#37
その開けた視界の中を、作業員ぽい連中が次々と向うの方に走っていく。
「オー! タカコねー!」
サワダが小声でつぶやく通り、向こう側のドア付近にいくつかの人影。
タカコと相撲取り。そして、サングラスの男が。
「残念だよ。いい部下だと思ってたのに……」
後ろ姿でよく分からないが……あれが網場所長?
「ふん、部下だと? あんたにとっては実験材料程度なんだろ?」
サングラスの男が、唾を吐き捨てた。
「おやおや。君たちはすすんでその素晴らしい体を手に入れたじゃないか……」
「素晴らしい、だと? ……悪魔め」
「悪魔? いや、私は選ばれた人間だ。天才だ! むしろ神といえよう」
「何が神だ……あたしの仲間を、家族を、故郷を返せ!」
そう叫んだのはあのバイクに乗っていた……やっぱりタカコだったんだ。
「返せも何も、皆ここにいるではないか」
そう言いながら現れたもう一人の老人。
「故郷を裏切ったのは君達の方なんだよ……タカコ君」
この老人の声……聞いたことある……どこだっけ。どこかで……
どたばたと足音が聞こえ、ヒロシと同じ作業着の男が駆け込んできた。
「また侵入者を捕まえました!」
工場の作業着連中に囲まれて連れてこられたのは……あの、町で見た警察官だ。
「ほう、いい実験体が手に入った……」
「離せ~! ぶっとばすぞぉ~!」
必死にもがく警官。
しかし作業員は数人がかりでがっちりと押さえ込んでいる。
「例のものをここへ」
網場所長の命令で大きな注射器が運ばれてきた。
タカコたちが動こうとするのを、聞き覚えのある声の老人が制する。
「新しい薬を開発したのだよ。この薬は君達のようにかまぼこを食べつづけていない者にも作用するのだよ……フハハハハ」
そう言って笑ったのと注射を刺したのは同時だった。
警官の全身の血液が皮膚の表面上に急に盛り上がり、大きくガタガタと震えあがる……やがて警官の姿が、頭部から膨らむように変貌してゆく……サカナ人間……ディープ・ワンか?
「おお! 成功だ! やはり私は天才だぁ~!」
しかし、急にその口から火花がスパークし……体全体が小刻みに揺れる。
直後、電気がはじける音がして、取り押さえていた作業員もろとも爆発した。
「ん~? 間違えたかな? 電気ナマズはいい案だと思ったのだがな。やはりハイブリッドに応用させるにはもう少し研究の余地があるな」
俺は呆気にとられていた。
目の前に信じがたい光景を「見ていた」というよりは「見させられていた」くらい、何も出来ずに。
初めてこの工場へ迷い込んだ時の俺と同じように、目の前で起きていることを受け止められずに居る俺の、止まっていた時間を再び動かしはじめたのは、タカコの悲痛な叫びだった。
「なんてことを……人の生命をなんだと思ってるの?」
その声はうるんでいる。
だが、網場ももう一人の老人も動じていない。
「実験材料が破損しただけだ……仕方ない。ふむ。捨ててこい」
警官が連れてこられた扉から何人かの作業着の男たちが現れ、床に倒れた他の作業員たちともども引きずって連れてゆく。
「……私の求めるハイブリッド・ディープ・ワンはまだ遠い……」
チャっという音が近くに小さく響き、俺は慌てて横を向く。
サワダがカタナを握り締めていた。
「待て、俺も行く。今度は俺も行くんだ」
そう言いながらも周囲で武器になりそうなものを探す。工場の中はたくさんの配管が巡らされている。これをうまく外せればいい武器に……
って、そんな悠長なこと言ってられるか。
サワダの持っていたあのハンドライトに手を伸ばす。
「これ、貸してくれないか」
それに対するサワダの答えは、意外なものだった。




