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その日の夜、私は夢の庭園に駆け込むように入った。
「ヴィル!」
「……来たか」
彼はいつもの東屋にいたが、その表情は珍しく緊張していた。
「話した」
「王太子に、か」
「うん。偽者だって、全部。そして——交渉の可能性について話してほしいって、言われた」
ヴィルは静かに目を閉じた。
「……リュシアン・アルベニアは、賢い」
「知ってるの?」
「敵国の王太子の情報くらいは持っている。彼は感情より論理を重んじる。怒るよりも、利を考える人間だ」
「……ヴィル」
「何だ」
「あなたは、交渉に応じる気持ち、ある?」
長い沈黙があった。
庭園の黒ずんだ影が、今夜は明らかに縮んでいた。
「……私が夢の中で君と話してきた、百日あまり」とヴィルは静かに言った。
「私は何度も考えた。なぜこんな夢を見るのか。なぜ、こんなに話したいと思う相手が現れたのか」
「……うん」
「おそらく——私も、疲れていたのだと思う。戦うことに。命令することに。守るために傷つけることに」
「ヴィル」
「交渉に応じる気持ちは、ある。だが、私の部下が納得するかどうかは別の話だ。百年の恨みは、簡単には消えない」
「……私も」と私は言った。
「今日の謁見で思ったんだけど。人間側も同じだと思う。百年の恐怖は、簡単には消えない。でも——消えなくても、隣に置いておけるようになれば、それでいいんじゃないかって」
ヴィルは、じっと私を見た。
「消えなくても、隣に置いておける」
「そう。恐怖や怒りを忘れろ、なんて無理なこと言わない。でも、それを持ったままでも一緒のテーブルに座れる、という状態を目指すこともできると思う。私が患者さんと向き合う時も、同じことを考えてた。全部わかり合うのは無理。でも、少しずつ、信頼を積み重ねていくことはできる」
「……君は」
「うん?」
「どこまで行っても、相手のことを考えているんだな」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「そう。それが私の、ずっと前からしてきたことだから」
ヴィルも、ゆっくりと笑った。
この夢の庭園で、彼がこんなふうに笑うのを見たのは——久しぶりのような気がした。




