16
三日後、私は一つの賭けに出た。
夢の庭園で、ヴィルに言った。
「交渉の場を、設けたいの。魔王軍の代表と、アルベニア王国の代表が——直接、話し合える場所を」
「……それが可能だと?」
「国が場所を用意する。中立地帯を。そこで、ただ話し合うだけ。剣も、魔法も、なし」
「連絡はどうするつもりだ。私たちしか知らない夢の中で伝えた、では人間は納得しないのではないか」
私はヴィルをまっすぐ見つめた。
「ヴィル——夢の外でも、つながれる方法はある?あなたの助けがいるわ」
彼は沈黙の後、言った。
「……一つ、方法がある」
「教えて」
「この庭園は——私が意図して作ったものではない」とヴィルは言った。
「前に少し聞いたわ。気づいたらあったって」 「そうだ。魔族の王の血には、限界に近づいた時に夢の中へ逃げ場を作る性質があると、後から知った。私が初めてここに来たのは、まだ若い頃だ。魔王としての重責を初めて担わされた夜だった」
「……それから、ずっと一人でいたの」
「そうだ。ここは私だけの場所のはずだった」
彼は少し間を置いた。
「だから——君が初めて来た夜は、意味がわからなかった」
「怖かった?見知らぬ人間が急に現れて」
「怖くはなかった。ただ、困惑した。そして、なぜかと考えた」
「……答えは出たの?」
「時間がかかったが、一つだけ」
ヴィルは静かに私を見た。
「魔族の夢の逃げ場は、主と同じ重さの孤独を持つ魂にだけ——扉を開くと言われている」
「……」
「君はあの頃、ひどく根を失った状態にあったのだろうと思う。どこにも繋がれていない魂は、引力に素直になる。私の庭園の扉が——君を引き寄せた」
私はしばらく黙って、自分の手のひらを見た。
あの頃の私。
名前も役割も全部借り物で、本当の自分がどこにいるかもわからなかった、あの頃の私が。
「じゃあ私が来られたのは、私があの頃ぼろぼろだったから?」
「……そう言うと、語弊がある」とヴィルは言った。
「孤独の重さが、同じでなければ扉は開かない。どれほど根を失っていても、孤独が軽ければ——届かない」
「それって」
「君の孤独が、私のそれと——同じ重さだった、ということだ」
私は何も言えなかった。 否定はできなかった。
でも、なんとも言えない気持ちが胸に広がった。
出会いが必然だったと知ることは——嬉しいような、切ないような。
二人ともそれほど孤独だったのか、と思うような。
「ヴィル」
「何だ」
「最初の夜から椅子が二つあったの、覚えてる?」
彼は少し目を見開いて、それから静かに言った。
「……覚えている」
「あれは、どういうこと?」
「わからない」とヴィルは言った。
「ただ——気づいた時には、そうなっていた」
少しの沈黙があった。
「君が来ることを、私の夢が知っていたのかもしれない」
その言葉を、私はしばらく胸の中で転がした。
夢が知っていた。 意識より深いところで、ずっと前から——誰かを待っていた。
「……ねえ」
「何だ」
「その話、もっと早く教えてくれればよかったのに」
「言えるか」とヴィルは言った。
その声が、少し低くなった。
「君に、「私と同じ重さの孤独を持っている」などと——どうやって言えばいいんだ」
私は、思わず笑ってしまった。
その気遣い方が、あまりにも彼らしかったから。
「魔族の王の血の言い伝えと同じく、王のみに伝わる古い術で——夢の中と現実でそれぞれ特定の術式を描くことで、相手に信号を送ることができるものがある」
「信号?」
「微弱な魔力の波動だ。それに乗せて、場所と日時を伝えることができる」
「やってみる」
「……古い術だ。誤ると反動が大きいんだ。危険ではないか」
「全部が危険よ。でも、やらなければもっと危険」
ヴィルはしばらく私を見て、それから静かに言った。
「……君と話していると、人間と魔族が会って話すことが、当たり前のことのように思えてくる」
「当たり前よ。話し合えるなら、話し合えばいい。それだけのことよ」
「……そうだな」
彼はゆっくりと立ち上がり、私の手を取った。
「術式を教えよう。現実で試してみるといい」
*
翌日、私は神殿の奥の祈りの間で、ヴィルに教わった術式を空中に描いた。
何が起きるかわからなかった。でも。
三日後、神殿の門前に、一人の人物が現れた。
黒いローブを纏い、顔に布を巻いた——明らかに人間ではない存在が、「ヴィルヘルム様より、使者として参った」と言った。




