79. 【番外編】 運と勝負の神の事情 3/13
2人は、いつもソラ・ティリオスがいる辺りの場所まで戻って来た。
「お前が、全能神と話していたことだが」
ここまで無言で移動をしてきたのに、戻ってきた途端、ソラ・ティリオスはすぐに話を切り出した。
「ああ。驚いたな。俺たちは最初から刷り込まれた認識でここに立ってるから、気付かなかった。いや、気付けなかった」
「・・・何に?」
ソラ・ティリオスが聞きたかったのは、おそらくそのことではない。運と勝負の神は、わかっていて先にこの話題を持ち出した。
これからのために、認識を共有しておく必要がある。
「全能神が全能じゃなかった、って話だよ。あと、神でもない。あれは法典だ」
「?」
わからない、とわかりやすく顔に書いてあるソラ・ティリオスに、運と勝負の神は苦笑した。
「聞いてただろう。法は、あいつが作ったものじゃないんだと。あいつは、あいつのさらに上にいる、どっかの誰かが作った法を守っているだけの、ただの仕組みの1つに過ぎない。俺の力は、全能神に使えない。つまりあいつには感情がない。問えば答える、ただのしゃべる法典だ。神ですら、なかった。・・・信じられないか?」
運と勝負の神の話に、ソラ・ティリオスは驚いた顔をしていたが、いや、と小さく首を横に振った。
「私はお前と共にあの場にいたからな。信じないはずはない。驚いているのは、あの一瞬でそこまでのことを把握したお前の能力に、だ。生まれながらに刻み込まれたものを、否定するのは難しい。あの一連のやりとりはそういうことだったのか、と、感嘆している」
「夏は、怒らないんだな」
「誰に?」
「俺に」
全能神が来る直前の会話を、運と勝負の神は思い出していた。
巻き込まれて、全能神にまでなぜか呼ばれて。
消されようとまでしていた。
理不尽な話だ。もし自分なら激怒している。
怒るを通り越して怨むまでいっている。
これから協力関係を築かなければならないのだ。
ソラ・ティリオスがどういう心持ちでいるのか、気になるところではあった。
「お前、ただけしかけていただけではなかっただろう。見込みがありそうな神に力を行使して、神の愛し子を得る確率を上げようとしていたんだな。私の所に来た神は、もう消える寸前のところだった。私を妬んでいたというより、羨んでいた。私は手を出していない。私は最期の一撃を受け止めただけだ。ただそれが、『神の数を減らした』とみなされたようだが」
だから、お前に怒りなど覚えるはずがない。
穏やかな笑みでそんなことを言われ、運と勝負の神は居心地が悪くなった。
どういう精神構造をしているのかさっぱりわからない。
「お前、消されるところだったんだぞ、俺のせいで」
「でもお前のおかげで、それを免れた。私に力を行使しただろう。お前の力はすごいな。今なら何でもできる気がする。ユンに謝りに行ったら、許してくれるだろうか」
無駄に美しい笑みでうっとりと話すソラ・ティリオスに、運と勝負の神は脱力した。何だろう、このゆる加減。同じ神とは思えない。理解ができない。
別の生き物を見ているようだ。いや、生きてはいないが。
確かに今のソラ・ティリオスは、運と勝負の神による強運増し増しのバフが効いているため、神の庭で一番強運な神だ。だが、運の使いどころはそこなのか。
運と勝負の神はため息をついた。
「お前らまだ喧嘩してんのか。いい加減仲直りしとけよ」
まだ喧嘩、いや、また喧嘩、だろうか。
夏の神ソラ・ティリオスと春の女神シェ・エル・リラ・ユンは、恋人関係にある。
箱庭の、加護を与えている場所も仲良く隣同士だが、これは時系列が逆だ。隣だったことがきっかけで、恋人関係に発展した。
シェ・エル・リラ・ユンが加護を与える土地は、生けるものが住まうには少々条件の厳しい場所だ。
だが彼女の愛し子は、その地で国を興すことを願った。
愛し子に願われて、箱庭の調整のために使役していた精霊と同じ色を愛し子に与え、厚く加護をかけ、大切に大切にしてきたのに、人の子の生は短く、世代交代を繰り返すうちに、今、盟約に綻びが生じ始めている。
ソラ・ティリオスは、そのことで不機嫌な状態が続く恋人をなだめようとしては、的外れな発言に怒りをかって謝る、というのを繰り返している。それが盛り上がって、たまに喧嘩に発展する。
そのうちで最も激しい口論となった、「神の庭が揺れた」事象で、運と勝負の神は生まれるに至った。
そのおかげで今お前が在るのだろうと言われれば、ぐうの音も出ないが。
「俺の力は、もう少しの間くらいは有効だ。春の所に行くのは、俺との話が終わってからにしてくれ」
運と勝負の神は、今にも恋人の所に向かいそうになっていたソラ・ティリオスに釘を刺した。
夏の神のせいか、ソラ・ティリオスはどこか楽観的だ。穏やかな気質ではあるが、一方で刹那的でもある。ついさっきまで消されかけていたことを、都合よく忘れようとしている。
「全能神としていた話はつまり、お前の愛し子を私が用意する、ということだろう?」
ソラ・ティリオスの問いに、運と勝負の神はうなずいた。
「一言で言えば、そういうことだな。だがそれで終わりじゃない。俺がその愛し子に名付けられなければ、お前は消される。いいか。もう一度言っておく。俺の失敗が確定したら、その瞬間にお前は消されるんだ。免れてなんか、いないんだよ。猶予はその愛し子1人の一生分。二度はないと全能神は言っていた」
その愛し子が一生を終える前に、運と勝負の神の方が先に力尽きればそのチャンスも潰えるのだが、それは今言っても仕方がない。こればかりは、自分が力をセーブして、温存していくしかない。
とにかく、ソラ・ティリオスには危機感を持ってもらわなければならない。
「なあ、神の愛し子ってのは、好きなタイミングで生み出せるものなのか?」
もし可能なら、強運バフが最高潮の今、生み出せるものなら生み出してもらいたい。愛し子自体に強運が移るわけではないが、何らかのおまけくらいはつくかもしれない。
先ほどソラ・ティリオスにありったけの力を行使した。連続で力を行使するのは、消耗が激しく危険を伴う。チャージ期間が必要だった。
ソラ・ティリオスは何かを探るように少し目を伏せていたが、すぐに顔を上げて運と勝負の神を見た。
「ある意味、可能だ」
「今すぐやれ」
食い気味に言った運と勝負の神を、ソラ・ティリオスは目で制した。
「ある意味、と言っただろう。人の子は、神のように単体で発生するものではないし、命の種ができてから、胎内で長いこと育まれなければ、出てこない」
ソラ・ティリオスが言っていることの意味を、運と勝負の神は全然理解していなかった。
「つまり?」
「今愛し子を生み出そうとすれば、私の加護する国内にいる妊婦、しかも命の種ができたばかりの妊婦のみが対象となる。今この瞬間で言うなら、それに該当するのは1人だ。選択肢はない」
「それで行こう」
運と勝負の神には、どの命の種がいいとか、そういう基準はわからない。タイナイって何。ニンプって何、だ。
「いいんだな?」
「いい」
こうして、受胎したばかりのラルフ・ハリントンは、神の愛し子として生まれることになった。




