77. 【番外編】 運と勝負の神の事情 1/13
番外編②、神様スピンオフになります。
よろしくお願いいたします!
天空にある、広い、広い果てしなく広がる空間。
それは、『神の庭』と呼ばれる、命なきものたちが住まう場所。
すべてを司る全能神が、管理をする空間。
その『神の庭』に置かれているのは、命あるものの住まう世界。それを、神の庭の主は、『箱庭』と呼ぶ。
不安定な箱庭の調整をするのは、神の庭に存在する、全能神の僕たるあまたの神々。
神は無限。神の庭で、何か強い事象が起こると自然発生的に、人の形をして生まれる。
運と勝負の神も、その1人だ。
それは四季の神であったり、嵐の神であったり。
自然事象によって生まれる神が多い中、運と勝負の神は、後に『神の庭が揺れた』と称される、春の神と夏の神の激しい口論により発生した。
運と勝負の神は、生まれながらに異端だった。
「また、神同士を争わせたそうだな」
昼も夜もない、神の庭。
食べる必要も寝る必要もなく、そしてやることもなく。
ただ横たわって暇を持て余していた運と勝負の神は、近寄って来た夏の神に、ため息まじりにそう言われ、ゆっくりと体を起こした。
「それが俺の本質だ。お前が一番わかっているだろう、夏」
運と勝負の神は、皮肉まじりに嗤った。
夏の神は、自分が生まれることになった原因の半分だ。その名を、ソラ・ティリオスという。
自然発生する神々は、名を持たない。
親もいなければ、兄妹もいない。年をとることも、成長もない。生まれながらに『全能神の僕』たる存在意義が刷り込まれていて、後追いで必要な知識、経験というものも特にはない。
生まれる時の事象の強さは、測れるものでも比べられるものでもなく、ゆえに力の強さによる上下関係もない。
みな等しく、箱庭の維持管理をするための、全能神の従僕だ。
だが、上下関係がまったくないわけではない。
愛し子に名付けられた神は、特別。格が上がり、使える力も強化され安定する。
自然発生した神はいずれ自然消滅するが、名付けられた神は、全能神の怒りに触れるか、自らがその力を使い果たしでもしない限り、永続的に存在できる。
そういう意味で、名を持つソラ・ティリオスは格が上なのだが、運と勝負の神は気にしない。誰に対しても、変わらない。そしてそれを咎める者は、誰もいない。
「私の所に苦情が来ている。どうして和を乱すようなことをする?」
ソラ・ティリオスは少しだけ距離を置いて、運と勝負の神の隣に座った。
「何でお前の所に苦情がいく?」
運と勝負の神は、問いを問いで返して答えをはぐらかした。
どうして、などと。
先ほど言った通りだ。それが、己の持つ本質だからだ。
神の庭では、争いはまず起こらない。そこで起こった珍事が『強い事象』となり、運と勝負の神は生まれた。
だが、別に和を乱したいわけではない。
争わせたいわけでもない。ただ、欲望に忠実であってもいいと、思っているだけ。
競うことの何が悪い。そう、思うだけ。
等しく努力をすれば等しく成果が得られる、のであれば、みんなで仲良く肩を並べればいい。
けれど、ここはそれほど優しい場所ではない。
得たいものを得ようとして、それが結果、他人を蹴落とすことになることはある。
それの、何が悪い。
ここにいる神々は、自身も含めてみな、全能神の手足だ。
食べる必要も、寝る必要も、身を守る必要もない。
存在するための何をも、必要とはしない。箱庭に住まう、命あるもの達とは違い、神は「生きて」はいない。
やるべきことはあっても、やりたいことがない。
名もなき神々は、笑うことも、泣くことも、怒ることも特になく。ただ淡々と、過ぎていく。
苦情が来ている、だと? けっこうじゃないか。そんな感情が、あいつらにもあったのか。
運と勝負の神は少し嬉しくなった。
「私とユンの行動によってお前が生まれた。ユンのところに苦情はいっていないようだから、単に私が一番言いやすかった、ということだろう」
つまり本人にも、春の神たるシェ・エル・リラ・ユンにも怖くて苦情は入れられず、本来気性のおとなしいソラ・ティリオスのところに苦情がいった、と。
