82. 【番外編】 運と勝負の神の事情 6/13
歌うように爆弾をぶち込んできた女神に、運と勝負の神はぴたりと歩みを止めて振り返った。ソラ・ティリオスは、目を見開いて恋人を凝視している。
「何・・・を?」
恐る恐る尋ねるソラ・ティリオスに、春の女神はその名にふさわしい温かな笑みを落とした。
「我も、愛し子を生み出した。できるものだな。生まれてくるのが楽しみだ」
「は?」
思わず声が出たのは、運と勝負の神だ。
「何でお前が」
シェ・エル・リラ・ユンは、笑みを崩さないまま、運と勝負の神にくるりと顔を向けた。
「我が愛し子の末は、国の管理者たる責任を忘れかけておる。このままだと、近く盟約は崩れよう。我が愛し子は、民が故郷を愛せる国にしたいと常々言っておった。我は、その願いを繋いでやりたい。加護なくば、あの地で人の子が生きていくことは難しい。ゆえに、加護の礎を、作り直す」
「できんのか、そんなこと」
この春の女神は、愛し子(が作る礎)を、すげ替えようとしている。
それは、うっかり法に触れる案件だったりしないのか。
運と勝負の神の懸念をよそに、シェ・エル・リラ・ユンは長く美しい萌黄の髪をふわりと揺らして首を傾げた。
「何も、おかしなことはしてはおらぬが。今いるのが持ち直したならば、それはそれで良し。生み出した愛し子に、無理やりすげ替えさせようとは思うておらぬ。ただ、もし盟約が失われたならば、加護は途絶える。それから愛し子を生み出したのでは、生きるには過酷な地、愛し子が育つのを待たずに民は絶えるであろう。さすれば、国は潰える。そうさせないための、布石」
確かに、盟約が失われた後なら何をしても法に触れることはないだろう。そこは加護なきただの土地だ。
シェ・エル・リラ・ユンの愛し子が生きていたのは、神の時間で言っても『昔』と言えるほど前の話だ。
(それでも、忘れてないんだな)
愛し子と過ごした時間。そこで交わした会話を。
だからこそ、今の状況に不機嫌になりがちで、それをソラ・ティリオスがなだめ続ける羽目になっているのだが、加護を施す国が安定すれば、そんな苦労もなくなるだろう。
「うまくいくと、いいな」
箱庭と、ソラ・ティリオスの平穏のために。
運と勝負の神がシェ・エル・リラ・ユンににっと笑いかけると、シェ・エル・リラ・ユンは満足げにうなずいて、恋人の方に向き直った。
今回のことで、神の愛し子がどういうものか、運と勝負の神は身を以て知らされた。だから、シェ・エル・リラ・ユンの気持ちもわからないではない。
話すことのできない愛し子の子孫が道をはずして、盟約が、加護の礎が壊れていくのが、もどかしくてならないのだろう。
ただ、この時点で、このことは運と勝負の神にとっては他人事、いや他神事だった。
まさか後に、自分にがっつりからんでくることになるとは、思ってもいなかった。
***
それからは、比較的平和な日々だった。
運と勝負の神は、他の神にちょっかいをかけることもなくなり、ずっと飽きることなく箱庭を、正確には愛し子を、眺め続けている。
それは、防衛策でもあった。
他の神とは違い、運と勝負の神の力は、ものではなく感情あるものに対して使われる。だからなのかはわからないが、おそらく、他の神よりなかなかのエネルギーを消費する。
考えなしに行使すれば、愛し子に名付けてもらう前に力尽きて消滅する可能性があった。
ここまでは使っていい、という確かな数値が示されるわけではない。ただ、ソラ・ティリオスと愛し子に力を行使した時、わりとごっそり持っていかれた感覚が、運と勝負の神にはあった。
あとどれだけ使って大丈夫なのか、見当がつかない。
愛し子と話すことすら叶っていないのに、まだ消えるわけにはいかない。
今日も今日とて、箱庭では面白そうなイベントが行われている。
運と勝負の神は、それを食い入るように見ていた。
愛し子が、飲み比べ対決をしている。
ラルフは好戦的な性格ではない。
だから来るものに対しては対処するが、自分から仕掛けることはまずないと言っていい。
部下になるらしい青年に、「俺の上司だと納得させろ」と言われ、ラルフは拳ではなく、飲み比べと称して語り合うことを選んだ。
「貧乏くじを引かされた者同士、仲良くとまではいかなくても、うまくやっていけたらいいなと思ってる」
と言って最初の乾杯をしてから、飲み干す合間にあれこれとラルフは話しかけるが、相手の反応は薄い。
神にも、酒を好んで飲むのがいる。
名のある神の1人が、愛し子に奉納された酒を大層気に入り、神の庭に「酒の涌く泉」を作った。それは皆に開放されているが、運と勝負の神は、飲みたいと思ったことがない。
「生きて」いないから、飲み過ぎたところで存在の有無に関わるわけではない。単においしいのと、気分が高揚するらしい。
ただ、泥酔し、羽目を外し過ぎて全能神に消された神がいるくらいだ。その効果は高いのだろう。
ラルフも、酒を飲んで最初の方は楽しそうに笑っていた。
子供の時にもあまり見せたことがないような無邪気な笑顔に、運と勝負の神は微笑ましい気分で見守っていた。
が。
急に、潰れた。
机に突っ伏して、ぴくりともしない。
しかも、命の輝きが少々危うい。
あの高熱の時ほどではないが、このままだと確実に逝く。
(おいおいおいおい)
ゲームで命を落としかねない、だと?
