88. 【番外編】 運と勝負の神の事情 12/13
運と勝負の神は、フォルトゥナグルになった。
神格は、上がった。自分でわかる。力の漲り方が全然違う。
どうやら盟約を結んでいようがいまいが関係なく、名付けの神格化は有効らしい。
盟約は、単に愛し子の占有権なのだろう。盟約を結んでいる限りは、他の神が手を出せない。
名付けてもらうための、占有権。生きている間にそれを他に手放す愛し子など、今までいなかった。
だから。
(例外は、作れた)
「大丈夫なのか? 格は上がったのか? もしかして名前が気に入らなくて、またへそ曲げてんのか?」
その張本人が、勝手なことを言っている。
(そんなわけあるか)
またって何だ。へそを曲げたことなんかないはずだが。
「大丈夫だ。格は上がった。名前も気に入ってる」
今までと同じように出したはずの声は、やけに艶っぽく、少し低い声になっていた。
「え、誰」
引いたようなラルフの声に、フォルトゥナグルはくすりと笑う。
「フォルトゥナグル。お前が名付けてくれたんだろう。おかげで無事、神格が上がったらしい。声だけじゃない。何かいろいろ変わったようだが、まあそれは後で確かめる。助かった、本当に」
助かった。これでソラ・ティリオスは、消滅の危機を回避した。
(俺たちの、勝ちだ)
思わず安堵の息をつく。
ありがたいことに、もう体のどこにも不調はない。立ち上がったら、目線が変わっているのがわかった。
(成長した?)
「そ、そうか。ならよかった」
何が起こったのかわからず、ラルフはわかりやすく困惑気味だ。
(見せてやれたらいいのにな)
フォルトゥナグルはラルフを見ることができるが、ラルフはフォルトゥナグルを見ることができない。
「で、何でフォルトゥナグルだ?」
ラルフは、その場で思いついたにしては長くはないが、短くもない名前を付けた。
しかも、何かひしひしと力を感じる響きだ。
「ブレット、ああ、俺の育ての親。ブレットの家に住ませてもらってた時は、書斎の本を自由に読んでよかったんだ。だいたいが軍事関係だったり戦術書だったりする中で1つだけ、伝承らしい古い装丁の、挿絵付きの本があったんだ。古語だから読めたり読めなかったりして、たぶん英雄譚なんだろうなっていうのがわかるくらいで、結局いまだに詳しくどういう話なのかはわからないんだが」
古語、だと。
嫌な予感がした。
古語は、今は箱庭ではすでに失われた言語。神の庭でももう使われておらず、長年存在する神、おそらくシェ・エル・リラ・ユンほどの古株であれば不自由なく使えるだろうが、フォルトゥナグルには馴染みの薄い言語だ。そういうものがある、という認識がある、そんな程度の。
古語がなぜ使われなくなったのか。
それは、言葉が力を持ちすぎていて、通常使いに向いていないからだ。
「何かかっこいい挿絵で、俺はあの家に来た頃からその本が気に入って、よく開いてた。そこに出てくる主役級の、俺が一番好きだった登場人物の名前が、フォルトゥナグル」
「人物の名前は読めたのか」
話を読めずに、いまだにどんな内容かもわからないくせに。
あと、これが何をしたどんな人物かは気になる。
「いや、読めなかった。どうしても知りたくて、ブレットに聞いた。実在していたかは不明の、暗部関係者では密かに信奉する者も多い、影の英雄なんだってさ。英雄って言っても、はりぼての俺とは大違いだな」
あはは、とラルフは軽やかに笑う。
(あははじゃねえ・・・)
フォルトゥナグルは複雑な気分でラルフを見つめた。
暗部で密かに信奉される影の英雄。
ブラックな香りしかしない。
しかもこれは古語。伝承だとすれば、実在していた可能性は高い。その名を継いで、どう影響するのかは未知数だ。
「好きな本の一番好きな」人物の名前を贈ってくれたことについては嬉しさしかない。ないが、自覚も悪気もなくこの愛し子は、1つ1つの仕事を丁寧にやらかしている。
規格外の、風変わりな愛し子。
(しょうがないか)
フォルトゥナグルは苦笑した。誰が何と言おうと、こいつは。
(俺の愛し子だもんな)
「俺の名は、お前だけが知っていればいい。お前が呼ぶのはかまわないが、人の子には知らせるな」
『法』に触れることはないだろうが、古語の扱いは難しい。本にある単語を音読するだけなら問題ないが、名前となると話は別だ。
箱庭に影響を及ぼす可能性を考えて、フォルトゥナグルはラルフに自分の名を秘することを求めた。
「うん? わかった」
この後、「ウィデルの後の国名が決まらない」とウィリアムに泣きつかれたラルフの、「古語がかっこいいぞ」というアドバイスによって、国名が古語で春を意味する「ユヴェル」に決まることを、フォルトゥナグルはまだ知らない。
そのおかげで加護が格段に与えやすくなった、とシェ・エル・リラ・ユンに大喜びされることも、それによる温暖化で、ユヴェルの産業形態に革命が起きることも、まだ知らない。
「なあ、次はフォルトゥナグルの番だぞ」
まるで、話をせがむ幼子みたいに。
フォルトゥナグルは笑みを漏らした。
「何から聞きたい?」
フォルトゥナグルは、乞われるままに話をした。
神は自然発生するのだという話、自分が生まれた経緯。
神と愛し子の関係は、「神は全能神 (の上の奴) の奴隷で」、なんて話はできないから、「名付けてもらって神格を上げるために、神は愛し子を生み出して、かわりに加護を与えるのだ」、とふんわりぼかした。
ラルフが生まれた経緯については、『法』に触れる危険は冒したくないから、「自分のやらかしによって夏の神に迷惑がかかり、その状況を打開するために協力してもらうことになった先で、ラルフが生まれることになった」ことにした。
ラルフは、フォルトゥナグルのそんなとりとめのない話を、飽きる様子もなく、ずっと楽しそうに聞いていた。