それを考える力くらいは、あいつらにもあるんじゃないか。ただ。
「俺はお前らの子供じゃないけどな」
苦情を入れるなら自分の所に来い。そう思う。
箱庭で生きる命あるもののように、神の庭では親子関係は成立しない。
春の神と夏の神は、運と勝負の神が生まれる『強い事象』の原因となっただけ。ただそれだけ。
ソラ・ティリオスが苦情を入れられる謂れはないのだ。
「で? 俺に説教をたれに来たのか」
運と勝負の神は意地悪く笑った。確かに親ではないのだが、その生まれのせいか、ソラ・ティリオスは何くれとなく、運と勝負の神の世話を焼こうとする。
「あまり名のない神に力を使わせるな。お前も、力を使いすぎるな」
「ただでさえ数が足りないのに、ってか」
運と勝負の神は、鼻白んだ。
名のない神は、力を使い過ぎると消滅が早まる。
そもそもほとんどの神は、神の愛し子を得る前に志 (?) 半ばで消える。
自然発生しては、消えてゆく。なかなか、神の愛し子を得るまでには、至らないのだ。
今神の庭は、人手、いや神手不足なのだ。
だがソラ・ティリオスは違う、と否定した。
「それは全能神が考えることであって、私の仕事じゃない。・・・お前は、消えることを望んでいるのか?」
そうじゃないんだよ、と、声には出さずに運と勝負の神は肩をすくめた。
「俺には存在意義がない。本質のままに在って、いずれ朽ちゆく。ただそれだけだ」
望むと望まないとに関わらず、だ。
異端、というよりは、欠落種、とでも言えばいいのか。
運と勝負の神には、箱庭を管理する能力がない。
全能神の手足となり、それをするだけのために、生まれてきたはずなのに。
***
それは、神が生まれる時に、内に等しく刻み込まれる不文律。
ここは、神の庭。全能神の支配する場所。
全能神は箱庭を守り、命あるものを庇護している。
全能神の僕たる神の役目は、箱庭の状態を、その持って生まれた力で調整し、命あるものを増やし、豊かにすること。
一定以上の成果を上げた神は、神の愛し子を箱庭に生み出すことができるようになる。
神の愛し子と言葉を交わし、関係を育み、愛し子から名を授かった神は、名付けられた神として格が上がり、安定する。だから、神は生まれてすぐから、当たり前のように箱庭の調整を行い、名付けられ、その存在が永らえることを目指す。
運と勝負の神も、生まれてすぐ、箱庭の調整をしようと試みた。
だが、できなかった。
箱庭の調整とは、命あるものが住まう箱庭の環境を整える行為。
運と勝負の神ができるのは、そういう意味では、物理的に物を動かす行為のみ。
運と勝負の神の能力の本領は強運付与。
それはあくまでも感情があるものに対する干渉であって、環境に対して、ではない。
箱庭の調整ができなければ、成果は上がらない。
成果が上がらなければ、神の愛し子を生み出せない。
神の愛し子がいなければ、名付けてもらえない。
つまり、運と勝負の神には格を上げる術がない。最初から詰んでいる。
生まれながらに、朽ちゆくだけの運命。
やるべきことが為せない、出来損ない。
それならいっそ、その最期の瞬間まで思うがままに過ごせばいい。
何に遠慮をすることもない。
そう思って、やりたいことをやっている。
ただ、あるべき流れからはずれているせいか、暇で時間があるからか、考えてしまうことはある。
どうして全能神がいながら神が必要なのか。
箱庭とは何だ。
神の愛し子とは何だ。
この仕組みは何だ。
神の愛し子を得て名付けられたとて、自由になるわけでもない。
やりたいこともなく、ただひたすら箱庭の調整を、永続的に行い続ける。
それなら、全能神の手足はただ言うことを聞く、感情のない土くれの人形でもいいんじゃないのか。
神の愛し子を得ることに、何の得がある。
誰も疑問に思わないのか。
そしてある日、運と勝負の神は気が付いた。
欠陥品だからこそ、そう思うのだと。
生まれながらに『やるべきこと』ができる神々には、できているのだから、疑問を抱くことはないのだと。




