#25
「ほら、あそこ!」
紀子がカメラを覗き込んで言い出した。
「暗闇で何が見えるんだ?」
「ナイトモードってのがあるのよ。赤外線のね」
「すげーな。まるでスパイみたい」
「いまどきのカメラにはそこそこついてるわよ。暗いとこでも自分の子ども撮りたいとか、ね」
エッチな用途しか思いつかない俺は汚れているな……。
「ね。これ、見てよ」
そうやって見せられたモニターには、ノイズ混じりのモノクロ映像が映っていた。海。そして。湾の中に面白い形に突き出た小さな島というか岩というか。
「ああ。あれは『真魚島』だ。両側のは防波堤」
「まなじま? ……どんな字を書くの?」
「真の魚、と書いて『まな』って読むのさ」
「……真の……サカナ……ね」
紀子はため息をついた。いや、昔からそういう名前だったんだって。
この港の入り口付近に二つの防波堤があり、その二つのちょうど真ん中付近にある小さな島。
それが「真魚島」だ。
舟か、泳いでしか行けない場所だが、遊び場の少ないこの村の子達が「子供たちだけ」で行っても怒られない、一番村から離れたところだった。
「あの島は、俺達の遊び場だったんだ」
「へー。今はすっかり都会の男、なのにねぇ」
「東京に出てきてからのほうがもう長くなったからね」
「あ、あれは何?」
三本杉から工場へと続く道……村を見下ろす高台の、真ん中あたりの小さな建物を指して紀子がたずねる。
「あれが分校だよ
「えー! あそこに、通っていたの?」
「そうだよ。とは言っても俺がこの町を出たのが7歳くらいの時だから、1年ちょっとしか通っていなかったけどね」
分校の先へ目を向ける。工場に通じている道。
「小さな頃から工場へは近づいちゃダメだって言われてたなぁ」
「……つくづく怪しいところなのね」
「だな」
「でもさ、子どもって大人の言うこと聞かないじゃない? ひょっとしたら工場につながる抜け道なんて知ってるんじゃない?」
「まあね」
蘇りつつある記憶の中を、紀子の鋭い言葉を標にして走り回る。
だんだん、気持ちのフットワークが軽くなってきた。
そのせいかな。
三本杉に向かう前に、いつの間にか分校に辿り着いてしまったのは。
「分校の裏手から一本の小径があってね……お、まだある。この先さ、岬の先端まで行かずに途中で崖に出て終わっちゃう道がたくさんあるんだが。でもこの道だけ、実は大人の視点では気付かないようなところに抜け道があってさ……」
「崖の手前で抜け道? え、イメージつかめない」
「洞窟みたいなところにつながってるんだよ。そして工場のすぐ近くのまでね。ここは俺たちしか知らない道なんだ」
そう。立ち枯れた大木の樹のうろに頭をつっこんで見つけた穴を、人が通れるくらいまで小さな頃の俺たちが広げたんだ。
「その俺たちしか知らない道だけどさ」
紀子がナイトモードとやらのカメラを手渡し、俺の背中に隠れた。
ピンときて腰を落とし、すぐに動けるようにかかとを上げる。
「……誰か来ているの、見間違いじゃないよね?」
カメラのモニタに映るのは確かに何かが動いてこっちに来ている。
「紀子ビンゴ。ちゃんと隠れるんだ」
カメラを紀子に返すと、ちょっと離れた見つかりにくそうなところを咄嗟に指示する。
「お兄ちゃん、死んじゃ嫌だよ」
「大丈夫……来た」
小声でやりとりを終わらせる。
と同時に、聞きなれない音があたりに響く。
え……これって、サイレン? 工場の方からか?
まさか侵入がバレた?
……マリ子さん。心配だ。
だがそれを考えている暇もないほど『そいつ』は近づいてくる。
走っているのか。ガサッガサッと小径の両脇を飾る雑草をかきわけ気味にずんずんと距離が詰まってくる。
分校の門の陰に隠れながら拳を握り、意識を研ぎ澄まし……もう少しだ……『そいつ』が近づいて来る。
まだ気付かれていないようだ。というか、時々後ろを振り返っている?
とにかくチャンス……よし、今だ!
腰を低くしたままタックルをかます。
「うわー」
『そいつ』はもんどりうって倒れ、その隙を逃さず俺は『そいつ』にまたがった。マウントポジジョンで殴ろうとして……うわ。
妙に魚臭い。
こいつ、サカナ人間かよ!




