80. 【番外編】 運と勝負の神の事情 4/13
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とにかく頑張れば、愛し子とコミュニケーションをうまくはかることができれば、その挑戦は成功するだろう、そう思っていた。
その考えは甘かったのだと、運と勝負の神は、思い知ることになる。
「まだ生まれないのか?」
愛し子は、まだ妊婦の胎内にいるという。
運と勝負の神は、どうやって人の子が生まれるのか、「生きて」いるものたちがどうやって命を繋いでいるのか、知らなかった。
本来神々は、箱庭の調整をする過程でそういった箱庭の『ルール』を識っていく。その先に、神の愛し子は生まれるのだ。
そこをすっとばしているせいで、運と勝負の神には、いろいろな情報が足りなかった。
時は、神にも生けるものにも、等しく刻まれる。
存在することを許される時間が、長いか短いか、ただそれだけの話。
人の子は、すぐに発生する神と違って、300日近くも人の腹の中で命の種が育まれるのだという。
人の一生は短い。ものの100年にも満たない。
それなのに、そのうちの300日を腹の中で過ごす、だと?
運と勝負の神からしたら、それはもう狂気の沙汰だった。
「卵で生まれるものや、植物なんかはまた違うんだが」
「タマゴ?」
運と勝負の神に問い返されて、ソラ・ティリオスは余計なことを言ってしまった、とばつの悪そうな顔をして、片手で口を覆った。
「悪かった。今の話は忘れてくれ。とにかく、愛し子はいるが、まだ胎内、腹の中にいる。あと、生まれてきたとして、生まれてすぐ、いや1年くらいは言葉を認識しない。ゆえに思考も曖昧だ。意思の疎通は難しい、いや、できない」
「は?」
「最初は1人では何もできない。生きるために食べることも、体温調節することも、何も。すぐ怪我をするし、病気にも罹る。その治癒力は弱い」
いったい、人とはどれだけ非効率な生き物だ。
運と勝負の神は慄いた。
「つまり?」
「生まれてからだいぶ経たないと、話をすることもできない。あと、そのことなんだが」
ソラ・ティリオスが言葉を濁した。
「何だ?」
「お前は、神の愛し子に名付けられるまでの過程を把握しているのか」
運と勝負の神は、軽く首を傾げた。
他の神と同じく、生まれた時に刷り込まれる予備知識として頭にあるのは、箱庭の調整をして、神の愛し子を得て、名付けてもらえれば存在を永らえることができる、と、いうことだけだ。そもそも愛し子を得られない自分に、そこから先のことなどわかるはずもない。
「話をして仲良くなって、名付けてもらうかわりに、愛し子の願いを叶えてやるんだろう?」
ソラ・ティリオスは微妙な顔になった。
「ざっくり言えば、まあそういうことだが・・。愛し子は、たいてい住まう地の加護を願う。そして盟約を結び、愛し子自身がその地の加護の礎となって、国を興す。そして王に、つまり人の子たちの代表者になるんだ。だが、お前は箱庭の調整ができない。土地に加護を与えることはできない」
運と勝負の神は呆然とした。
それはつまり、愛し子の願いを叶えられない、ということではないのか。愛し子の願いを叶えなければ名付けてはもらえない。となると、挑戦は最初から詰んでいることになる。
(いや待て。落ち着け)
それなら、全能神は『失敗したら即終了』とは言わないはずだ。もし本当に詰んでいるなら、あの時既に失敗は確定。ソラ・ティリオスは消されていたはず。
「愛し子は、必ず土地の加護を願うのか?」
運と勝負の神の問いに、ソラ・ティリオスは不意を突かれた顔になった。
「いや、そう言われたらそうでもないかもしれないな。土地の加護そのものが愛し子の願いとして定められているわけではない。人の子の命は短い。国を興せばそれは人の子にとっては歴史的なこととして、伝え継がれていく。その中で、最初の愛し子が国を興したがために、『そうするものだ』と、人の子も神も、思い込んでいるだけかもしれない」
神にとって、愛し子は特別なのだという。
愛し子の望みは無条件にかなえてやりたいと思うし、愛し子に願われると、深く考えずに叶えようとしてしまう。細かい検証など考えもしないのだと。
愛し子が喜ぶと、神もまた至上の喜びに満たされる。
恋人とはまた違った意味での、特別。
