#26
「お兄ちゃん! 向うの道から何台も車が!」
紀子が駆け寄ってくる。
「バカ! 隠れてろって!」
その手には特殊警棒と、スタンガン。
……まあ、こいつには効くだろうけど、でも工場の方から来る団体さんには……
「あれ……ひょっとして、よーちゃん? よーちゃんも来てくれたのか?」
え?
そんな知り合いなんて居ないってば。
だが、そのサカナ人間は抵抗をやめ……そして次第に……うわ、人間の顔に!
……バカな……なんで、面影がある?
だが俺はこいつをよく知っている……
「……お、お前……保? ……タモっちゃんか?!」
「ああ、タコの孝子が来てたから、洋ちゃんも来てるって思ったよ」
「ど、どういうことだよ……一体……今、お前……」
軽いパニックだ。
いや、クールな探偵の俺でもさすがにちょっとこれは……え、まさか映画の撮影?
「おい、よーちゃん! 時間がない。ここは俺がひきつける! これを、これを孝子に!」
小さな金属製の筒。
「よーちゃん、また会えるなんてすげー嬉しいぜ!」
「タ、タモっちゃん、どこに行くんだよ!」
「真魚島に孝子の仲間が居る!」
するとまた、サカナ臭さが強くなる。
「早く!」
その言葉を残して彼は、何台も来る車の方へ走っていってしまった。
「お兄ちゃん、今の人……」
紀子の声で我に返る。
「車が来ている。上の道路沿いに三本杉まで戻るのは危険だ。いったん村に降りてから……とにかく今は急ごう」
「はい!」
紀子が俺の手につかまる。
出来る限り音を立てず、出来る限り急いで、俺たちは再び村の中へと戻った。
家の陰から時折見上げる分校の校舎内を光の筋が何度か泳ぐ。この金属の筒をあそこに隠したと思って探しているのだろうか。
「ねぇ」
「ああ」
「ここ、浜辺に一番近い廃屋だよね?」
「だな」
「どうするの? マナジマに行くんでしょ? その……」
「ああ。タモっちゃんの話を信じるとしたら、だけどね」
「私、暗くてよく見えなかったんだけど、なんかすっごいサカナの匂いしたんだよね」
ここは紀子に黙っているのは得策ではない気がする。
「俺がタックルをかました瞬間は……確かに、サカナ人間だった」
俺は、いきさつを全て話した。
「ってことで、これを孝子に渡さないといけないっぽいんだ」
紀子は一歩、後ずさった。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「お兄ちゃんなんか隠してない?」
「え?」
「だって、サカナ臭いもん……お兄ちゃんは……」
紀子が言葉を呑み込む。
だよな。そう考えるのはけっこう自然な流れだとは思うよ。
「紀子がそう思うのは仕方ない。でも。信じてくれなくてもいい。俺は俺だ。一応、生まれてこのかたサカナになった記憶はないよ。それにあいつ……タモっちゃんもカタチが変わってはいたけど、中味は昔のまんまだったし」
「ね、お兄ちゃん」
紀子が複雑な表情でこちらを見つめている。
「あの美人のバイク乗ったお姉さん……も……サカナ人間なのかなぁ……」
「どうだろう。本当に久々に会ったばかり。詳しいことは何も知らないし」
ああいうぴっちりした革のツナギ着ているからスリーサイズならなんとなく分かるんだけど……今それを言っても和みはしないだろうな。
……それはそうと分校の方、静かになった気がする。
タモっちゃんはうまく逃げられたんだろうか。そしてこっちにまで探索の手は伸びてくるのだろうか。
ははは。こんな状況だってのになんだかすんげーやる気が出てきた。バカだな、俺。
「お兄ちゃん、なんだか楽しんでない?」
ぎくり。
「あ、いや、そ、そんなことないさ……なんかさ……とんでもないことたくさんあったし、もちろん喜ばしいことなんてほんの少しだけ。全貌なんてまだほとんど見えていないけれど……俺がこのタイミングでここに来たのには意味があったように感じるんだ」
「……」
「正直、感謝している。紀子にも、紀子のお父上にも」
「やだ」
「感謝してるんだってば」
「やだよ。お兄ちゃん、一人で行く気でしょ。夜に水の中に入るのってどんだけ危険か知ってる? それに」
紀子は手だけじゃなく体ごと、ぎゅっとしがみついてきた。
「私のこと、ちゃんと守ってくれるんでしょ?」




