら続けた。
「……魔王ヴィルヘルムは、賢い。そして、思ったよりも——若く見えたな」
「……そうですね」
「貴女は、彼を知っていたのか」
私は少し間を置いてから、言った。
「……夢の中で、よく話していました」
リュシアンが、信じられないものを見るような目で私を見た。
「夢の中で」
「はい」
「——それは、どういう」
「よくわかりません。でも、お互いの正体を知らないまま、百日以上話し続けていました」
「……なるほど」とリュシアンは言った。
「それで、交渉のルートを持っていると言ったわけか」
「……そういうことです」
「呆れた」
でも彼の口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
「——しかし、まあ」とリュシアンはつぶやいた。
「夢の中で交渉ルートを作るとは、貴女は本当に神に遣わされた者かもしれないな」
「そんなわけありません」
「いや——あながち否定もできない」