そう、ソラ・ティリオスに説明されても、運と勝負の神にはぴんとこない。
(これも刷り込みなんじゃないのか)
愛し子を得たい、そう思わせて、神に箱庭の調整を自発的に促すための、刷り込み。
生まれてくる時に刻み込まれる不文律と同じように、誘導された感情なんじゃないのか。
そんな穿った見方までしてしまう。
だが、それはそれとして。
ソラ・ティリオスの話では、愛し子の願いは、おそらく土地への加護に限らなくともいいのだろう。それならば、まだやりようはある。
「愛し子には、土地の加護以外での望みを言ってもらうしかないな。あいつが話せるようになったら、少しずつ会話をして」
「っ」
ソラ・ティリオスが頭を押さえて顔を歪めた。
「どうした」
神に病はない。
人の子で言う『体調不良』は、神には起こらない。
ソラ・ティリオスは眉間にしわが寄るほど目を固く閉じて、何かに耐えているようだった。
「おい、大丈夫か?」
運と勝負の神の声に反応して、ソラ・ティリオスは薄く目を開いた。
「何が起こっているのか、自分でもよくわからない。こんなことに陥ったことがないから、大丈夫かどうかもわからない。ただ」
「ただ?」
「自分の生み出した愛し子をお前が気にかけるというのが、何というか、その、ものすごく嫌なんだ」
「いや何言ってんだお前」
運と勝負の神は唖然とした。
そもそも何のためにこの挑戦をすることになったと思っているのか。
「わかっている。お前の言いたいことはわかっている。私も、こんなことになるとは自分でも理解していなかった。理屈じゃないんだ。ただもう、何というか」
ソラ・ティリオスはひどく混乱しているようだった。
(これもか)
運と勝負の神は、天を見上げた。薄ら白く、何もない、天。
おそらく、生み出した愛し子を他の神へと受け渡しをさせないために、他の知識、存在意義と同じように、「そうしたくない」と感じるよう、刷り込まれている。
全能神が、「他の神に言わなければ、知られてしまうのはいい」と言った時、違和感はあった。
知られたところでどうせ他の神に真似はできない、そう判断したからこそ、許した。
(くそが)
「・・・・める」
ソラ・ティリオスは苦悶の表情でつぶやいた。
「何だ? 何て言った?」
まさかこの挑戦をやめる、じゃないだろうな。
運と勝負の神は、緊張に顔をこわばらせた。
「愛し子は、お前のものだ。私は見守るのをやめる。話しかけることもしない。関わらない。だがそれが私の中で通常化するまでは、お前も愛し子に話しかけないでほしい。愛し子と他の神が接触すると、わかるんだ。それ以前に、お前が愛し子と親し気に話しているのを想像するだけでも、今は気が狂いそうになる。本当に、平静を保てなくなるんだ」
それは、言ってみれば本能に逆らうようなものなのかもしれない。ソラ・ティリオスは、小刻みに震えて、見たことがない辛そうな顔をしている。
全能神、いやその『上』にいる誰かの、やれるものならやってみろ、という嘲笑が聞こえる気がした。
法をすり抜けたがために挑戦自体は止められなかったものの、例外は作りたくない。
それが真意。
法で縛り付け、遊びを許さない神の庭。
(それならどうして)
どうして、神に感情を与えた。
運と勝負の神の中で、怒りが湧き上がる。
ただ、気付いたこともある。
『その上』も、自分で作った法に背くことはしない、もしくはできない。
気に入らないからといって、運と勝負の神を理不尽に排除することは、しない、もしくはできないのだ。
法を遵守さえしていれば、強制終了にはならない。
「あきらめない」
掠れた声で、ソラ・ティリオスはそうささやいた。
「せっかくお前が作ってくれた可能性を、あきらめない。私が消えれば、箱庭の加護が消える。愛し子は愛し子ではなくなり、そうなればお前もいずれは消えることになる。ユンは・・・悲しんでくれるといいが」
不覚にも少し心が揺れそうになっていたところに、最後の微妙な発言で、運と勝負の神は気持ちを持ち直した。
苦笑しながら、ソラ・ティリオスの前に膝をつく。
「お前の闘志に、勝負の神として敬意を表する。誓おう。お前の気が狂ったらこの挑戦の意味がない。俺も、お前が大丈夫になるまでは、愛し子に話しかけることはしない。関わりを持たない。抗おう。この挑戦を、成功させよう」
例外を、作ってやる。




