78. 【番外編】 運と勝負の神の事情 2/13
やらかした。
いや、やり過ぎた。
運と勝負の神が、競わせたりけしかけたりしてちょっかいを出していた名のない神が、思うように成果を上げられず、追い詰められて、名を持つ神であるソラ・ティリオスを妬んで手を出したのだという。
一方で、競わせていたもう1人の神は、奮起して神の愛し子を得た。そこまでいけば、名付けられる可能性は高い。
この2つの事象に運と勝負の神が関わっていることは間違いない。
もちろん、全能神の「怒りに触れ」たのは前者の方だ。運と勝負の神は呼び出しを受けた。
ここまでか。そう思った。
全能神に呼ばれて戻って来た神を、運と勝負の神は知らない。
呼ばれた先には、なぜかソラ・ティリオスもいた。
運と勝負の神に気が付いて、こちらに向けた表情は、物憂げだ。
この件に関しては、ソラ・ティリオスはどちらかと言えば被害者のはずだが。
(何で夏が呼ばれた? 何かしたのか?)
全能神は、まだ来ていない。
そもそも全能神には会ったことがないから、来ていたとして、たぶんこいつだろう、くらいのものだが、ここにはソラ・ティリオス以外、誰もいない。
少しくらい、話しても咎められはしないだろう。
運と勝負の神は、ソラ・ティリオスに近付いた。
「何でお前がここにいる?」
ソラ・ティリオスは目を伏せた。
「呼ばれたからだ」
そんなことはわかっている。
聞いたのはその理由なのだが、考えてみれば、運と勝負の神とて呼び出されただけで、罪状は聞いていない。
「悪かった。まさかお前の所にいくとは思わなかった」
名を持たない神が、名のある神に勝てるはずはない。手を出されたところで、ソラ・ティリオスにとってはどうということはないはずだ。が、運と勝負の神のせいで、いらぬ争いごとに巻き込んでしまったのは、間違いない。
だから謝った。が。
「謝る必要はない」
ソラ・ティリオスは謝罪を受け取らなかった。拒絶、でもない。怒っている風でもなく、ただ事実を言っている、そんな感じがした。
運と勝負の神はわずかに首をかしげた。
いや、謝る必要はあるだろう。さすがにその自覚はある。
直接的な原因でなくとも、事を引き起こすきっかけを作ったのは自分。だから今、こうして呼ばれている。
裁かれるために。
『ソラ・ティリオスを害そうとした神は、すでに消滅した』
それは、いきなり始まった。
全能神の姿はない。ただ、上から声が降ってくるだけ。でもこれが全能神だとわかる。
まあ、呼ばれた場所も「だいたいこの辺」というあいまいさ。神の庭が元々、ただのだだっ広い空間で、仕切られたものでもないから、こういうもの、なのかもしれない。
そもそも全能神の「怒りに触れ」た神が戻ってくる例は聞いたことがない。裁きの時にしか全能神と関わることもないため、全能神がどういうものかを知っている神は、いないに等しい。
『よって、この事象の直接要因については解決済み。遠因となった神の処遇を、当事者たるソラ・ティリオスに委ねる』
「!」
こちらの当惑など完全無視で粛々と話を進める全能神の言葉に、運と勝負の神よりソラ・ティリオスの方が大きく反応した。
委ねる、って、何だ。
運と勝負の神は、不可解な『判決』に首を傾げた。
やらかしたからお前は用済み、と、さくっと消されるものだとばかり思っていた。
(夏が呼ばれたのは、わざわざ俺の処遇を委ねるために?)
「全能神が、俺を直接処分しないのはなぜだ」
固まるソラ・ティリオスを置いて、運と勝負の神は尋ねた。
違和感がある。
全能神はここにいる、はずなのに、違和感があるのだ。
『法でそう、決まっている。法に基づかない行動はしない。例外は、ない』
淡々とした答えが返ってくる。
そこにあるのはやはり、違和感。確かめなければならない。
「法? あんたが決めた法だろう?」
『否』
短い答えに、運と勝負の神は身を震わせた。
法は、全能神が定めたものではない?
じゃあ、法を定めたのは誰だ。全能神の上が、さらにいる?
全能神が嘘を言っているとは思わない。
この違和感が、告げている。
運と勝負の神は、その能力の本質上、感情のないものに対して力は使えない。感情のないものに対して使えるのは、物質の移動という、物理的な力のみ。
神は、生命を維持するための活動を行う必要がないから、「生きて」はいない。だが、感情はある。だから運と勝負の神は、神に対して力が使える。
姿は見えずとも、全能神は確かにここに在るはずなのに、会話をしていても、力が使えない。反応しない。
つまり全能神には、感情がない、のではないか。
(環境と、同じ)
全能神はおそらく、神の庭、箱庭と同じく、作られた環境の一部だ。ここにある、仕組みの1つ。
神の庭を、まわすための仕組み。
この神の庭も、言ってみれば箱庭の1つなのかもしれない。もっと大きなくくりのなかにある、その内の、1つなのかもしれない。
全能神は、『法』に基づいて機能しているだけ。
さらに上にある、何かが決めた『法』に。
全能神は、神の庭を支配しているかもしれないが、知らない誰かの作った『法』に、支配されている。
全能神に名前はない。神々に箱庭を管理させることはあっても、自らは箱庭の管理をしない。
名付けられる必要など、ないからだ。
全能神だが、神ではない。ただの、神の庭を管理する仕組みの1つ。
(この考えは)
たぶん、間違っていない。
「夏。全能神は俺の処遇をお前に委ねるってよ。お前は、俺を消すか?」
問うと、ソラ・ティリオスはいや、と首を横に振った。それも予想通りだ。ソラ・ティリオスは、怒ってはいない。
(てことは)
まさか、自分はこのピンチを、切り抜けた?
