89. 【番外編】 運と勝負の神の事情 13/13
一応無事な姿を確認しておこう、とソラ・ティリオスに会いに行ったら、傍らにシェ・エル・リラ・ユンがいた。
シェ・エル・リラ・ユンの膝枕でソラ・ティリオスは横たわり、顔を寄せて何かをささやき合っては楽し気に笑っている。
(暇さえあればいちゃいちゃしやがって)
まあ、また「神の庭が揺れ」て、弟妹が生まれるとそれはそれで面倒くさい。自分のような出来損ないは、名付けられるまでの道のりで苦労するから、もう生まれない方がいい。
遠慮したりはしない。これが常態だ。かまわず声をかける。
「元気そうだな、夏」
シェ・エル・リラ・ユンがいる手前、挑戦は成功したぞ、とはっきり言うわけにもいかず、違う言い方をした。
神の庭のルールは例外を嫌う。今回の挑戦の一連は、間違いなく例外。こんな事例があった、と、広まることを許すとは思えない。だから挑戦が終了していても、他言無用は貫いた方がいい。
「・・・」
いつもならいちゃついていても、こちらが声をかければ笑顔を向ける2人、いや2神だ。なのに、様子がおかしい。時が止まったかのように、フォルトゥナグルを見て固まっている。
「あー、声が変わったんだ。名付けられたらこうなった」
前の声とはだいぶ違っている。違和感があったんだろう、と、フォルトナグルは付け足した。
その言葉に反応したのはソラ・ティリオスだった。
「名付け・・・お前、まさか」
「何だ、変な顔して。俺だよ」
名付けられるまで名を持たなかったから、そう言うしかない。
「気付いてないのか?」
ソラ・ティリオスは立ち上がった。シェ・エル・リラ・ユンも、つられたように立ち上がる。
「ああ、背が伸びたんだろ? 目線が変わったからそれはさすがにわかってる・・・」
名付けられる前は2神と同じくらいだった目線は、今はフォルトゥナグルの方が少し高い。
「いやお前、原型をとどめていないから」
言い方がひどい。
「顔がか?」
神の庭には姿見がない。
「生きて」いないから、内側から汚れることもないし、生まれた時から着ている衣服は劣化しないし、爪も髪も伸びるわけでもなく、身だしなみを整える必要もない。
つまりフォルトゥナグルは、今の姿もわからないが、名付けられる前の自分の顔も姿も、知らない。
「顔も、身長もだが・・・もう、別の神だと思った。神威が全然違う。何があった」
「ん? 名付けられたらみんなこんな感じになるんじゃないのか?」
「お前ほどの変容はない」
ソラ・ティリオスの言葉に、シェ・エル・リラ・ユンがうなずいた。
「フォルトゥナグル。それが、名付けられた俺の名だ。気に入りの本に載ってた登場人物で、古語らしい。何を意味するか、春ならわかるか」
「!」
シェ・エル・リラ・ユンは目を瞠った。
「名付けたのはラルフか。あやつはまた・・・」
春の女神は顔をしかめた。
ラルフのことを親しげに口にされてももう、心身を苛まれるようなことはない。
それよりも、その反応が気になる。
「まずいやつか?」
「いや」
と、シェ・エル・リラ・ユンは苦笑した。
「前に、神の庭にいた雷の神の名だな」
やはり、実在したか。ぴりりと内に緊張が走る。
「人の子が好きで、愛し子とともに箱庭に干渉し続けた。その何が『法』に触れたのかは知らぬが、ある日全能神に呼ばれて、消された」
影の英雄。そう呼ばれているのだとラルフは言っていた。姿は見えなくとも、声は聞こえなくとも、人の子には慕われていたのだ、きっと。
「フォルトゥナグルの意味は?」
「運命」
「ははっ」
思わず笑いが漏れた。
名付けた本人は知らなかったとはいえ、運と勝負の神に付けられる名としては、上等なのではないだろうか。
「まだ箱庭でもわずかに古語を使っていた時代の話だ。かの愛し子は、古語に通じていたのであろうな」
元祖フォルトゥナグルは、ちゃんと意図して名付けられたようだ。
それもまた、いい。
意図せず付けられた名前は、出来損ないの自分にもったいないほどの神威をもたらした。
(俺たちらしくて、いい)
フォルトゥナグルは口元に笑みを浮かべた。
「名を継いだことにはなるが、人の子への干渉が過ぎて、末路までは継がぬようにな」
厳かな預言のように、シェ・エル・リラ・ユンがつぶやいた。
憂いを帯びてこちらを見つめる瞳は、心配してくれているのだとわかる。
(それでもいい)
名を得て神威が変わっても、能力が本質的に変わることはない。
名のある神になっても、フォルトゥナグルには箱庭の調整はできない。全能神の手足にはなれないのだ。そして全能神が、神ですらなくただの『しゃべる法典』だとわかっている今、そのことに罪悪感などわくはずもない。「その上」に対してなど、言わずもがなだ。
それなら、先代のように、やりたいようにやって、知らずにうっかり法に触れて、消え去るのがいい。
「心配すんな。気を付ける」
思惑はきれいに隠して、フォルトゥナグルは2人に笑いかけた。
***
フォルトゥナグルの能力の変化は、徐々にわかってきた。
愛し子でなくとも、人の子を、自由に追えるようになっている。
通常、神は広域で箱庭を見ることはできるが、愛し子以外の命あるものの動きを、個別に特定して追うことはできない。それができるのだとわかって、フォルトゥナグルの狭域での可視範囲は格段に広がった。
シェリルが、台に乗って棚の上の木箱を取ろうと背伸びをしている。
その日、ラルフとセドリックは書斎で事務業務を行っていた。動きがなくつまらない、と、フォルトゥナグルは妻のシェリルの動きを追っていた。
彼女は、邸内で1人でいることが多い。というより、ハリントン邸の人間は食事の時以外は基本、個人行動だ。それぞれにやることがあり、おのおのの業務に携わっていることが多い。
「んーー!」
シェリルはつま先立ちをして、もう少しで届きそうだとさらに腕を伸ばしている。
台に乗ってもつま先立ち。もう少し高い台はなかったのか。
「あ」
目当てのものに指が届き、それを前に引き出そうとして、シェリルは箱を持ったまま後ろにぐらついた。
「おい危ないだろ!」
フォルトゥナグルはつい叫んでしまいながら、シェリルが持っていた木箱を引き取って少し離れた床に置いた。本当なら倒れゆくシェリルを抱きとめてやりたいところだが、フォルトゥナグルが動かせるのは物体のみ。命あるものは動かせない。
がたん!