突如訪れた危機に、運と勝負の神はうろたえた。
「勝負あったな」
だから、そこに落とされた対戦相手の言葉に、つい反応してしまった。
「いいやまだだ。まだ終わってないぞ」
言った言葉は、ラルフの口から発されていた。
(え)
視点も、ラルフの視点に切り替わって、目の前には対戦相手。
意識のないラルフの体に、入っている?
これは、愛し子に「手を出した」ことになるのか?
大丈夫か夏の神?
今度もまた、寝込むだろうか。
(でもまあ)
やってしまったものは致し方ない。
運と勝負の神は、瞬時に切り替えた。
早くこの勝負を終わらせて、ラルフを休ませなければ。
酒の杯を次々に飲み干す。
体はラルフのはずなのに、ありがたいことに、それは運と勝負の神に流れ込んでいるようだった。
神の庭にある「酒の湧く泉」の酒と、同じものではない気がする。運と勝負の神には、あまり美味いとは感じられなかった。
体が灼けつくように熱い。
美味くはないが、気分が高揚するのは間違いないようだ。
全然負ける気がしない。
いや、そもそも勝負の神が勝負に負けるわけにはいかない。
目の前の青年は、あれだけ飲んだにも関わらず、酒には呑まれていなかった。相当に強いのだろう。
だが、一度は伏したラルフが急に復活したことで、顔には出さないようにしているようだが、動揺しているのが見て取れる。
「お前は俺には勝てない。このまま続ければ、命に関わるのはお前の方だとわかっているはずだ。負けを認めろ。お前は優秀だ。こんな所で終わるな」
自信満々の笑みを乗せて、揺さぶりをかけた。
これほど飲んでいまだ思考能力が衰えていない相手にだからこそ、使える文句。
青年は、見極めのできる男だった。
「・・・わかった。負けを認めよう」
(いい奴だなー! こいつ)
アルコール度数ばかりが高い、安酒。運と勝負の神も、いい感じに酒に呑まれて上機嫌だった。
この青年は愛し子ではない。だからきっと、もう言葉を交わす機会はない。
(ああ、それは残念すぎる)
「俺はお前が気に入った。一生俺についてこい! 面白いものを見せてやる」
ラルフと共にいれば、言葉は交わせないが、見守ることくらいはできるだろう。
愛し子ではないが、人の子と直接話せたことが、運と勝負の神をひどく浮つかせていた。
そのおかげなのかどうなのか、ラルフとセドリックはその後、一生の付き合いになるのだが、この何の根拠もない暴言を吐いた張本人は、それを覚えていない。
勝ちを確信すると同時に、運と勝負の神は酔いで意識を落として、愛し子の器から出された。
力を行使したわけでも、会話をしたわけでもなかったからか、ソラ・ティリオスにさほど精神的な影響はなかったようだった。
寝込むこともなく、待ちかまえていたソラ・ティリオスに、目覚めたと同時に運と勝負の神は、こってり叱られることとなった。
エピソード後半、番外編『52. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 1/25』の、運と勝負の神視点になります