消されることはなさそうだ、とほっとしたところにさらに声が降ってくる。
『承認する。この件に関しては以上とする。次の事案』
(おいおい)
次があるのか? それは予想外だった。
まだ何か、しただろうか。
『ソラ・ティリオスは、神の数を減らした。神が、神の数を減らすことは罪』
いや、何言ってんだ。
運と勝負の神は、思わず全能神の言葉を反射的に遮った。
「ちょっと待て全能神。手を出したのは相手が先だろう。夏は応戦しただけだ。それをまさか、罰しようってのか?」
『過程は関係ない。結果が法に触れるか否か。それがすべて』
「夏を消すつもりか」
『罪は罪』
(ふざけるな)
運と勝負の神は、できうる限りの力をソラ・ティリオスに行使した。強運増し増しだ。
残念ながら、この力は自分に使うことはできない。だから、ここからは勝負の神としての、腕の見せ所。
「神を減らしたのが罪だというなら、数を補填すれば、その罪は免れるよな?」
『神が、神を意図的に生むことは不可能』
「そんなことはわかってる。そういう意味の補填じゃない。俺は、能力的に神の愛し子を得られない。つまり必ず消える運命にある。その俺が、夏によって名を持つ神になれば、俺は存在を永らえることができる。箱庭の調整はできないが、『法』的には数の問題だけであって、そんなことは関係ないんだろう? 夏のおかげで、必ず消えるはずだった神が消えなくなれば、それは数の補填、と言えるんじゃないか?」
全能神は言った。過程は関係なく結果のみ。法に触れるか触れないか。基準はそれだけなのだと。だったら、欠陥品の役立たずであっても「必ず減る予定の神を減らなくした」という、数合わせの事実さえあれば、法には触れないんじゃないのか。
それに、数少ない名のある神を、法に触れたからといって消したくはないだろう。それこそ、数が減るのだ。
全能神はただの管理機能だから、そんなことは知ったことではないだろうが、神の数を減らしたくない『その上』には、利のある申し出のはず。
『その上』が、この会話を聞いているかどうかはわからないが。
(来い、強運)
『それが成ったとなれば、法には抵触しない』
釣れた。
運と勝負の神は心の内で笑みをもらした。
法には抵触しない、ということは、つまりやってもいいぞ、ということだ。
「聞きたいことがある。神の愛し子は、生み出す神の専有のものか?」
『否』
「神の愛し子に、生み出した神ではない他の神が関わることで、『法』に触れることはあるか」
『同意のもとであれば、また、それにより問題が生じなければ、抵触しない』
素直だな。
運と勝負の神はこのやりとりに満足した。
全能神には、意思も感情もない。ただの仕組みだからだ。
言ってみれば、話す法典だ。是か非か。聞けば答えてくれる。
今、ソラ・ティリオスは神の庭で1番強運の神だ。きっと、最悪の難は逃れられるはず。
(押せばいける)
「夏は、俺を名のある神にするための挑戦をする。ただ、それには時間がかかる。執行猶予をくれ」
『・・・可。ただし、その挑戦が失敗と認められた時点で、例外なく刑は執行される。2度目はない』
返答までに、少し間があったが。
可、だ。
強運がいい仕事をした。これは法の隙間をすり抜けた、詭弁とも取られかねない提案だ。
『ただし、この適用はこの限り。他の神で適用することは不可。この一連を、他の神に知らせることも不可とする』
つまり、神の愛し子を得られない、運と勝負の神だからこそ許される特例。他の神でやるな、他言もするな、と。
それはそうだろう。
運と勝負の神は冷めた目で、声の降ってくる宙を見つめた。
神は、箱庭の調整をさせるために存在している。そこに『成果を上げなくとも、神の愛し子は他の神からもらえばいい』となると、生まれてきた神々は、箱庭の調整をしなくなる。
名付けられればその愛し子のために加護を施すだろうが、そうなると、名付けられてからの話だ。
ただでさえ神手不足なのに、それはいただけない。
だから、法の隙間をぬったこれがスタンダードになることは、きっと『その上』にとってはよろしくない。
だが、その真偽はどうでもいい。真理を知りたいわけでもない。
挑戦に成功する、この勝負に勝つことがすべてだ。
「あと、他言はしないが、勝手に相手に悟られてしまう分には不可抗力だ。仕方がないよな」
保険をかけておく。そこまで気にかけてやるのはしんどい。あと、知られる可能性は高い。
ソラ・ティリオスの恋人たるシェ・エル・リラ・ユンとか。
『禁止事項さえ犯さなければ、他の事象は考慮しない』
知られてしまう分には、仕方がない、と。挑戦失敗にはならない、と。
運と勝負の神は心の内で笑んだ。
さあ、ゲームを始めよう。
『では終了する』
全能神が淡々と告げ、始まった時と同じように、裁判は突然終わった。事案解決、とみなしたのだろう。
「全能神」
一応声をかけてみたが、応えはなかった。もうここにはいない、ということか。
聞きたいことを聞いておいてよかった。
問題を起こさないと、全能神と話せる機会はない。会うために起こした問題が法に触れていれば即終了、だ。リスクが高すぎて、そんな技は使えない。
「礼を、言うべきか?」
口を挟むことなく、ずっと成り行きを見守っていたソラ・ティリオスが、苦笑混じりに言った。
「お前でも冗談を言うことがあるんだな」
運と勝負の神も、知らず張り詰めていたものを解いて、苦笑した。