シェリルが足を踏み外して後ろに倒れ、そのはずみで台もひっくり返った。
「ラルフ! 納屋に来い! 今すぐだ!」
呼びながら、シェリルが無事かを確かめる。
が、何か様子がおかしい。痛みに顔をしかめるでもなく、打った場所を確かめようとするでもなく、何とか半身を起こしてぺたりと座ったシェリルは、その体勢のまま、きょとんとして動かない。
「あ、あの。どなたかいらっしゃいますか?」
視線をさまよわせながら、シェリルはおずおずと口を開いた。
「危ない、って。聞こえました。それから、箱・・・」
シェリルは少し離れた場所に、中身がばらけることもなくちょん、と置かれた木箱に目をやった。
(は?)
「俺の声が聞こえるのか?」
信じ難い気持ちで問うと、シェリルは緊張にこわばった顔で小さくこくりとうなずいた。恐怖は見えない。
状況的に、声の主が誰なのか察したようだった。
「はい。き、聞こえます。私などを助けていただきありがとうござい」
ばん! と大きな音を立てて扉が開いた。ラルフが少し荒い息をして入ってくる。続いてセドリック、倒れた時の音を拾ったのか、遅れてコニーも入って来た。
「シェリル!」
シェリルと台を見て瞬時に状況を悟ったラルフが、座り込んだままのシェリルに駆け寄って片膝をついた。
「怪我は?」
「ラルフ様」
「どこか痛むか?」
「いえあの、痛いは痛いんですが」
「うん?」
「聞こえるらしいぞ、俺の声」
フォルトゥナグルが口を挟むと、セドリックもコニーもぴくりと反応した。
「え」
ラルフは、うなずくシェリル、うなずくセドリックとコニーを見回した。
「あと、もう少し高い台、作ってやれ」
フォルトゥナグルが付け足した一言に、ラルフは破顔した。
フォルトゥナグルは、愛し子でなくとも人の子と言葉が交わせるようになっていた。
自分が認識する人間にだけ、聞こえるようになっているらしい。
「そうか。でもよかったな」
その日の晩、ラルフは私室にいた。フォルトゥナグルと話す時、たいていラルフはここにいる。
「よかった? 何がだ」
「話せるのが俺だけじゃなくなって」
「まあ、でもだからって別に何が変わるわけでもないぞ。それに、誰彼かまわず話していいってわけにもいかないだろうし」
法に触れる可能性がある。箱庭を混乱させれば、あっと言う間に全能神のお呼び出しだ。
「今はいいよ。でもほら、俺はそんな長いこと生きられないから。フォルトゥナグルは、これから先も長いんだろう?」
どきりとした。
「・・・長い、だろうな」
とだけ返す。
ラルフは、さらりと重いことを言う。
「心配してたんだ」
「心配?」
「そう。俺がいなくなったら、フォルトゥナグルは人との繋がりがなくなるんじゃないかって。寂しくなるんじゃないか、暇をもて余すんじゃないかって」
「・・・」
「でも、愛し子じゃなくても話ができるんなら、ずっと人と関われる。自覚はないかもしれないが、相当人が好きだから、フォルトゥナグルは」
わかったようなことを言うなよ、と。
からかい混じりに憎まれ口を返そうとして、でも出てはこなかった。
「お前がそんな心配しなくていいんだよ。俺だって、その時までには考える」
軽く聞こえるように意識した。
嘘だ。その時が来ることすら、考えたくない。
まるでそれを見透かしたかのように、ラルフは笑って流した。
「あははそうか。じゃあ俺は、フォルトゥナグルがゆっくり考えられるように、頑張って長生きしようかな」
「ああ、そうしてくれ」
フォルトゥナグルは、泣きたくなるような気持ちを押し隠した。
わかっている。
ラルフは人の子。ものの百年もしないうちに、寿命が尽きる。
別れは、必ず訪れる。
でも、今は。
限られた時を、大切にしたい。
何一つ、取りこぼすことのないように。
(春みたいに)
忘れないで、おくために。
***
数百年後。
人の間で、まことしやかに流れる噂がある。
歴史の重要な分岐点に、必ずのように現れる英雄。その陰には、運命の神の導きがあるのだと。
人の歴史は、戦いの歴史。
どちらかが勝てばどちらかが負ける。
ただその犠牲を最小限に食い止めるために、運命の神は導き、導かれた者は英雄と呼ばれる。
負けた側からは悪魔とも罵られ、勝った側からは平和をもたらす運命の神と崇められる、その神の本当の名を、誰も知らない。
その神は、後に英雄となる人の子に最初、こう囁くのだという。
『道を、拓きたいか?』
番外編『運と勝負の神の事情』、完結です
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